コッペリアは二度死ぬ scene3
文字数 4,019文字
逮捕した故買屋グループは、取り調べにすぐに音を上げた。
自動人形を買いつけた中国系の窃盗団の名をもらし、佳菜子たち第三係は彼らを速やかに逮捕した。
同じ窃盗団を追っていた警視庁城南署の刑事課盗犯係は、目の前で獲物をさらわれて猛烈に抗議の声を上げたが、それは上で話をつけることだった。
逮捕した窃盗団の手口は空き巣が専門で、数十件の犯行を自供。自動人形のこともよく覚えていた。美術品専門でもない彼らは扱いに困り、その筋の故買屋に流したということらしい。
窃盗団の供述から自動人形が盗まれた先――すなわち持ち主とその住所――は特定できた。
ハンス・シュミット、男、ドイツ系アメリカ人、年齢不詳、職業不詳。
マギウス・ヘイヴンにおいて、魔術師ギルドに所属した経歴はなし。
恐らくは一般人だった。
この男は自動人形をどうやって手に入れたのか。
そもそも一般人が所持することは違法だ。
盗難届が出されていなかったことは、そのためかもしれない。
佳菜子はハンス・シュミットなる男から事情聴取をする必要があると判断したが、電話などでの連絡は一切つかなかった。
そこで捜査員を直接向かわせることにしたのだが。
「連続魔術師殺しで騒がしいってのに、なにをやってんだか」
スマホの地図アプリを頼りに歩きながら、覚馬はうめいた。
このマギウス・ヘイヴンではいま、魔術師が次々と殺される事件が起きている。それもマギを奪われて死ぬという、特殊な殺され方だ。
特別高等魔術警察は捜査本部を立ち上げて、公安打撃一課の多くの捜査員をその事件の捜査に充てていた。
別当佳菜子が率いる第三係も例外ではなかったが、覚馬や穂積は実習生という立場上、連続魔術師殺しの専従捜査員というわけではなかった。
そのため、こういった別の事案に駆り出されることになる。
「そんなこと言っても仕方ないじゃん。事件に大きいも小さいもない」
「そりゃそうだ」
隣を歩く穂積の言葉に、覚馬は小さく嘆息した。
故買屋グループを逮捕した夜とは違い、この日は春を思わせる穏やかな天気で、空は眩しいくらいに青かった。
穂積はそんな季節にあわせるかのように、パーカーにショートパンツという春めいた格好だった。
生足が眩しい。
青山あたりを歩いていれば、すぐさま芸能事務所がスカウトにきそうだ。
対する覚馬は〈志帥館〉の制服姿で、一見すると高校生にも見えた。
もっとも、腰から魔術刀を提げていなければだが。
「あんな自動人形をもってるなんて、どんな金持ちかと思ったけどな。どうもそんな雰囲気でもなさそうだ」
「みたいね」
二人が歩いているのは、東京――マギウス・ヘイヴンが戦後に歩んできた発展と再開発から取り残されたような街だった。
年季の入った一戸建てや長屋じみたアパートが立ち並び、かつては商店街だったと思わしき通りはシャッター街になって久しいようだ。空き家も多い。
こんなところでよく空き巣を働いたものだが、最新の住宅やマンションはセキュリティが強固なので、自然と狙いはこういうところになるらしい。高齢者がタンス預金をため込んでいるとなれば、なおのことだ。
「ここか……」
目的地に着いた覚馬は、築五〇年は経っていそうな木造の一戸建てを見上げた。
長年の風雨にさらされてボロボロになってはいるが、まだ家としての頑強さは失っていない。
「留守かな?」
穂積がインターホンを押すが、なんの反応もない。
彼女は両手に腰に当てて、眉間に皺を寄せた。
「どうしよっか」
「どうもこうも、手ぶらじゃ帰れないからな」
覚馬は勝手に敷地内に足を踏み入れると、雑草を踏み締めて玄関に向かった。
閉め切られているドアを拳で叩く。
「シュミットさん! いませんか? 特高です。シュミットさん!」
何度か呼びかけてみるが、反応はない。
五分ほどまってから、覚馬はおもむろにドアを蹴破った。
「ちょっと覚馬……知らないからね」
「始末書は俺が書くよ」
「もー」
「いくぞ」
穂積は呆れた声をもらしたが、覚馬が家のなかに入ることをとめようとはしなかった。
昭和の臭いが色濃く残る木造住宅は、玄関から入ってすぐに二階に続く急な階段があり、右手側には丸いドアノブがついたドアがあった。
階段とドアに挟まれるようにして、板張りの廊下が伸びている。
「やっぱり無人か?」
土足で上がり込み、覚馬はつぶやいた。
家中はつい最近まで人が生活していた空気がわずかに残っているものの、うっすら埃が積もっており、静かなものだった。
二人は手早く家探しをした。
居間、台所、トイレ、風呂場――覚馬が担当した一階からは目ぼしいものはなにも出てこなかった。
「覚馬!」
と、二階に上がった穂積の声が聞こえる。
覚馬も階段を上り、二階へと足を向けた。
板張りの廊下があり、向き合うようにして部屋が二つ。
だが、穂積は廊下の突き当りで肩をすくめていた。
「どうした?」
「たぶんなんだけど、この奥に部屋がある」
「隠し部屋ってことか?」
「外から見た二階の大きさと、この廊下の長さがあわないもの」
「なるほど」
覚馬は剣呑な表情を浮かべた。
なにかを隠したいか、あるいは誰かから隠れたいか。
秘密の部屋なんてものは大体がそんな使い方しかない。
およそ善良な一般市民には必要ないものである。
覚馬は壁を調べてみたが、単純な隠し扉というわけでもなさそうだった。
なにかしら複雑な手順を踏まないと開かないのだろう。
「面倒だし、破るか」
そう言うなり、彼は右腰の魔術刀を音もなく抜いた。
鞘から溢れた水滴が足元に滴り落ちる。
覚馬は、ふっ、という短い息とともに十文字に白刃を振るった。
一瞬の間を置いて、壁が崩れ去る。
ぱちぱちと穂積が拍手をした。
「おー、お見事」
「さてな、鬼が出るが蛇が出るか」
魔術刀を鞘に納め、覚馬は崩れた壁から室内に足を踏み入れた。
そこは異様な空間だった。
床にはラテン語やその他の古語で書かれた古びた本がうず高く積み上げられ、なにかわからない大小の機械のパーツがそこいらに散乱していた。
薄汚れたビーカーやフラスコが乱雑に置かれ、得体の知れない薬品が入っている。
荒れた実験室という言い方が一番しっくりくる。そんな部屋だ。
そしてそれは、単なる下町の発明家といったレベルのものではない。
「錬金魔術師の工房だな」
覚馬は部屋を見渡して、率直に結論を言った。
「ハンス・シュミットは一般人じゃなかったのかよ」
「特高のデータベースには登録されてなかったって話だけど」
穂積は手近にあったラテン語の本を手に取り、適当にページをめくった。
「ピグマリオン派の錬金魔術師みたい。この本、自動人形について書いてある。他の本も似たり寄ったりだと思う」
「モグリの錬金魔術師か……元〈新世界〉の魔術師かもな」
北米系魔術師ギルド〈新世界〉は、マギウス・ヘイヴンで大きな勢力をもつ魔術師ギルドのひとつで、欧州大陸を追放された錬金魔術師と科学者たちが中心になってつくりあげたギルドだ。
錬金魔術師ならなんらかの関りがあってもおかしくはない。
「もしかして、あの自動人形をつくったの、ハンス・シュミットなんじゃない?」
「かもな……けど、相当な完成度だぞ。ギルドにも所属していない、無名の錬金魔術師がつくれるようなもんなのか?」
「それは本人に聞けばわかるかも」
穂積の視線の先には、ドアがあった。
奥にもう一部屋ある。
「こんなところに閉じこもってりゃ、連絡もつかないか」
覚馬は積み上げられた本や散在する部品をかき分けるようにして進み、ドアをノックした。
「シュミットさん、特高です」
反応はない。
ドアノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。
二人は顔を見合わせ、ゆっくりとドアを開けた。
カーテンが閉め切られて薄暗い室内。
「うえー、なにこれ……気持ち悪い」
穂積が小さくうめいた。
先ほどの工房よりも、ある意味では異常な部屋だった。
狭い室内の壁や天井に、びっしりと写真が貼りつけられている。
どこを見渡しても、写真、写真、写真。
覚馬は一枚を手に取った。
色あせているが、女が写っている。
どこかで見たことがある顔に、覚馬は眉間に皺を寄せた。
すべての写真には同じ女が写っている。
カメラに目線を向けているものもあれば、盗撮と思わしきものもあった。
「おいおい。モグリの錬金魔術師で、変態のストーカーってわけか?」
覚馬は部屋の暗がりにあるデスクに視線をやり、皮肉気に言った。
項垂れるような姿勢で、椅子に座っている人影がある。
穂積は覚馬の言葉に続けて、バッジを掲げた。
「ハンス・シュミットさんですね。特高です。いくつかお伺いしたいことがあります。任意で特高本部までご同行願います」
人影は微動だにしなかった。
そして、部屋の異常さに気を取られていたが、穂積はあることに気づいた。
「覚馬」
「ああ……」
それは覚馬も同じだった。
この部屋には、わずかな死臭がある。
覚馬は小さくうめくと、デスクに近づいた。
「……死体だな」
そこにあったのは、ひょろりとした白人の死体だった。
年齢は二〇代後半~三〇代前半。
目立った外傷はなし。
死後しばらく経っているのだろうが、ここ最近は寒かったせいかあまり傷んではいない。
身元は不明だが、十中八九、ハンス・シュミットだろう。
「なんだってんだ、くそ」
覚馬はうんざりしたように前髪をかき上げると、スマホを取り出した。
「佳菜子か」
なにか出たか、と聞いてくる彼女に端的に告げる。
「死体が出た」
自動人形を買いつけた中国系の窃盗団の名をもらし、佳菜子たち第三係は彼らを速やかに逮捕した。
同じ窃盗団を追っていた警視庁城南署の刑事課盗犯係は、目の前で獲物をさらわれて猛烈に抗議の声を上げたが、それは上で話をつけることだった。
逮捕した窃盗団の手口は空き巣が専門で、数十件の犯行を自供。自動人形のこともよく覚えていた。美術品専門でもない彼らは扱いに困り、その筋の故買屋に流したということらしい。
窃盗団の供述から自動人形が盗まれた先――すなわち持ち主とその住所――は特定できた。
ハンス・シュミット、男、ドイツ系アメリカ人、年齢不詳、職業不詳。
マギウス・ヘイヴンにおいて、魔術師ギルドに所属した経歴はなし。
恐らくは一般人だった。
この男は自動人形をどうやって手に入れたのか。
そもそも一般人が所持することは違法だ。
盗難届が出されていなかったことは、そのためかもしれない。
佳菜子はハンス・シュミットなる男から事情聴取をする必要があると判断したが、電話などでの連絡は一切つかなかった。
そこで捜査員を直接向かわせることにしたのだが。
「連続魔術師殺しで騒がしいってのに、なにをやってんだか」
スマホの地図アプリを頼りに歩きながら、覚馬はうめいた。
このマギウス・ヘイヴンではいま、魔術師が次々と殺される事件が起きている。それもマギを奪われて死ぬという、特殊な殺され方だ。
特別高等魔術警察は捜査本部を立ち上げて、公安打撃一課の多くの捜査員をその事件の捜査に充てていた。
別当佳菜子が率いる第三係も例外ではなかったが、覚馬や穂積は実習生という立場上、連続魔術師殺しの専従捜査員というわけではなかった。
そのため、こういった別の事案に駆り出されることになる。
「そんなこと言っても仕方ないじゃん。事件に大きいも小さいもない」
「そりゃそうだ」
隣を歩く穂積の言葉に、覚馬は小さく嘆息した。
故買屋グループを逮捕した夜とは違い、この日は春を思わせる穏やかな天気で、空は眩しいくらいに青かった。
穂積はそんな季節にあわせるかのように、パーカーにショートパンツという春めいた格好だった。
生足が眩しい。
青山あたりを歩いていれば、すぐさま芸能事務所がスカウトにきそうだ。
対する覚馬は〈志帥館〉の制服姿で、一見すると高校生にも見えた。
もっとも、腰から魔術刀を提げていなければだが。
「あんな自動人形をもってるなんて、どんな金持ちかと思ったけどな。どうもそんな雰囲気でもなさそうだ」
「みたいね」
二人が歩いているのは、東京――マギウス・ヘイヴンが戦後に歩んできた発展と再開発から取り残されたような街だった。
年季の入った一戸建てや長屋じみたアパートが立ち並び、かつては商店街だったと思わしき通りはシャッター街になって久しいようだ。空き家も多い。
こんなところでよく空き巣を働いたものだが、最新の住宅やマンションはセキュリティが強固なので、自然と狙いはこういうところになるらしい。高齢者がタンス預金をため込んでいるとなれば、なおのことだ。
「ここか……」
目的地に着いた覚馬は、築五〇年は経っていそうな木造の一戸建てを見上げた。
長年の風雨にさらされてボロボロになってはいるが、まだ家としての頑強さは失っていない。
「留守かな?」
穂積がインターホンを押すが、なんの反応もない。
彼女は両手に腰に当てて、眉間に皺を寄せた。
「どうしよっか」
「どうもこうも、手ぶらじゃ帰れないからな」
覚馬は勝手に敷地内に足を踏み入れると、雑草を踏み締めて玄関に向かった。
閉め切られているドアを拳で叩く。
「シュミットさん! いませんか? 特高です。シュミットさん!」
何度か呼びかけてみるが、反応はない。
五分ほどまってから、覚馬はおもむろにドアを蹴破った。
「ちょっと覚馬……知らないからね」
「始末書は俺が書くよ」
「もー」
「いくぞ」
穂積は呆れた声をもらしたが、覚馬が家のなかに入ることをとめようとはしなかった。
昭和の臭いが色濃く残る木造住宅は、玄関から入ってすぐに二階に続く急な階段があり、右手側には丸いドアノブがついたドアがあった。
階段とドアに挟まれるようにして、板張りの廊下が伸びている。
「やっぱり無人か?」
土足で上がり込み、覚馬はつぶやいた。
家中はつい最近まで人が生活していた空気がわずかに残っているものの、うっすら埃が積もっており、静かなものだった。
二人は手早く家探しをした。
居間、台所、トイレ、風呂場――覚馬が担当した一階からは目ぼしいものはなにも出てこなかった。
「覚馬!」
と、二階に上がった穂積の声が聞こえる。
覚馬も階段を上り、二階へと足を向けた。
板張りの廊下があり、向き合うようにして部屋が二つ。
だが、穂積は廊下の突き当りで肩をすくめていた。
「どうした?」
「たぶんなんだけど、この奥に部屋がある」
「隠し部屋ってことか?」
「外から見た二階の大きさと、この廊下の長さがあわないもの」
「なるほど」
覚馬は剣呑な表情を浮かべた。
なにかを隠したいか、あるいは誰かから隠れたいか。
秘密の部屋なんてものは大体がそんな使い方しかない。
およそ善良な一般市民には必要ないものである。
覚馬は壁を調べてみたが、単純な隠し扉というわけでもなさそうだった。
なにかしら複雑な手順を踏まないと開かないのだろう。
「面倒だし、破るか」
そう言うなり、彼は右腰の魔術刀を音もなく抜いた。
鞘から溢れた水滴が足元に滴り落ちる。
覚馬は、ふっ、という短い息とともに十文字に白刃を振るった。
一瞬の間を置いて、壁が崩れ去る。
ぱちぱちと穂積が拍手をした。
「おー、お見事」
「さてな、鬼が出るが蛇が出るか」
魔術刀を鞘に納め、覚馬は崩れた壁から室内に足を踏み入れた。
そこは異様な空間だった。
床にはラテン語やその他の古語で書かれた古びた本がうず高く積み上げられ、なにかわからない大小の機械のパーツがそこいらに散乱していた。
薄汚れたビーカーやフラスコが乱雑に置かれ、得体の知れない薬品が入っている。
荒れた実験室という言い方が一番しっくりくる。そんな部屋だ。
そしてそれは、単なる下町の発明家といったレベルのものではない。
「錬金魔術師の工房だな」
覚馬は部屋を見渡して、率直に結論を言った。
「ハンス・シュミットは一般人じゃなかったのかよ」
「特高のデータベースには登録されてなかったって話だけど」
穂積は手近にあったラテン語の本を手に取り、適当にページをめくった。
「ピグマリオン派の錬金魔術師みたい。この本、自動人形について書いてある。他の本も似たり寄ったりだと思う」
「モグリの錬金魔術師か……元〈新世界〉の魔術師かもな」
北米系魔術師ギルド〈新世界〉は、マギウス・ヘイヴンで大きな勢力をもつ魔術師ギルドのひとつで、欧州大陸を追放された錬金魔術師と科学者たちが中心になってつくりあげたギルドだ。
錬金魔術師ならなんらかの関りがあってもおかしくはない。
「もしかして、あの自動人形をつくったの、ハンス・シュミットなんじゃない?」
「かもな……けど、相当な完成度だぞ。ギルドにも所属していない、無名の錬金魔術師がつくれるようなもんなのか?」
「それは本人に聞けばわかるかも」
穂積の視線の先には、ドアがあった。
奥にもう一部屋ある。
「こんなところに閉じこもってりゃ、連絡もつかないか」
覚馬は積み上げられた本や散在する部品をかき分けるようにして進み、ドアをノックした。
「シュミットさん、特高です」
反応はない。
ドアノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。
二人は顔を見合わせ、ゆっくりとドアを開けた。
カーテンが閉め切られて薄暗い室内。
「うえー、なにこれ……気持ち悪い」
穂積が小さくうめいた。
先ほどの工房よりも、ある意味では異常な部屋だった。
狭い室内の壁や天井に、びっしりと写真が貼りつけられている。
どこを見渡しても、写真、写真、写真。
覚馬は一枚を手に取った。
色あせているが、女が写っている。
どこかで見たことがある顔に、覚馬は眉間に皺を寄せた。
すべての写真には同じ女が写っている。
カメラに目線を向けているものもあれば、盗撮と思わしきものもあった。
「おいおい。モグリの錬金魔術師で、変態のストーカーってわけか?」
覚馬は部屋の暗がりにあるデスクに視線をやり、皮肉気に言った。
項垂れるような姿勢で、椅子に座っている人影がある。
穂積は覚馬の言葉に続けて、バッジを掲げた。
「ハンス・シュミットさんですね。特高です。いくつかお伺いしたいことがあります。任意で特高本部までご同行願います」
人影は微動だにしなかった。
そして、部屋の異常さに気を取られていたが、穂積はあることに気づいた。
「覚馬」
「ああ……」
それは覚馬も同じだった。
この部屋には、わずかな死臭がある。
覚馬は小さくうめくと、デスクに近づいた。
「……死体だな」
そこにあったのは、ひょろりとした白人の死体だった。
年齢は二〇代後半~三〇代前半。
目立った外傷はなし。
死後しばらく経っているのだろうが、ここ最近は寒かったせいかあまり傷んではいない。
身元は不明だが、十中八九、ハンス・シュミットだろう。
「なんだってんだ、くそ」
覚馬はうんざりしたように前髪をかき上げると、スマホを取り出した。
「佳菜子か」
なにか出たか、と聞いてくる彼女に端的に告げる。
「死体が出た」