コッペリアは二度死ぬ scene2
文字数 1,429文字
特別高等魔術警察はマギウス・ヘイヴンと呼ばれる東京において、魔術師が引き起こした犯罪に対処するのが仕事だ。そのため、今回のように逮捕した全員が魔術師ではないということは珍しい。
理由は美術品専門の故買屋グループが手に入れたブツにある。
「こいつか……」
覚馬はクルーザーの狭い船底に降り立ち、故買屋グループが持ち込んだ美術品の数々に視線を巡らせた。
絵画、彫刻、陶器、本物かどうかは素人目にはわからない。
そんななか、異彩を放っているものがある。
人が一人入りそうな巨大なキャリーケースだ。
「係長、このなかです」
先乗りしていた三係の捜査員が、そう言って佳菜子を手招きした。
キャリーケースを狭い床に横倒しにして、ロックを外す。
中身は女だった。
まだ少女にも見える女が、両膝を抱えるような格好でぴったりと納まっている。
黒髪黒目の東洋人だ。
パーティにでも出席するかのような赤いイブニングドレス姿。
閉じられた目。長いまつ毛。ほっそりとした顎。白い肌。すらりと伸びた手足。
いまにも身を起こしそうな彼女は、だが寝ているわけではない。
生きてもいない。
なんなら人でもない。
「見事なもんだわ。これが自動人形とはね」
佳菜子がぼそりと言った。
「ホントに、生きてるみたいですね」
遅れて入ってきた穂積もそうつぶやく。
なにか言葉を発せずにはいられない、至高の芸術に触れたような感覚。
眼前の女は――錬金魔術師がつくった機械仕掛けの人形は、そういった雰囲気をもっていた。
魔術というものはマギという人間が内包しているエネルギーになんらかの方法でアプローチし、意図したとおりに様々な現象を具現化する技術だ。
そのアプローチの方法は千差万別で、洋の東西に大小様々な流派が存在する。
そんななかで錬金魔術は比較的メジャーな魔術のひとつであり、中世からこっち魔術と科学の境界線を歩いてきたようないささか特殊な魔術だ。
錬金魔術師たちが追い求めてきたものはマギを利用した人工生命であるホムンクルスの創造、万能の霊薬である賢者の石などが有名だが、人間と寸分違わない自動人形の製作に熱意を燃やしてきたピグマリオン派という一派が存在する。
彼らが目指している完璧さとは造形だけではなく、自我と魂をもった人形という意味だ。
そして、その境地にいたった錬金魔術師はいまだに存在してはいない。
キャリーケースのなかに眠る自動人形も、そんな錬金魔術師がつくりあげた作品だった。
「中身は空っぽだとしても、この造形だからな。金持ちの変態が高く買いそうだ」
「まあ、そういうことよね」
「覚馬ってば、やらしいなあ」
「なんでだよ……」
自動人形は一種の芸術作品として、一部の人間には高値で取り引きされている。
一般人の魔術的物品の所持は法律で禁止されているし、当然ながら売買を行うことも違法だ。そういった事案を取り締まることも特別高等魔術警察の仕事のひとつだった。
「故買屋の連中を締め上げれば入手先はわかるでしょ」
佳菜子は新しい煙草を咥えると、気軽な声で続けた。
「そんじゃあ覚馬、運び出してくれる?」
「俺かよ。人遣い荒いんだよ、まったく」
「一番下っ端なんだからさあ、当然でしょ」
覚馬は半眼でうめくと、キャリーケースのなかの自動人形を恨めしそうに見やった。
その顔は、見れば見るほど本当に生きているように思えた。
理由は美術品専門の故買屋グループが手に入れたブツにある。
「こいつか……」
覚馬はクルーザーの狭い船底に降り立ち、故買屋グループが持ち込んだ美術品の数々に視線を巡らせた。
絵画、彫刻、陶器、本物かどうかは素人目にはわからない。
そんななか、異彩を放っているものがある。
人が一人入りそうな巨大なキャリーケースだ。
「係長、このなかです」
先乗りしていた三係の捜査員が、そう言って佳菜子を手招きした。
キャリーケースを狭い床に横倒しにして、ロックを外す。
中身は女だった。
まだ少女にも見える女が、両膝を抱えるような格好でぴったりと納まっている。
黒髪黒目の東洋人だ。
パーティにでも出席するかのような赤いイブニングドレス姿。
閉じられた目。長いまつ毛。ほっそりとした顎。白い肌。すらりと伸びた手足。
いまにも身を起こしそうな彼女は、だが寝ているわけではない。
生きてもいない。
なんなら人でもない。
「見事なもんだわ。これが自動人形とはね」
佳菜子がぼそりと言った。
「ホントに、生きてるみたいですね」
遅れて入ってきた穂積もそうつぶやく。
なにか言葉を発せずにはいられない、至高の芸術に触れたような感覚。
眼前の女は――錬金魔術師がつくった機械仕掛けの人形は、そういった雰囲気をもっていた。
魔術というものはマギという人間が内包しているエネルギーになんらかの方法でアプローチし、意図したとおりに様々な現象を具現化する技術だ。
そのアプローチの方法は千差万別で、洋の東西に大小様々な流派が存在する。
そんななかで錬金魔術は比較的メジャーな魔術のひとつであり、中世からこっち魔術と科学の境界線を歩いてきたようないささか特殊な魔術だ。
錬金魔術師たちが追い求めてきたものはマギを利用した人工生命であるホムンクルスの創造、万能の霊薬である賢者の石などが有名だが、人間と寸分違わない自動人形の製作に熱意を燃やしてきたピグマリオン派という一派が存在する。
彼らが目指している完璧さとは造形だけではなく、自我と魂をもった人形という意味だ。
そして、その境地にいたった錬金魔術師はいまだに存在してはいない。
キャリーケースのなかに眠る自動人形も、そんな錬金魔術師がつくりあげた作品だった。
「中身は空っぽだとしても、この造形だからな。金持ちの変態が高く買いそうだ」
「まあ、そういうことよね」
「覚馬ってば、やらしいなあ」
「なんでだよ……」
自動人形は一種の芸術作品として、一部の人間には高値で取り引きされている。
一般人の魔術的物品の所持は法律で禁止されているし、当然ながら売買を行うことも違法だ。そういった事案を取り締まることも特別高等魔術警察の仕事のひとつだった。
「故買屋の連中を締め上げれば入手先はわかるでしょ」
佳菜子は新しい煙草を咥えると、気軽な声で続けた。
「そんじゃあ覚馬、運び出してくれる?」
「俺かよ。人遣い荒いんだよ、まったく」
「一番下っ端なんだからさあ、当然でしょ」
覚馬は半眼でうめくと、キャリーケースのなかの自動人形を恨めしそうに見やった。
その顔は、見れば見るほど本当に生きているように思えた。