スライム大捜査線 scene5

文字数 2,021文字

 狭苦しい取調室に、ドスの効いた声が響いた。
「いい加減にしろや! おう、こら! いつまでもだんまりでとおると思ってんのか、ああっ!?」
 デスクに拳を叩きつける激しい音が室内に響く。
 声の主はアッシュ・セヴンだった。
 お嬢様然としたいつもの清楚な服装に着替えてはいたが、およそ似つかわしくない言葉遣いと迫力で、彼女は正面に座る美鴨を睨め上げている。
「アッシュ、落ち着けって」
「これが落ち着いていられますか!」
 なだめる覚馬を一蹴して、彼女は立ち上がるなりデスクを蹴り飛ばした。
「わたしがどんな目にあったと思ってるんです!?」
「わかってる。スライムまみれになって、ほぼ全裸になったことは」
「はぅ……言わないでいいですー!」
 アッシュは声を張り上げると、その悪夢を追い払うかのようにぶんぶんと頭を振った。
「アッシュちゃん。話せばわかってもらえると思うな……」
 恐る恐るといった様子で、美鴨が引きつった笑顔を浮かべる。
 だが、アッシュはまったく取り合わず、続けざまにデスクをがんがんと蹴り飛ばした。
 美鴨の胸倉を掴み上げ、息がかかりそうなくらいに顔を近づけて凶悪な笑みを浮かべる。
「お前がそういう態度ならなあ、紳士の時間は終わりだ! おう!」
 か細い悲鳴を、美鴨がもらした。
「覚馬センパイ、助けてくださいよお……」
「そんなこと言われてもな」
 覚馬は気乗りしなさそうに言った。
「洗いざらい吐いて、すっきりしたらどうだ?」
「そんなあ。第一こんな暴力的な取り調べ、許されるわけないじゃないですか」
「おう、いくらでも訴えろや! その前に、話もできねえくらいやってやろうか! ええっ!?」
「アッシュちゃん、落ち着いて。ね?」
「警察ってのはな! お前らみたいな犯罪者にはなにしてもいいんだよ! わかったか! ああっ!?」
 見事な暴力警官ぶりである。
 覚馬は嘆息してがりがりと頭をかくと、二人を無理やり引き離した。
 ふうふうと肩で息をするアッシュに、彼は落ち着いた声で言った。
 まさか自分がなだめ役になるとは。
「アッシュ、君の気持ちもわるけどな。そう締め上げてたんじゃ、話すものも話せない」
「……そう、ですね。すいません、取り乱しました」
 アッシュは息を整えると、にっこりとした笑顔を覚馬に向ける。
「覚馬さん、わたしアメリカにいたときに、歯医者という取り調べの方法があると聞きました」
「よくそんな物騒な言葉知ってるな。そりゃ取り調べの方法じゃない」
「えーと、覚馬センパイ?」
 二人の会話に不穏なものを覚えたのか、美鴨が小さな声で呼びかけてくる。
 だが、二人は無視した。
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。情報機関お得意の、まあオブラートに言えば尋問方法なんだが」
 覚馬はちらりと美鴨を見た。
「しょうがないな。医療用のドリルがないから、日曜大工で使うやつでいいか?」
「覚馬センパイ!?」
「はあ、わかりました。うまくできるかわからないですけど」
「アッシュちゃん!?」
「あんまり派手にやるなよ。悲鳴がうるさいんだから」
 覚馬はそう言って、取調室から出ていこうとする。
 その背中に向けて、
「あたしが全部やりました――――――――――――――――――――――っっっっっ!」
 美鴨が叫び声を上げた。
 ぴたりと足をとめた覚馬はゆっくりと振り返り、デスクに突っ伏してぐすぐすと泣いている美鴨を見下ろした。
「最初から素直にそう言ってろ」
 事件のあらましは単純なことだった。
 質のいい精霊宝石をダークウェブのオークションで手に入れた美鴨は、スライムの培養実験をこっそりと行い、かねてから発見していたマギスポットに放して野生化する過程を観察していた。
 それが成長しすぎて手に負えなくなり、人に危害が及ぶ可能性が出てきたため、自ら匿名で通報をした。
 それだけのことだ。
「ごめんなさい。すいません。あたしが悪かったです」
 取調室の床に土下座する勢いで、美鴨はそう言った。
 そんな彼女に、アッシュは優しく語りかけた。
「まったく、美鴨さん」
「アッシュちゃん、ごめんね……」
「もう少し根性入れて黙秘してくれないと、歯医者を試せないじゃないですか」
「…………」
 引きつった笑顔を浮かべたまま、美鴨は固まった。
 床にひれ伏す美鴨と、それを見下ろすアッシュという構図は、とてもではないがまともな取り調べには見えない。
 なので、取調室のドアを開けて顔を出した穂積が、
「おーい、覚馬。佳菜子さんが呼んで――」
 そこまで言ってぴたりと言葉をとめた。
 怪訝な表情でその様子を見やり、一歩引いたところにいた覚馬に声をかける。
「あのさ、なにしてるわけ?」
「取り調べ」
 覚馬はそれだけを言うと、苦笑した。
「彼女、意外と北風役に向いてるぞ」


[スライム大捜査線 終劇]
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