サキュバスにご用心 scene3

文字数 1,641文字

「雛菱!」
 本部の食堂で雛菱美鴨を見つけた覚馬は、彼女の名前を呼んだ。
「あれ、覚馬センパイじゃないですか」
 白衣の裾をひるがえしてこちらを見た彼女は、眼鏡を両手で押し上げながら微笑んだ。
「可愛い後輩女子とお話したくなっちゃいました?」
「そんなに可愛い後輩女子がいればな」
「いやだなあ。ここにいるじゃないですか」
 美鴨が自分の顔を指さしながら、近づいてくる。
 その手には透明なビニール袋が握られており、なかには頭だけになったエビフライが入っていた。
「どこだって?」
 覚馬は半眼になると、わざとらしく言った。
「やだなあ、覚馬センパイ。目悪いんじゃないですか」
「おまえなあ……」
「冗談ですよ。それよりどうかしたんですか。そんな痴女にでも襲われたみたいな顔して」
「雛菱、なにか知ってるな?」
 恐ろしく的を射た指摘に、覚馬はうめいた。
「またおまえ、なんかやらかしたんだろ?」
「ちょっと、ひどいこと言わないでくださいよ。まるであたしがトラブルメーカーみたいじゃないですか」
「実際そうだろうが」
「今回は違うんですよ」
 美鴨は手にしていたビニール袋を掲げて、小首を傾げた。
「そういえば、アッシュがエビがどうとか言ってたな……」
「はあ、やっぱり。様子がおかしいと思ったんですよ」
「なんなんだよ」
「実はですね――」
 美鴨からおおよその事情を聞いた覚馬は、呆れて天を仰いだ。
「穂積のやつ、食い意地はりすぎだろ」
「でも、覚馬センパイは役得だったんじゃないですか。穂積センパイとエロいことできて」
「うるせえよ。大体、やってない」
「ええ? ホントですか。ちょっとくらいあったんじゃないですか。大丈夫だから、動かないから、先っぽだけだから、外に出すから、みたいな?」
「みたいな? じゃねえ! それ俺が襲ってるみたいになってるだろうが!」
「覚馬センパイもお年頃ですし、そんなこともあるのかなって」
「ねえよ!」
 覚馬は即座に否定したものの、どうしても穂積の様子が思い出された。
 彼女の吐息や甘い声、身体の感触が、生々しく記憶に残っている。
 それらを振り払うようにして、覚馬はせき払いした。
「で、穂積がああなったのはエビのせいだって?」
「そうですね。サバトとかに使われる媚薬の素材なんですけど、エビそのものもすごい美味しいんですよ。ヨーロッパとかだと知らずに料理に使われて、ちょいちょい猥褻な感じの事件になってますね」
「なんだそりゃ……」
「見た目が手長エビにそっくりなんですよ。街の食堂とかで出されて、乱交パーティはじまっちゃったりとかしてますね」
「そんな情報どうでもいいよ。それより、どうにかできるんだよな?」
「できなくはないと思いますけど、穂積センパイはエロくなってるとして、アッシュちゃんはなんともなさそうでした?」
「そうだな。その言い方はどうかと思うが」
「はあ、なるほどですね。うーん、実はちょっと気になることがあるんで、それを調べておきたいんですよ」
「おい、あんまり不穏なこと言うなよ。穂積があのままだと大変なことになるぞ」
「まあまあ、あたしに任せてくださいよ」
「ホントかよ……」
 覚馬はビニール袋のなかのエビフライの残骸を見つめ、苦々しい顔を浮かべた。
「あ、それとも一緒にきます?」
 美鴨がわざとらしく上唇を湿らせ、あざとく可愛い笑顔を浮かべる。
「穂積センパイとアッシュちゃんとあたしとで、4Pできるかもですよ?」
「なんでおまえが入ってるんだよ!」
「えー、それを女の子から言わせるとかダメですよ」
「雛菱。いい加減、俺をからかって遊ぶのはやめろ。一応は先輩だぞ」
 つき合いきれないとばかりに、覚馬は前髪をくしゃくしゃとやった。
「そんなに照れないでくださいよ、可愛いなあ」
「いいから! さっさとどうにかしろ……」
「はあい」
 美鴨がぺろりと舌を出す。
 どっと疲れを感じて、覚馬は大きく嘆息した。
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