1_94 右舷と左舷

文字数 3,590文字

「どうだ、やっぱりおらんやろ?まあアイツも頭がよくなったもんやわ。ほら、早う散れ散れ」
左舷は先に突入して爆ぜ伏した兵達の上を面倒そうにひょいひょい踏みかわしながら先導する帝国軍人に
命令した。
「ここに来てから偉くなったよなあアイツ、流石帝国軍人たる資格を持つもの。
腐っても向上心を忘れんとは、敵ながら関心関心」
左舷の突入した中央集積場近くの第一医務室。
そこにいるはずの二階堂の姿は無かった。
あるのは、二階堂の持っていた多機能一眼レフと繋がった通信機器、あとは医療機器だけである。
辺りを見れば黒焦げた医務室の壁の隅にはダクトシュートがあり、そこから逃げたと思われる。
「・・・・・・・・・・・・二階堂」
何やら意味深に呟いた左舷は踵を返しつつ伏し目がちに連絡を取り始める。
「おい右舷!さっきから”呼びかけ”とんねんやからさっさと応答せいやダボが!」
喚く左舷は何ら通信機器などを使用している様子など無かったが
耳の辺りを奇妙な触り方をしたことから一部実社会で実用中の体内通信モジュールを使っているようであった。
”ウザイ、ホンマウザイ、俺は電話が嫌いやねん、なんぼ言うたらわかんねんボケが!”
いつもバディを組んで行動しているが仲がいいという訳ではないようで無線越しにお互い罵り合戦を繰り広げる。
「ホンマふざけやがって!で、どないすんねん!思ったよりも二階堂のペースが速いやんけ、これじゃあ
次の”生産”に間に合わんやん、製造業舐めんなよ畜生め!」
左舷はそう言うと医務室から飛び出して、自身の靴の踵をリズムよく弾ませた。
ガキンッ!ガキンッ!
踵の下から薄い金属膜が飛び出た。
すると左舷の身体はまるでスケートリングの氷上にいるかのように緩やかに前進してゆく。
「フンッ!」
左舷は体躯をリズミカルに動かし、まるで氷上を滑るスケート選手のように長い無機質な廊下を滑らかに走り出す。
”それはもう良い、アイツは俺が渡したアレにたぶん気づいたと思う”
右舷が無線越しに落胆の声を出す。
左舷は右舷が二階堂を誰よりも楽しんでいたぶっていたにもかかわらず、諦めた台詞を吐いたので驚嘆を隠し得なかった。
「どうしたよ?あいつが気づくわけないやんか」
”いや、間違いなく気づいている。そうでなければあんなイリーガルは起こらんしな”
「イリーガルってなんよ?」
”そんなん後でええからはよこっちこいやボケよ!多分二階堂はこっちまですぐ来よるでな”
核心を避けられて左舷は苛立ちを覚えながらもスピードを上げる。
「・・・ダボがよ、ホンマしんどい事ばっかりやねん」


地下搬入用大規模エレベーター近くの軍事施設前。
二階堂は後ろ盾を失った。
間違いなく南山と省吾(江村はどうか解らないが)は敵、もしくはこの大日本帝国陸軍を名乗るテロリストの一味である。
(あれから一切無線の応答がない・・・・・・そう、ただ一人を除いて)
”大丈夫ですカ二階堂さん”
「まさかあんたが頼りになるとは思わなかった」
イーノであった。
彼女は中国人民解放軍から派遣されたスパイだ。
いわゆる大日本帝国軍の敵であるのはまあ間違いない。
だからこそ、皮肉にも南山や古今少佐に組み入らないという確信が持てた。
ここに来るまでの途中にお互いある程度の情報交換ができた。
その中の一つに興味深いものがある。
「確かか?直接会ったことが、ない」
”はい、私、私の上司、他作戦関係者に至るまで確認を取りました。唯一解るのは陸自のデータベースと
ホームページに乗っていた”ご挨拶ページ”に掲載されていた顔写真ぐらいでス”
「ああ、あの平成初期のような作りの・・・」
二階堂はホームページの南山のマネキンの如く修整加工された顔を思い出して思わず嗚咽を出した。
「じゃあ今回の件に関しては?」
”最初、南山さんから当該しか知り得ないほどの内部リークをいくつか頂いたのが始まりです。
その後またコンタクトがあり、まだ一度も外に出てない特ダネがあると・・・”
二階堂は考えてもやはり腑に落ちなかった。
南山が結局ここの人間と縁を切らずいた、なら。
(何故イーノはじめ解放軍に自らを暴露するような行動をとった?金欲しさ?まさか、ここにある兵器類の一つを売るだけで
1億2億なんて”はした金”の部類に入るのに)
「・・・・・」
”どうしましたカ、二階堂さん”
「イーノ、詳しく話さなくていいから教えてくれ。もしかしたらこの無線も連中に傍受されている可能性が極めて高い」
二階堂は軍事施設の車両収納ドームや哨戒塔が立ち並ぶのを一望できる場所に着いてから言った。
「お前、今どのあたりにいる?日本国内?それとも国外か?まあ答えなくてもいいからよく聞け。
いま日本国内がヤバいことになっているのは周知の事実だな?もしかしたらそれらをお前ら始め国ごと着せようという可能性がある。
もし、もしもだ。少しでも異変を感じたり、マズいと感じたらすぐにこの無線も切って逃げてガン無視決めろ」
”・・・・・・・・・・”
「お前の上官もこれをモニターしてるな?
おい上官よく聞け、たぶんこれは国際を巻き込んだかなりの事態に発展している可能性が高い。
間違いなく南山はかなりヤバいことを目論んでる。古今少佐とつるんでるのも間違いない、完全にハメられている」
暫くは応答がなかったがイーノが再び口を開く。
”それなら二階堂さんは、どうなるのですカ?”
今までにないほど、意外なほど心配に病んだ声であるのが無線からも聞き取れた。
「俺か・・・まあ俺の事なんて気にするな。どうせ生きてて死んでるような人生だったんだ。
それに今はどうしても南山に合って殴り殺したいしな。まあ、うまい話に何の疑いもなく食いついた俺が原因でもあるんだがな。
それにもう後にも引けないしどうにもならない、なら行きつくとこまで行ってみようと思う。
名前も”二階堂 進(すすむ)”だしな。笑っちゃうだろ?今時、進だぜ?進・・・」
二階堂はそう言って乾いた笑いをした。
もうその表情に生気は無く、無機質そのものであった。
”・・・・・・・・・二階堂さん、行きましょう”
「もう引けよ」
”最後に省吾さんと情報を取り合ったときはその先のCD哨戒塔にエレベータを動かすためのマスターキーがあると聞きました。
こちらからも今まで得た情報でサポートします”
「やめとけよ」
”報酬も予定通り出しましょう、最初よりもさらに増します。身柄も安全も保証します”
「上司にそう言えと?」
”いえ、私の独断でス。これでも階級は二階堂サンよりも遥かに上ですよ”
「ばかやろうが!それじゃあ・・・それじゃあ・・・俺に国を捨てろっていうのか?そんなの・・・そんな―――」
自分で言っててハッとする。
そうだ、そうじゃないか。
もう俺は気づけばすでに選択しなくてはいけない二択を迫られているんだ。

1.殺されることなく、ただひたすら散々痛めつけられて”帝国軍人”を強いられる自分。

2.解放軍のイーノに協力して、核で焼かれた国を尻目に逃亡する恥知らずの自分。

「これは一体・・・そんな、まさかそんな」
ふと湧いた疑問に苛まれながら、頭を悩ませながらも
それでも二階堂は必死に哨戒の目を搔い潜り、例のCD哨戒塔にたどり着いた。
一角一角、注意深く警戒しながら進むがまるで人気がない。
(無人か・・・・そんなまさか・・・それとも鼻から無人施設(オートセグメンテーション)なのか)
塔の頂上までたどり着く。
そこは全方位展望用の防弾ガラスで覆われ周辺を一望できるような場所だった。
中央にはコンソールやモニターが多数羅列されている。
「どこだ・・・・?」
夜目を必死に凝らし、仄かな補助灯だけが照らし出す辺りをくまなく見渡す。
”・・・二階堂さん、そこでス!その端末の前に刺さっている金属カード”
モニターしているイーノに諭され、急いでその端末の前まで向かう。
「・・・・・これか」
刺さっている金属カードをおもむろに引き抜く。
カードを見ると”大規模エレベーター専用”と名打ってあった。
「マスターキーとは違うが・・・まあいい、戻るぞっ―――――――」
踵を返そうとした矢先、ガラス窓から強烈な閃光が飛び出した。
「なぁっ!!」
二階堂は条件反射でその場に伏した。
次に爆音が響き、ガラスが一斉に砕け散る。
ガラスが割れたことにより、外と内との気圧差でものすごい強風が吹き荒れる。
閃光が緩やかになる中、二階堂は恐る恐る顔を上げる。
稲妻だ。眼前に稲妻。
しかも消えることなく動いている、まるで生き物のように。
「ああ、あああ、な、なん、なんなんだ、あれ?!」
二階堂は驚愕して悲鳴にも似た声を上げた。
そしてすぐ背後からその声に答える男。
「ありゃお前だよ・・・サンダー1」
二階堂はすぐさま飛び起きて身構える。
そこにいたのは、右舷と左舷、そして――――――――――――。

「み・な・み・や・まぁああああああああああああああ!!!!!!!!」

奴だ、奴がいた!!



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