1_72 在原

文字数 3,181文字

―――まだ入隊したてのころ、海上自衛隊の観艦式に参加したことがあった。
アメリカ海軍の空母も交えられ、多数の艦隊がその風格を見せつけていた。
そのうちの一つが脳裏から呼び起こされる。
全長僅か30mほどの小型駆逐艦、アメリカ海軍ではデストロイヤーと俗称されるそれが今まさに目の前に現れていた。
ただ違うのは、船底に無数のキャタピラーが”生えて”おり、多数の砲身も交えその異形の姿は痛々しい毛虫のようであった。
「あ、ありゃなんだ・・・あんなもの、見たこともないっ」
九死一生を得た自衛官は負傷した仲間を抱えながら必死に後ずさる。
「・・・あれ、あれを・・・」
「?!どうした?」
負傷した仲間が弱々しく腕を上げ、駆逐艦の一部を指さす。
そこは駆逐艦の艦首、規則的に光るライトのようなところだった。

「・・・あれは、あれはモールスか?もしや、味方なのか?!」


「本部長、応答不能だった第三機動小隊より入電。敵、未確認戦艦”らしい”モノは味方の可能性ありとのこと」
本部テントにて入電を受けたオペレーターが本部長に伝える。
「さっき地下エレベータ部から飛び出してきた奴か?可能ならそのままを状況を報告しろと伝えろ、後至急そちらに哨戒機を回せ。
そうだ、救援するんだ、大至急!」
本部長はインカムを片手にモニターを食い入るように見つめた。
「本部長、”桜島”より入電。到着まであと8分とのこと」
「・・・わかった。いいか、これより戦略的撤退の準備に取り掛かる、上の人間に悟られるな。作戦前に伝えた例の信号を
全作戦参加者に通達しろ」
そういうと本部テントにいる一同は一斉に撤収準備に取り掛かる。
その傍らでオペレーターの一人が深刻そうな顔をしながらどこかと連絡を取っていた。
「・・・はい、はい・・・了解しました。本部長、沖縄キャンプ・フォスターより直通回線で司令官より通信が入っております。
本部長を指名しております・・・例の調整官も一緒です」
舌打ちしながらオペレーターに向けて指をグルグルするジェスチャーをした後、無線に出た。
「はい、こちら作戦本部司令室・・・※※です。・・・ええ・・・ええ・・・はい・・・正気ですか?
はい・・・内閣府の・・・ああ・・・わかりました、予定時刻を・・・いえ、その春日基地のスクランブルについてはこちらは把握しておりません
・・・もちろんです、では」
本部長はそういうと無線をおもむろに切り、全員に向き直り叫んだ。
「約20分後に米軍海兵隊によるによるサーモバリック爆弾(帰化爆弾)による空爆が開始される・・・
死ぬ気で逃げるぞ!」


”計器正常、エンジン異常なし・・・イージスシステム正常・・・
迎撃プログラムオンライン・・・金玉すくみ上っちゃいますよ二階堂さん!!怖い!”
省吾が声を震わせながらモノを言う。
「お前がそんなんでどうするよ!イーノ、首尾は?!」
二階堂はヘッドマウントディスプレイを付けた顔を振りながらイーノに叫ぶ。
”問題はありません、このまま先ずは一番厄介なウバメ達を対処しましょう。敵車両の砲撃は基本無視してかまいません。
元々これは奴らの兵器なのですから破壊されようが知ったこっちゃないですヨ”
「この場に及んでまさかお目付け役の中国人のあんたが一番頼りになるなんて・・・願わくば勝利の女神になってくれ」
”任せてくださイ!”
巨大な金属の城塞、姫路城markⅡを背に、悠々をその風格を見せる陸上小型駆逐艦 ”キ・902乙”
サーバールームのコントロール席より、二階堂は握っている両ジョイスティックのトリガーを引く。
ドンッ!!
大きな破裂音と共に駆逐艦の主砲、27mm砲が火を噴く。
”セントリーAAガン、一斉掃射!戦闘AIにはIFF(敵味方識別信号)を遵守させます!”
省吾も遠隔操作を補助し日本帝国軍の車両、ウバメ達を撃墜を援護する。
「いける、いけるぞ。このまま、ここを掌握するのもッ―――」
”まって二階堂さん!11時方向地下より浮上するものがありまスっ!!”
「何っ?!」
イーノの叫びに呼応し、11時方向にモニターを向けるとそこには。

「二階堂、その破廉恥極まりない行動、帝国軍人有るならば、粛清する必要がある!」
在原が声を高らかに宣言する。
「首尾はどうか!!」
前面の操舵、オペレーター、その他砲手、レーダー技士などが次々と指さし呼称し声を上げる。
「首尾良し!」
「各計器良し!」
「各砲座準備良し!」
「在原艦長、迎撃準備整いました!」
各人員が在原に向き直り、まるで機械のように一糸乱れぬ敬礼をした。
「良し!各船員に告ぐ、こちらは艦長・在原である!
目標は前方、キ・902乙!破廉恥二階堂によって蹂躙され、侵された我が軍悲劇の戦艦である!
我らの手により二階堂の魔の手から解放させるのだ、よいな!」
在原は握り拳を天に掲げた。
在原が率いる在原班屈指の戦艦、902乙の姉妹艦”キ・902甲”。
その姉妹艦、上位互換である小型駆逐艦は二階堂達の操るキ・902乙よりも一回り大きく、
より強力な武装を搭載していた。
「我が失われた大日本帝国海軍の日輪を・・・再び我もとに・・・とつげぇ―――おい待て」
号令を掛けようとした矢先、在原は急に鼻をスンスン鳴らして、うろうろし始めた。
「クンカクンカクンカクンカ・・・・なんだこの香ばしいにおい・・・おい貴様!」
在原は一人のレーダー技士の前に立ち、彼を無理やり引き立たせた。
レーダー技士はその威圧に震えながら敬礼する。
「はぃいいいい!ほ、ほ、ほ、ほ、本管でございますかっ」
「貴様ぁ・・・なんだこの香ばしい匂いはっ・・・お前から漂ってくるぞっ」
犬並みの嗅覚を持つと自負する在原はその赤いデカ鼻をならした。
「こ、こ、こ、こ、こ、こ、こ、、これは、出撃前にっ、はら、はら、腹ごしらえをし、しようとっ」
「なんだっ!言ってみろ!」
鬼のような形相の在原に、全身を震わせ、冷や汗を垂らしながらレーダー技士は答える。
「そ、そそ、そ、そそ、その、その、あの、その・・・南蛮・・・なん・・・南蛮渡来のっ」
「なんだっ!」
在原の目がカッと見開かれる。
「か、か、カリー、カリーぱぁーーーーーーーー」
パアァアアアン!!!
レーダー技士の額に穴が開く。
在原は叫んだ。


「 贅沢は敵だ!!! 」


「あれは・・・嘘だろっ!話では今地球上で一隻だけしかないはずだろっ」
二階堂は目の前の”それ”に恐れおののく。
”ええ・・・間違いありませんっ、他国ではまだ製造、試験段階、国によっては設計段階のはずですヨ”
”だがあれは間違いなくこいつと同型艦・・・俺も研究段階とは聞かされていたが、俺が出てから一体どうなっている?!”
南山が呆れた声を上げる。
「南山、お前がここにいた時はあれはあったのか?!そもそも、ここを出てどのくらい経つ」
”ここを出てさほど月日は経っていない。それにあんな代物俺は把握していない。
研究部や技術部、車両部で連携しいくつか開発中ということは聞いていたがまさかあんな・・・”
その時、二階堂の耳に凄まじい金切声が聞こえた。
「ぐぁ!なんだ?!」
”聞こえるか二階堂!!!”
二階堂はすぐさま応答を返す。
”二階堂、この声は在原だ!あいつは自称元大日本帝国海軍、あれに搭乗してるに違いないっ”
南山が声を荒げる。
”二階堂・・・貴様がその誉有る我帝国陸軍きっての艦を奪ったのは解っている・・・
その破廉恥極まりない行為、もはや呆れてものもいえん、だがせめて貴様も、貴様も帝国軍人たる人間ならばッ!”
在原の物言いに、二階堂は切り返す。
「俺は帝国軍人じゃない!俺は自衛官だ!」
”黙れっ!貴様も帝国軍人ならば誉ある玉砕して見せよ!”
「なんだとっ!!」
二階堂が驚愕の表情を浮かべる。
”行くぞ二階堂!目標、敵902乙二階堂、面舵一杯、ヨーソロー!”
”トリーカジー、ヨーソロー!”

在原の902甲のキャタピラーがけたたましい音を上げた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み