1_96 右舷と左舷

文字数 4,392文字

走る二階堂の両脇を右舷と左舷が瞬く間に距離を詰める。
(すぐそこまで迫っている?!この二人は少なくとも常人のはずなのに、やはり身体に手を加えているのか?)
「待てや二階堂!!調子乗んなよ!今のお前に何が出来んねん!!」
「今更”最下層”いってどないすんねんな?!少佐の靴でも舐めにいくんかいや、なら
俺が連れてったるわいや!!」
「オオオオオオオオオォ!!!」
二階堂は聞く耳など持たず駆けた。
膝を上げ、腕を振り、完璧ともいえるフォームで短距離走者のような走りを見せた。
「頑張ってどないすんねん!!もう金なんか入るかいや!」
「お前”正義マン”かいや?!これほどの規模のお前ひとりにどうにかできるわけないやろ!
いちいち首突っ込むなやこんダボがよっ!」

右舷と左舷の言うことももっともだった。
もはや二階堂に目的など無い。
南山達は裏切り、外に出れば阿鼻叫喚の地上。
脱出してイーノの手を取れば自分はもはや売国奴扱い。
ただ逃げたところで政府に蹂躙。
どれを取っても核を撃ったレッテル付き。
そしてここに残れば待ち受けるのは煉獄行き。
それでも二階堂はやらなくてはならなかった。
恐らく今回の一連の手引きをしているであろう南山への天誅。
それは二階堂に僅かながらでも残された自衛隊員としての信念がそうさせているのであろう。

(>?!)
突然視界に右ストレートが飛んできた。
慌てて左に前屈姿勢を取る。
そこに、左トゥキックが顔面に入ってきた。
反射で左手で払いのけ、右手で受け身を取ってそのまま前転してすぐさま足に力を入れて態勢を取る。
「グゥウウウウウ!!!」
素晴らしいほどの条件判断で二階堂はまた再び走り出した。
見違えるほどの二階堂の身のこなしに右舷と左舷の顔は唖然となったがすぐにその形相は烈火の如く真っ赤になった。
「ちょ、調子の・・・調子のんあああああああああああ!!!!」
「ウォオオオオオオオオオオ!!ぶちのめすぞオラァ!!!!」
すぐさま後を追う二人。
(やっぱり身体を改造しているのか?!ひ、左手がナイフで刺されたように痛い!)
先程庇った左手は左舷の蹴りで痛みがジンジンと響いている。
二階堂は改めて二人の異常性に恐れ慄いた。
(この二人はあの鋼鉄の巨人、ウバメに似た感じがする・・・相手にするのは危険だ!!)
そう思った矢先、いつの間にか横についていた右舷の強烈なタックルが二階堂の側面に入る。
「ぎゃぁあああああああああああああ!!!!」
稲妻を受けたほどの衝撃が二階堂の身体を駆け巡る。
危うく地面に伏しそうになるが間一髪で踏みとどまり、また足を動かす。
医療室でくすねていた小型のプッシュ式鎮痛剤を身体に打ち込む。
(!!!)
突如に痛みが荒波のように押したり引いたりする感覚にもはや自分が自分でないような感覚に囚われる。
(畜生め、負けてたまるかっ!)
再び走り出す二階堂に今度は左舷の左フックパンチが迫りくる。
二階堂は走りながらフックの猛攻をスウェーのようにかわすが上半身に気を取られすぎていた。
グインッ!(何っ!!)
気づいたときには既に前のめりに勢いよく転倒し、顔面を強く打ち付けていた。
コンテナ間のちょうど足首辺りの位置にワイヤーが張られている。
二階堂の顔面は赤く染まり、鼻からはおびただしい血が滝のように流れ出た。
「おいバリかっこええやんケ!」
「写真写真っ!自撮りで二階堂と握手!」
二人の戯言を聞き流し、二階堂は血を拭くこともせず戦闘服を血に染めながらもまた走り出した。
「うわあああああああああああああ!」
「ま、またかっ?!お前もうええ加減にせいよ!」
「諦めろや!お前みたいな奴が一番女から嫌われるねんて!」

しかし走る二階堂の眼前にこんどは突然ウバメが頭上から何食わぬ顔して落下してきた。
「何っ!!」
「アムアムアムアム・・」
「ブスジャノーテ、ドクジャノーテ」
次の瞬間には空気が裂けるほどの強烈な回し蹴り。
それは僅かに二階堂の頭上をかすめたが炎を当てられたような痛みが走る。
「あああああああっ!」
喘ぎながらもまだ、まだ走る。
相方のウバメがすぐそばにあった1tコンテナを片手で持ちあげ、二階堂に投げつける。
気配を察し、側面へ飛び込み回避する。
「キャップキャップ、ワロタワロタ」
無様に転がり込む二階堂を見てウバメ達ははしゃぎ騒いだ。
「ううううううううっ!!」
「おい、泣いとんちゃうんかい二階堂!!」
「ホンマヘタレやな、隊の者(モン)もなんでこんな奴が自衛隊はいってんおもてんで」
「お前みたいな奴誰も助けんでよ」
「駐屯地で何教わってきてんダボハゼが!!人も殺せんのかい!」
それでも、走る、駆ける。
どれほど、いくら、障害が待ち受けようとも、二階堂は走った。
それは突然南山に告げられた、憎むべき恩師の不幸を振り払うように。
「ダボ二階堂!お前もう許さんからなッ!税金も払わんクズがよオトンもオカンも何時までも生きてないでよっ!」
「お前ひとりでこの先、生きていけんのか!国がクズのお前の面倒なんか見るわけないやろっ!」
右舷と左舷はもはや誰に言っているのかわからないような物言いで二階堂を追いかけてくる。

二階堂には解っていた。
こいつら右舷と左舷は自衛隊の中でも監査部に所属する人間。
化け物張りの強さという異常性はあるが、そもそも桁外れに職務に忠実でなければ
監査部に所属するなど不可能だということは元自衛官である二階堂には周知の事実だった。
(こいつらはどんな時でも俺を追い詰めるという勅命を受けているはずだ。ならもう構ってはいけない)
そして、渾身の力を振り絞り腕を振り、足を上げ、前へ前へと駆ける。
(シカトする、それこそがこいつらの唯一の攻略法だ)
二階堂が走りながら先へ目を凝らす。
まだ丁度エレベータの半分近くまでといったところだったが、最初の頃よりかはその先はハッキリと
形を現していた。
丁度その時、アナウンスが掛かる。
”只今、降下地点2800メートルを通過いたしました。当エレベータは後五分ほどで到着します。
搭乗されている方は到着準備にかかってください。”
「オオオオオオオオオオオォ!!!」
待ってましたとばかりに二階堂は襲い来る痛みを吹き飛ばすほどの咆哮を上げ、駆けた。
しかし、そこに二階堂を先に追い越して待ち受けていた左舷が待ち構える。
(?!)
手に握られているのは太い直径20センチはあろうかという鉄パイプ。
左舷はそれを大きく振りかぶった。
「っ、クソぉおおおお!」
二階堂は左舷の振りかぶりが高目なのをすぐさま予見しスライディングで左舷の下をくぐろうとした。
「させるかボケが!!!!」
態勢を低く取ろうとした二階堂の首根っこを右舷が凄まじい握力で掴む。
「うげぇえええええ!」
「外すなよダボッ!!」
「お前誰にモノ言うとんねん!!!」
右舷が二階堂を左舷の射程まで投げ飛ばす。
すぐさま左舷は軌道修正して二階堂の腹目掛けてフルスイングした。
「ぐうぅうううううう!」
左舷の強烈な一閃を受け、身体が数十メートルも吹き飛ばされる。
直前に両手で何とかガードしたものの受けた衝撃はすさまじく受け身も取れないほど抗えなかった。
脇にある段ボールケースやガンケースが大量に積載されたコンテナブロックに叩きつけられ、
辺りにモノが飛散する。
(ううううううっああぁ・・・・)
二階堂は声ならざる呻き声を漏らし、嗚咽を吐いた。
その時、二階堂に幸運が舞い降りる。
(こ、これはっ、九死に一生を得るか?!)
霞みゆく目で飛散したものが目に入る。
そこには、アサルトライフルや手榴弾、スパイが使うペン型銃まであらゆる武器が先程の衝撃で散らばっていた。
全身の痛みに悲鳴を上げながらも一心不乱にそれ等をかき集め、すぐ迫る右舷と左舷に向けて迎撃態勢を取る。
「し、死ね、死ね、死ねやボケガァァアァァアァアァ!!!」
手にしたアサルトライフルを両手に構え、右舷と左舷に向けて射撃を返しする。
だが右舷と左舷は臆することなく、すぐさまバク転を繰り返してその射撃を巧みにかわす。
「二階堂!!お前丸腰相手になにしとんねん!!」
「お前に血も涙もないんかいや!今のお前の顔録画してネットに流すからな!!」
「武器持った途端態度が急変しやがって、お前ホンマヘタレやな!生身じゃなんも出来んのかいや!」
「おまわりさーん、このキョドってるやつ凶器持ってますよぉ」
「黙れっ!黙れっ!くそっ、なんで、なんで当たらないんだっ!」
右舷と左舷はライフルの弾が切れたのを見計らって二階堂に歩み寄る。
「いや、ちゃんと当たってるよ?まぁお前の弾喰らって死ぬとかありえんけどな」
「お前みたいな奴にやられるぐらいなら自分で死んだ方が100パーましやし」
「じゃあ、お前死んだら?」
左舷は右舷に向かって悪戯に呟き、右舷は怒りの形相に変貌した。
「お前ホンマむかつくねん!仕事じゃなかったら速攻で殺しとるからな、覚えとけよ!!」
いがみ合う右舷と左舷に隠し持っていた手榴弾を投げつけハンドガンで撃つ。
ズガ―ン!!!
伏せていた二階堂は軽く飛ばされるだけで済んだが右舷左舷はその場で爆炎に包まれた。
僅かな隙に二階堂は再び身体を起こし走ろうとする、が。
しかし。
―――もうしかし。
ーーーーーーーーーーもうその力が出ない。

目が霞み、耳は遠くなり、幻聴が聞こえる、身体が徐々に動かなくなってゆく。
それでも、それでも二階堂は血を吐き、流し、目を血走らせ、あらゆる所を骨折し、全身を強烈に震わせながらもなおも立ち上がる。
あくなき生への渇望なのか、それとも信念か。
過去に置き去りにした自衛官としての誇りか。
狂気をまとわせながらも右舷と左舷の猛攻を耐え、駆け抜け続けることをやめなかった。
ゆっくり、ゆっくりでも一歩一歩進んでゆく。
エレベータの端まであと数十メートルと迫った時、アナウンスが掛かる。
”お待たせしました。最下層、ナラカ基地に到着いたしました。搬入の際は前方の車両及び人員より――――――”
鼓膜が破壊されるほどのサイレンが鳴り響き、衝撃波と共にエレベーターが制止した。
眼前の巨大な昇降ゲートが開いたとき。

―――――ウバメが壁を成すように立っていた。
一列に成し、手を首元でL字に切りながら二階堂の前面に迫ってくる。
「ああ、あああ、お、終わった、もうおしまいだ・・・・もう、もう」
ついに絶望した二階堂が膝をついたとき、冷徹な女性のような声が響き渡る。
”もういい、やめろ”
「少佐・・・・」
すぐ後ろに付いてきた右舷と左舷が炎を払いながら呟く。
声の主は古今少佐だった。

”元陸上自衛隊二等陸尉 二階堂 進 殿。来なさい、少し話をしよう”

「阿保が・・・二階堂・・・どうせお前に逃げる所なんか無いのによ!」
「ここでずっと飼われとったらええねん!クソ野郎が!」
右舷と左舷の罵倒を次から次へと背中から一心に受け。
淡く光る青白い光の中を、二階堂は千鳥足と吸い込まれるように消えていった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み