1_x2 古今少佐と二階堂

文字数 5,047文字

全ては作戦だった。
二階堂は覚醒を得て、すべての記憶を取り戻す。
「・・・・・・・・・・・・・・っ」
するといきなり先程エレベーターで拾ったツールナイフを一番距離を詰めていた古今少佐に電光石火で投げつける。
「ふっ!」
何ら動じることもなく、その長くしなやかな脚でナイフをはじくとそれを手に持ち、二階堂の投げた腕を
足で踏みつけ固定し、左の手の甲に勢いよく突き刺した。
「んぎゃぁあああああああああ!!!」
「見事だ二階堂、これだけの多勢に無勢でありながらも最後まで抵抗心を持ち続ける。帝国軍人としての芯の強さよ」
古今少佐は二階堂を足蹴にする。
周りの兵たちは皆その表情を嬉々とさせていた。
南山がボロ切れの様に横たわる二階堂のそばにより憐みの表情を浮かべる。
「あくまで司令官狙いか?狙いは良いぞ、この城塞は司令官あっての基地だからな。
だが不可能だ、そういうのを無駄な努力と言う。いい加減頭の方を使ったらどうだ?前々からいつも言っているだろう?
頭を使えと。お前が使っているのは足だけか?ほらっ!!」
南山が二階堂の背中を何度もストンプする。
「がぁ!はぁ!がっ!がっ!」
踏みつけるたび頭上の稲妻はその身を捩らせ、うねりを上げる。
「不思議だろう二階堂?何故ここにいる連中はバケモノの様に不死身で、強くて、
そしてこの女は当に90歳も超えているはずなのになぜこんなにも若くそして・・・・・・美しいのか・・・」
一同が一斉に乾いた笑いをする。

「お前のその顔・・・どうやら、思い出したようだな二階堂。んん?”外出”は楽しかったか?貴殿の帰還を歓迎するぞ」
古今少佐は南山を手で制すと背後へ追いやり、二階堂のそばに寄った。
「お前は何故、俺がこんな目にと思っているだろう。南山もお前に説明したがお前はこの城塞で無くてはならないのだ。
私達の使命の為にな・・・・」
「お、教えろ・・・お前らは何なんだ一体。どういう事なんだ」
震えた声で二階堂は顔を上げ古今少佐を睨みつける。
古今少佐はゆっくりと冷笑を浮かべながら語りだした。
「二階堂、私達は皆元々軍人では無く大半が日本国家直属の神官の人間だ。
それは、表立っての敬われ、慈しみを持たれる神官たちではなくもう一つの裏としての神官、高官曰く”裏神官”だ。
その中にはもちろん生粋の帝国軍人もいるがな。
長・幕府・政府と言う遥か太古の時代から続く勅命として、この日本が日本であるために・・・ただ神官として神器を守るため
何世代・・・気が遠くなるほどのいくつもの時代を日本を守る影として命を繋いで生きてきた。
時には武力を、時には命をもって。
もちろん、我々に他の人生など論外だ。目標も、結婚も、生き方すらも生まれた時から定められた人生ならざる人生。
この現代社会において信じられるか?」
古今少佐は高らかに笑い、続けた。
「我々裏神官の存在は決して明るみに出ることは無く、永久に秘匿とされる。
故に重宝され、私の様に身体の老朽化を極限に遅らせるテクノロジーから細胞の急速回復、鋼の肌を持つウバメンツ(巨兵)を作り上げるまだこの世で表に出ることのない技術・文明もいち早く実装される。
全てはこの日出る国の為にな!」
「・・・信じられん」
二階堂の顔が絶望に染まり始める。
「お前の様に外から来た自衛官も幾らかいるが、皆私達の志に貫録を受け、理解し、受け入れてくれた。
ただお前は例外だがな」

「我々はただ神官として生き、この国で神官として死んでいく。ただそれだけの存在。それだけの意味。
数十年前、世界大戦で敗北し、絶望の淵に佇んだ時だ。我国家へのお役御免の直訴を計画し始めたのは。
呪縛から解き放たれたい一心、それだけだった。
そもそも敗戦直後の政府を見ろ、飢餓、暴力に喘ぐ国民よりも我々の守る三種の神器を他の国に渡らせないことしか
頭になかった。完全失望だよ!」
古今少佐は握りこぶしを作り横の柱を殴りつける。
その合金製と思しき柱は一気にへしゃげた。
「しかしだ、近年時代が進むにつれ我々は徐々にその直訴を考え直した・・・
見てみろ、欲望によってこの腐敗と衰退を極めた我国家と国民を」
古今少佐はゆっくり歩みながら周りの兵を舐めるように見回す。
「ただ流れるだけに生き、獣の様に欲に忠実で、慈しみや敬う気持ちが皆無であり、常に見栄を張り、人を欺こうとする」
古今は不意に遠い目をして、背後の大日本帝国陸軍・軍旗を見やる。
「今のわが国民をどう思う二階堂?懸命に働く若者を只罵倒する達磨のような年寄り共が漁夫の利を得る世の中を。
己が性を恥ずかしげもなく親兄弟の年齢とも有ろうものに売ることに何らためらう事のない女子共を。
権力を持つことが何をやっても許される事と勘違いする英才どもを。
親が子を殺し、子が親を殺す家族らを。
なぜこうなる?なぜ満たされているはずなのに途端に不幸になる?」
古今少佐は急に襟を正して踵を返し軍旗を背に敬礼する。
それに従いその場にいる者全てが機敏に敬礼する。
「やがて気づいたのだ・・・裕福になることが幸せになることではないことを。
そして我々は悔い改め、誓った。この国を再び”規律”の元に一つにすると・・・正にそれこそ”国家”よ!」
二階堂は絶句した。彼らは再び軍や政府による恐怖社会・圧力社会を形成しようというのだ。

「私はな二階堂・・・大日本帝国と言う名の”規律”を復活させたいのだ。我国民を蝕み続ける”迷い子”と言う名の病。
それを拭い去ること。それこそが我ら帝国軍人・・・裏神官としての使命それは、国民を再び規律の名の元に一丸にすること・・・
それこそが永年にわたり守り続けた我ら三種の神器の存在意義ぞ!」
敬礼を解いて古今少佐は二階堂の眼前まで顔を近づける。
「我々は正したいのだ、この国を。その為の反旗よ!」
二階堂は鼻血を垂れ流しながら虚ろな目で古今少佐の顔に血交じりの唾を吐きかけた。
「夢物語か・・・いや夢物語と言うより・・・それが何だっていうんだ、馬鹿じゃないのか」
「なんだと?」
古今少佐の声のトーンが変わる。
その重々しく見るからに不機嫌な声色は周りの兵を始め側近の六火仙隊も緊張を隠し得なかった。
「お前みたいな奴の事・・・ボンクラっていうんだ。いつの時代も、どんな時も、やらかす奴はやらかすし、
真面目に生きる奴は生きてるし、偉業を成し遂げる奴も沢山いる・・・国にあーだこーだ言われなくてもな。
それこそお前らが馬鹿みたいに守ってる三種の神器とやらの力でもない、その時代に生きる人間の力だよ」
古今少佐はまるで気味の悪い虫を見る様な目で二階堂を見た。
だが二階堂はひるむことなく続ける。
「古いんだよ考えが・・・今更感だぜ、結局人間なんてのは忘れたころに同じようなことを幾度となく繰り返す生き物なんだ。
それならもう本人たちに委ねてしまえばいい。右往左往したって時代は進化していったんだ。
そこにわざわざ外野がいちいち強制するもんじゃないぜ・・・」
まるで教師に反抗する不良生徒の様に二階堂は荒んだ物言いで古今少佐をけなす。
ワナワナと震え、表情を硬化させる古今少佐。
それは美しい大和撫子の様相ながらも恐ろしい戦慄を醸し出した。
そして。
「まるで少年のような浅い思考・・・完全失望したぞ二階堂!お前は明日と言う日も来るかどうか解らなかったあの時代が解らんのだ!
もう少し理解のある奴だと思っていたが・・・まあいい。準備!」
古今は踵を返し、二階堂から離れて行く。
「は!了解しました!さあ来い二階堂、紫電もお前の事を待ちわびているぞ!」
「ぐうぅおおおおお、ヤメロ!」
地面に伏せていた二階堂は六火仙の面々にまるでぼろ雑巾の様に引っ張られ広間中央に設置している
まだら模様に神代文字が散りばめられている魔法陣のような機会が埋め込まれている床に投げ出された。
その刹那、円陣の隙間と言う隙間から眩い光が放たれ、床のLEDと思しきものが点灯する。
はるか頭上の紫電20が大きくうねりを上げ、金切声のような音を激しく上げた。
床の装置が起動したのだ。
凄まじい電子音が鳴る。
この床に埋め込まれた装置が二階堂と紫電20を何らかの形で繋げるのであると悟った。
六火仙が啖呵を切った様に叫びだす。

「始めよう、さあ今こそ同化の時。大日本帝国再建のご来光だ!」
「い、いやだ!ヤメロ、やめろぉおおおおおおお!!!」
「心配するな二階堂。これは誉れであり名誉なのだ!我が軍の研究結果ではお前の中で”紫電20”は完成する!
喜べ!ばんざーい!」
「ばんざーい!!!ばんざーーーい!!ばんざーい!」
「さあ、喰らえ紫電20!お前の欲しがっていた”黄金の血”だ!」
「ばんざーい!ばんざーい!」
「万歳!万歳!」
「二階堂さん、大丈夫ですよ!きっと死ぬことは無いはずです!」
「二階堂、これで俺達も本当の同胞よ!」
「我々はもう二度と同じ過ちは犯さん、再び世界の覇権を!アメ公など眼中に有らず!」
「大和万歳!!」
「日ノ本万歳!」
「〇〇〇〇ばんざーい!!!!」
「万歳!万歳!」

「二階堂中尉!バンザーイ!」

「・・・・うぷっ、おええぇええ・・・・・・・・・・喰らえ!!!!」

二階堂はそれでもしたたかに待っていた。
こいつらは事あるごとに万歳をする。
そこにしか活路を見出せないと。
二階堂は疼く振りをしていつの間にか”胃の中”に入れたエレベーターで拾った最後の獲物、
小型の閃光弾を取り出し、六歌仙の方に投げた。
それと同時に逃亡を図るため最後の力を振り絞る。
古今少佐はすぐに察知し、回避のため後方に飛翔する。
南山もいち早くそれに気が付き、投げたものなど気にも留めず二階堂へ強襲する。
「クソ二階堂!同じ手は食うか!」
動きを寸で察知した南山が、その巨体に似合わぬ機敏な動きで立ち上がろうとする二階堂の胸を蹴り上げた。
それと同時に兵達足元の閃光弾が炸裂する。
バァーーーーーーーーーーンッ!
小型とはいえ、この城塞謹製の閃光弾はやはり強烈だった。
六火仙を始め兵たちは同化の”儀式”に気を取られていたせいか完全にノーガード。
悲痛な声を上げ、目を覆う者、伏せるもの、微動だにせず事が収まるのを待つもの、三者三様の行動をとった。
方や二階堂は唯一のチャンスであったが
南山に蹴り上げられた為か装置床から離れることが出来ずに倒れ、痛さでもがき苦しんだ。
それでも、頭をフル回転される、光のような速さで。

(落ち着け、落ち着け、まだ、まだ勝機はある!)
(取り戻せ自分を!)
(・・・・・・思い出せ!)
(何か・・・何かあるはずだ!)
(なにか・・・なにか・・・諦めるか・・・・畜生!)

(こいつらを・・・地獄へ送るんだ!)

その時、二階堂にある記憶がリフレインした。
それは何故か、城塞の存在を知った南山のデスクのモニター。
ある一文。
”責任者代理 大日本帝国陸軍 六火仙隊 古今二等陸佐”
二階堂の脳の中で鮮明とその文が強調される。

(・・・・まて・・・・古今少佐は・・・・総司令官ではない?!)
(じゃあ、それじゃあ司令官は?司令官は別にいるのか?!)

その時、耳鳴りと共に耳障りな南山が何やら嬉々としている声が聞こえた。
だがそれとは別に脳がある台詞を呼び起こす。

――――あくまで司令官狙いか?狙いは良いぞ、この城塞は司令官あっての基地だからな。
だが不可能だ、そういうのを無駄な努力と言う―――――

(司令官あっての基地なら・・・・・・ここにいる?!)

ピントの合わない、虚ろな瞳であたりを見る。
古今少佐、六火仙、南山、省吾、帝国軍人、ウバメ兵達・・・
僅かだがシルエットのみが確認できる。

(だめだ、駄目だ。誰が司令官なのか・・・皆目見当もつかない・・・しかも見つけたところで)
(もう武器も何もない、自分もズタボロの状況でどう始末しろっていうんだ)

心が絶望に染まり、苦しい胸を我武者羅に摩っていた時、何か細く硬いものが二階堂の手に当たる。
ポケットから落ちかけていたそれを掌に持ってくると、それはエレベーターで拾ったペン型拳銃だった。
その時、二階堂はふいに”あいつ”と目が合う。

「・・・・・・・・・・・・・」

(そうか・・・あいつじゃないか、俺を一番よく見ていてくれたのは)
(でもそれは、俺じゃなくって。紫電20だったんだな)
(もう俺はどうでもいい・・・・ただこいつは・・・・この城塞の司令官だけは)
(後は・・・こいつだけは肉体改造していないと祈るしかない・・・・頼む、お願いだ、死んでくれ!)

ペン型拳銃を奴に向け、おもむろにグリップを握る。
「―――――――死ねぇぇぇぇぇえええええ!」


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