1_84 喜撰(きせん)

文字数 4,220文字

カシャカシャカシャカシャ・・・

NO.10 WHEEL of FORTUNE (運命の輪)逆位置

沢山の兵が注目する中、暴君喜撰・弟と二階堂は対峙した。
一見するとまるでとげとげしいウニのように物々しいミサイルや機械類を装備する暴君、喜撰。
方や二階堂は小型針銃と通常装備品の9mmピストル、グレネードランチャー、数発の手榴弾比較的軽装だった。
そして何よりも、膝から下にかけて重々しいブーツのような代物。
元より敵側から提供されたものなどを装備するなどもっての他だがこの彼らの言う球面楚歌
という競技場ではこれがないとほぼ滅多撃ちにされることは解り切っていた。
”お待たせしました”
競技場に響き渡るアナウンス、喜撰兄の声であった。
”わぁあああああああああああ!”
競技場に割れんばかりの声援や怒号が飛び交う。
”ただいまより、姫路城MK2司令官・古今少佐主催による、金色杯をとり行います”
より一層の声援が響き渡る。
「死ね!死ねや!」
「こーろーせ!こーろーせ!」
「ふざけんなよダボが、はようやれや!」
「どぶろくいかがですか~清酒もあるよ~」
ガラス越しに写る帝国軍人たちはみな嬉々として沸き立っている。
(屑ども・・・)
「・・・二階堂見えるか、こいつらの血に飢えた表情が。なんの道楽も喜びもない我らの、唯一の”遊戯”」
喜撰弟が二階堂に語り掛ける。
「永年にわたり・・・我らはただ汚れ、腐り、堕落と怠惰を極める愚かになり果てる我ら大日本帝国民を尻目に、
毎日を訓練とこの城塞への建造、そしてなりより大日本帝国の為に己の人生を注いできた・・・解るか?貴様の―――」
「嫌なら逃げればいい」
二階堂は喜撰弟の能書きを垂れようとする口を間髪入れず遮った。
「・・・・なんだと?」
「お前ら見ていてつくづく嫌に思うぜ、俺ら日本人はいい子ちゃん過ぎだ。
わざわざ自ら不幸を背負って生きようとするんだからな。
今の生活が嫌と言うなら、とっとと見切って新しい人生を歩めばいいんだ。
今の日本にはそれができる。お前らはくる―――」
「ふ、ふざけるな!!!!」
今度は喜撰弟が二階堂の口を遮る。
「それだ、その台詞それこそが今の大日本帝国が”日本国”に堕ちた何よりの証拠!
お前に解るまい!国と言うものがどれだけの犠牲と労力の上に成り立っているのかを。
血と肉と骨がどれほどの食われ続けたうえで成り立っているのかを」
「もうそんな時代はとうに終わった!いい加減に目を覚ませ!」
「目を覚ますのはお前の方だ二階堂!貴様は”また”裸足で襤褸切れを着て、鉄の焼け焦げた匂いのする空気を吸いながら
糞尿にまみれ育った瘦せこけた芋を食いたいのか!それすらも我ら先人の犠牲の上で成り立っていうというのに!」
「うるさい、黙れ―――まて・・・”また”とはどういう―――」
二階堂は喜撰弟のとっさの台詞に戦慄を覚えたが疑問を問いかける暇もなく。
”いざ尋常に!”
喜撰兄の台詞と共に床が一斉に青白く輝きだす。
「くあっ、なんだ!?」
二階堂の装備したローリングマシンが光り輝く床に反応し、動作を開始する。
自信の身体は10センチほど浮かび上がり、まるでスケートリングの上にいるような奇妙な感覚にとらわれた。
腕のガントレットコンソールが操作パネルに切り替わる。
二階堂が装備する前に見た説明書では操作自体はガントレットコンソールについているセンサーにより腕や身体の重心移動のみで
操作可能であった。
その説明書通りに掌を地面に向けると滑る様な感覚だった足はピタリとそこで停止した。
「二階堂、この俺が貴様の目を覚まさせてやる!勇め!勇めや!帝国軍人!わが身が朽ちる、その日まで!
さあさあ、行かん、いざ行かん!ラッパを鳴らせ!撃鉄起こせ!全力!前進!特攻よ!」
喜撰弟の後部バックパックに伸びる無数の超小型ジェットエンジンが青白い火柱をを上げる。
”来るぞ二階堂、あいつはこの競技のスペシャリストだ、無数の小型ミサイルを飛ばしてこの球面を自在に駆け巡る。
ミサイルは姿勢制御されているから推力がなくなるまでこの中を駆けまわるぞ、何とかして撃ち落とすんだ!”
南山が無線で心配するが二階堂はまるで無関心だった。
(”また”とは・・・どういうことだ・・・どういう)
そう、今二階堂の頭の中は喜撰の台詞でいっぱいだったのである。
”二階堂さん、今その競技場の管理システムにアクセスできる目途が付きました!サーバールームからの経由で
何とか操作で来るかもしれません。少し時間をください、それまで何とか耐えて!”
無線越しに省吾が必死にキーボード操作をする音が聞こえてくる。
「くそっ、くそっ、クソぉおおおおおおおおおお!」
二階堂が訳が分からなくなり腹の底から叫んだ、と同時に。
”勝負!”
喜撰兄の啖呵を切ったアナウンスが流れた。
「死ね二階堂!」
喜撰は二階堂に向かってスタートから全速力で向かってきた。
「うううぅ!」
おぼつかない操作ながらも何とか操作し、二階堂は横へ回避行動をとった。
だが喜撰はそれを追うことも、Uターンすることもなく、そのまま上へと突き進んでゆく。
「なんだと?!」
二階堂はそれを目で追って呆気に取られた。
喜撰はそのまま天井へ突き進み球面上を落ちることなく滑走する。
「っ、”そういう事”か。球面楚歌とは」
また再び上から下へと戻ってきた喜撰は上半身を少し前に倒した。
「1番2番はっしゃぁあああああ!」
喜撰の肩に装備されたショルダーミサイルランチャーから細身30cmほどの超小型ミサイルが飛ぶ。
「くっそおおおおおおお!」
二階堂はとっさにガントレットコンソールを操作し、速度を最大まで上げた。
急速な重力に身体を取られながらもミサイルを寸で回避し、自らも天井の方へと突き進んだ。
ミサイルは何とか視認できる速度であったのが唯一の救いである。(当たればタダでは済まないだろうが)
その速度は恐怖を覚えるには十二分のものであり、二階堂はもはや死に物狂いであった。
それでも回避行動をとりながらも喜撰を目で追う二階堂。
その時、喜撰は信じられない行動をとった。
「フハハハハハ!3番~6番はっしゃぁあああああ!」
「マジかっ?!冗談かこいつ!!」
今度は喜撰の腰から左右に分かれるように小型ミサイルが飛んできた。
二階堂は蛇行する様に動き回り、3番から6番のミサイルを回避する。
ともすれば、先程の1番2番ミサイルがこちらに狙いを定め向かってくる。
「ぐぅうううううう!」
目と鼻の先。
回避行動がギリギリである。
とっさに二階堂は上半身から膝までを大きく後ろへ仰け反らせる。
倒れることなく滑走しながらのそれは、まるでスケート選手のおこなうレイバックのようであった。
”オオオオオオオオオォ!!!”
会場が歓喜に湧く。
その瞬間がちょうど観客席近くのガラスということもあってか観戦している兵たちにはこれ以上にない迫力だった。
さらに喜撰が続く。
手には剣先は日本刀のように研ぎ澄まされた軍刀。
二階堂に向かって大きく振りかぶる。
「胴ぉおおぉおおおおお!!」
ちょうど身体を起こした二階堂は回避が間に合わず、コンバットナイフを瞬時に取り出し、相手の軍刀向かって突き出す。
ガキイィイイイン!
まるで時代劇のような殺陣の音が響き、何とかその一撃を防ぐも二階堂の虎の子のコンバットナイフは折れてしまった。
「いいぞ二階堂!」
「流石喜撰班長、やりおるなぁ!」
「最高だ!おい酒だ!酒酒!たまらんなぁ!」
目の前の展開にさらに活気だす帝国兵たち。
古今少佐も思わず椅子から立ち上がり、食い入るように二階堂達に熱い眼差しを送る。
”楽しいですね”喜撰兄が呟いた。
「た、楽しいだと!!」二階堂はそれを聞いて思わず叫んだ。
”球面を滑るように駆けまわる二人の戦士、それを追う縦横無尽に飛び交うミサイル。
まさにこれこそが球面楚歌!!比類なき無限空間の戦い!素晴らしいですよ二階堂さん!
これぞ誠、日本男児です!”
「うるさい死ねっ!」
二階堂はピストルを取り出し、横から並走しながら距離を詰めてくるミサイルに向かって乱射した。
闇雲に撃っているように見えるものの、それでも二階堂は感覚として狙いを定めていたのか、
数発撃ったうちの一発が当たりミサイルは爆発した。
ドォオオオン!
大きい爆発と共に黒煙を上げるミサイル。
「オオオオオオオオオォ!!!」
再びどよめく観客!
すると、今度は古今少佐がその口を開いた。
”素晴らしいぞ二階堂!皆の者刮目せよ!これが模範ある帝国軍人の腕前である、肝に銘じておけ!”
「誰が帝国軍人だオラぁ!」
二階堂は古今少佐のガラスの方に向かって射撃するもすぐに黒煙で隠れてしまった。
天井中央の排気システムに黒煙が引っ張られるので暗幕のようになってしまった。
(しまった、視認できない!)
二階堂がマズいと予感した直後、予想通りと黒煙からミサイルが飛んできた。
「間に合え!」
二階堂はすかさず手榴弾を取り出してその場に落とした。
そのまま再び天井に向かう中、二階堂を追っていたミサイルは手榴弾の爆発に巻き込まれて大破した。
爆炎・爆風・黒煙が球面の中を渦巻、それは青白い床の光と相まって異様な景色を形成していた。
「8番、10番発射!」
喜撰は背中のバックパックミサイルランチャーより真下から真上に目掛け発射した。
「今だっ!」
ちょうど真上の二階堂はすぐにグレネードランチャーを発射してローリングマシンの推力を落とした。
二階堂のグレネードはドンピシャでミサイルに直撃し、球面中央は排気も間に合わないほどの黒煙を上げた。
「クソッ二階どぉ―――」
喜撰が上を見上げた時、その上部黒煙の中から二階堂が飛び出してきた。
推力を落とすどころか、切っていたのである。
「くらえ!」
バンバンバンバン!
二階堂は喜撰にピストルを放つ。
「くっ!」
ピストルの弾は喜撰の装備するミサイルの先端にある雷管部に直撃し、爆発した。
ドゴオォオオオオオオン!
二階堂は爆風で吹っ飛ぶもすぐに推力をオンにして地上を滑るように着地した。
目を凝らして確認するも黒煙により、喜撰の姿が見えない。
(手ごたえは十分だ。しかし針で攻撃しなかった不安が残る、いけるのか?)
だが競技場の排気システムは驚くほど優秀なのか辺り一面の黒煙も瞬く間に天井のダクトへ消えた。
そして喜撰の姿が眼前に現れる。
右腕と右胸少しまでがえぐれ、まだ火が消えずに肉を燃やしていた。
だが喜撰は顔色一つ変えずその火を払い消すと落ち着いた声で言った。

「やるではないか」
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