1_93 右舷と左舷

文字数 4,713文字

NO.10 WHEEL of FORTUNE (運命の輪) 逆位置

中央集積場となり、第一医務室。
二階堂は手術マシンの治療も早々に部屋の隅にいってふさぎ込んでいる。
一見無防備かと思いきや、やはりそこは元自衛隊員。
出入り口には即時対応できるほどの罠を仕組んでいた。
”・・・二階堂、しっかりしろ。大丈夫か?”
”二階堂さん・・・何か口にできるものはありませんか?さっきからバイタルから血圧に至るまで極度の低下がモニターから
確認できます。イーノさんも心配してますよ”
「・・・・・・・・・・・・」
二階堂の口数は極端に減っていた。
それどころか目はうつろで光が感じられず、明らかに覇気がなくなっている。
もはや死にゆく者の形相である。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今」
暫くの経ったのち、ふいに二階堂は口を開いた。
”どうした二階堂?”
南山も珍しく心底心配しているのか弱々しく声をかける。
「・・・どのくらい経った?一週間か?一か月か?」
二階堂はもはや自身の意識を消失しつつあった。
”二日ですよ二階堂さん”
”そうだ二階堂、経った二日だ。二日の話じゃないか。二日の間にお前はまたあの六火仙どもを退くことが出来たんだ。
一度は死んだあいつらがなぜ生きているのかはわからんが、もしかしたらもうあいつらはもう出てこんかもしれん”
そう、二階堂は再び”奴ら”と激戦を繰り広げた。
その間、幾度となく問いかけた。
(なぜ生きている?)
(どうして同じことをしている?)
(なぜ答えない?)
だが、奴らから帰ってくる答えは馬鹿の一つ覚え。
「貴様それでも帝国軍人・・・・・か・・・」
”二階堂・・・気を確かにもて、お前は陸自の誇り、レンジャー徽章も持っている。”誉れ”そのものだ。
21日間山岳地帯攻略を思い出せ、11日間極寒地帯攻略を思い出せ!あの地獄をクリアしたお前なら――――”
「わかったことを言うなっ!!!!」
激昂して手に持っていたミネラルウォーターの缶を壁に投げつけた。
”落ち着けっ!”
「落ち着けだと?これでも正気を保っている俺を褒めてほしいぐらいだ。
一度戦った相手が同じような戦法で攻撃してくるからいいようなものの、結局はあの播州弁コンビに捕まって
意味不明の罵倒を鼓膜が潰れるほど浴びせられたのち時代錯誤の拷問の数々、
死の淵まで追い込んでからの命からがらの完全蘇生。
おかしくならない方が”おかしい”!こんな目にあって喜ぶのは真正のマゾぐらいなもんだ!」
そういいながら二階堂は興奮し肩から息をする。
”二階堂さん・・・”
ふいに名を呼んだ省吾にも二階堂は容赦なく嚙みついた。
「省吾!お前もだっ。散々打開策だの脱出だの匂わせといて結局何もできてない。
ふざけやがってっ、オフィスワーカーのくせに!
大体だっ!情報戦やら事務仕事やら広報なんか全部外注にやらせればいいんだっ!
現場で汗水たらして血反吐垂らす俺らに文句ばっか言いやがって、
そのくせ対等立場をシレッとアピールしやがって・・・ぶっ殺してやろうかあいつら!!
頭が悪いとでも思ってんのかクソ虫どもっ!
頭がイかれてんのはお前らだろうがクソがっ!」
”二階堂さん・・・・?”
省吾は明らかに様子が変わってゆく二階堂に恐れおののいた。
”いいんだ省吾、言わせてやれ。普通科の人間はな、こうやって洗いざらい独り言ぶちまけて自身の心的外傷後ストレス障害
を緩和ケアする訓練をする。人間にとって孤独や孤立は最も懸念すべき障害なんだ、暫く放置しておけばいい”
”そんな、こんな過酷な・・・”
南山の言う通り、敵が聞き耳経ててるだの騒ぎに気付くなどお構いなしに二階堂はギャアギャア喚いては
暴れまくった。
これが今、自身を保つことのできる唯一の方法である。
医務室で発見した精神安定剤は服用したが、過剰摂取は危険すぎる故できない。
肉体と違い、精神は目に見えることもなく、確認もできないからだ。
唯一自身が理解できる。
だからこその手段である。


さっきまで喚いて暴れまくっていたのが噓のように大人しくなり、二階堂は備え付けのベッドに腰かけて
ある一点を眺めていた。
その目線の先、それはここに来た最初の方に”あいつら”に渡された
フレキシブル液晶が付いたリストバンド、ガントレットコンソール。
これは、城塞の見取り図や各施設説明。
そのほか各電子キーモジュール、センサーモジュールや熱源探知、レーダー照射探知に至るまで
敵から渡されたものとは言えなんの疑問の今まで抱かずに使っていたことを二階堂は
反省した。
これは敵の装備品だ。
中に爆弾の類は無いと省吾は言っていたが結局は敵の代物である。
何があるかなんて結局解らずじまいだった。
―――――いままでは。
「そうだ、これだ。これなんだ」
二階堂は絵柄が変わったガントレットコンソールのタロットカードを見て言った。
いままで二階堂は急に何の前触れもなく表示されるタロットを見ては
奴らの悪戯や遊び的なものだと思っていた。
だがこれを渡されたとき、右舷は言った。

「あーやるよそれ、それがあると便利だと思うぜ・・・・・・・・俺はな?」

「便利」
”二階堂、そのガントレットコンソールがどうした?”
「なあ南山、なんだと思うこれ?」
二階堂はそういうと液晶に表示されているタロットカードをマジマジ眺める。
絵柄は”運命の輪”。
コンソール液晶に天と地の表示があることからこのカードが逆向きであるということが解る。
”どうって言われてもな・・・俺にはさっぱり見当もつかない、省吾、お前はどうだ?”
”私も・・・イーノさんはどうですか”
”・・・・・・・・・・・”
南山も省吾も降参する中、イーノは答えず沈黙を守った。
「どうした?イーノ?」
二階堂も全く応答の無いイーノを不安に思い問いかける。
”・・・・・二階堂さん”
暫くの沈黙ののち、ふいに口を開いた。
「なんだ、言ってみろ?」
”今どうですカ?”
「今どうですってどういうことだ?」
二階堂はイーノの言っていることがよくわからなかった。
”運命の輪のカードの逆位置の意味に❝運命に翻弄される❞と言うモノがありまス”
「・・・・・・・・・」
二階堂はそれを聞いて深く悩む。
運命に翻弄?俺が?
もちろん翻弄されているさ。
一度は殺した奴が何食わぬ顔でカムバックし再び襲われ。
そして、またあのコンビに最初へと戻され中核へと進むことはままならない。
死ぬことも生きることも出来ないような事態。
正に運命に翻弄だ。
運命に輪にかけた・・・・ように・・・。
「・・・・もしかして、これはこれから訪れる事態を教えてくれているのか?」
”私も最初はそうだと思っていました、ですが小野と僧正と出会う前に右舷と左舷に合っていますネ?
あの時は最初と違い二回目は的外れなカードが出ているのでス”
二階堂は顎に手を当て、思い出す。
(小野と僧正・・・あのメイド趣味の奴らの時・・・)

一回目 NO.5 THE HIEROPHANT (法王) 正位置

”このカードの意味は寛大な精神、援助を得る等の意味がありまス。もちろん占う内容によっては少し内容は
変わりますが概ね意味としては間違いないと思います”
「さっきは・・・援助どころか”また”あの二人にボコボコにされただけだと思うが――――いや待て、だが小野の
変態には援助というか結果的には助太刀のような形になったと思うが・・・うん?」
二階堂は”一回目”、そして先程の、”二回目”も思い出していた。
同じ戦法の敵と戦ったとはいえ、一回目と二回目では違和感があるのは当然だったが。

一回目 NO.5 THE HIEROPHANT (法王) 正位置
寛大な精神、援助を得る、伝統的

二回目 NO.5 THE HIEROPHANT (法王) 正位置?

「正位置か?」
”いえ、私のモニターが正しければ、あの時は逆位置でしタ”

二回目 NO.5 THE HIEROPHANT (法王) 逆位置
無秩序、孤立無援等

”タロットカードは同じカードでも正・逆で全く違った意味合いを持ちまス”
”注目すべきは一回目の戦闘のほう、あなたは薬を打ち込まれ幻覚に追い込まれましたネ”
「ああ、そうだその通りだ」
”それは、援助を受けるや寛大な精神からはかけ離れているのでは?”
二階堂はイーノの言わんとすることが今一つかめなかったが理解はできた。
「じゃあ、タロットカードはやはり意味のないモノだったという事になるんじゃないか?」
”外れたのではなく、教えてくれたのです”
「教えてくれた?」
”イーノ、お前は何を言っているんだ?”
傍らで聞いていた南山も疑問を投げつける。
一呼吸置き、イーノは言った。

” 前 回 あったことを、タロットカードで教えてくれているのでハ?”

「前回?じゃあ俺は何回も似たような目に合っているとでもいう・・・のか・・・?」
二階堂も最初は自分が何を言っているのかわからなかった。
だが頭の中に浸透してゆくうちに段々と背筋が凍り着き、血の気が引いてゆく。
全身の体温が下がってゆくのを感じるのである。
それを否定するかのようにあわてて二階堂はイーノの主張に必死に反論した。
「待て、待て、それなら最初はどうなる?最初からカードは出たぞ?それも前回の履歴だっていうのか?」
二階堂の台詞にイーノは冷静に答えた。
”二階堂サンが自覚があるかどうか解りかねますが、
私はあなたが城塞に❝着いて❞から連絡を取り合った者です。作戦開始時間に合わせて連絡しましたが
本当は実際にそれより早く二階堂さんが現場に居たのではないですカ?実際に南山さんも、省吾さんも私は無線とモニターで
やり取りしているだけなので実際に合っているわけではありませんシ、こちらではなんの確認もできないのでス”
イーノが不信感を抱きながら言うので二階堂も戸惑いを隠しきれなかった。
「じゃ、じゃあ何か?イーノは連絡を取る前から俺はここでずっと同じことを繰り返してって・・・・
ハハハ・・・そんな・・・そんな訳ないだろう!
最初の突入に関しては南山も省吾も脚役だった風俗狂いの江村も一緒だった。なあ南山?
お前は最初から一緒だったんだ、解っているだろう?」
二階堂はいつの間にか静観していた南山へ同意を求めるがすぐに返答は帰ってこなかった。
その時だ、ここに来たばかりのころだ。
ウバメに初めて出会いどう対応すればいいか南山に尋ねた時のことがふいに頭に蘇ってきた。

”ヘマんじゃねーよ、タコ。そうだなーとりあえず逃げろ、逃げて逃げまくれ、足には自信があるだろ。何とかなるさ、はは”

(あの時、俺の気が動揺していてうやむやだったが・・・あの状況で普通あのセリフをほざくか?)
(最初からウバメの存在を解っていたとはいえ、まるで・・・・)

「なあそうだろ南山?」
二階堂の念押しに南山が渋々苦い声で答えた。

”その通りだ、二階堂。気を確かに持て。
色々あったが今お前は憔悴しきっている。
きっと何度も無理な外科手術や投薬を行ったせいで記憶に何らかの”支障”が出ているだけかもしれん。
それにイーノ、これはお目付け役のお前が口をはさむことじゃない。
いいか、今一度状況を整理しよう。
俺達は共にチームで作戦に臨み、お前は江村のヘリで空からフライングスーツでこの第六セクターと称される城塞に乗り込んだ。
俺と省吾は城塞近辺の安全圏から作戦トラックでお前をバックアップし、又モニターしている。
俺たちは全員一緒にそろって作戦開始したし、お前が勝手に乗り込んで(ぷっ)ここで
死闘を繰り広げていたなんてあるわけがない!”


「お前・・・・・南山・・・・・・・南山・・・お前今・・・・」

「お前・・・今、笑っているだろう――――――――――――!」


その時、医務室の扉に仕掛けたトラップが爆発した。
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