1_95 右舷と左舷

文字数 5,406文字

南山は二階堂を何ら臆することなく見つめ、ニヤニヤしていた。
「野郎!裏切りやがって!やはりお前も省吾も帝国軍人とかいう連中と一緒だろう、クソ、クソ、ぶち殺してやる!!」
二階堂は腰のサバイバルを瞬時に抜くと雷光のように飛び出した。
「ディアアア!」
その二階堂の動きを事前に瞬時に悟った左舷の鋭い右回し蹴りが二階堂の頭を直撃し、
その衝撃で体はキリモミ回転しながら吹き飛ばされる。
だが今回ばかりは既に怒髪天の二階堂も痛みなどもろともせずすぐさま起き上がり臨戦態勢を取る。
そんな様子の中、外に見える稲妻はまるで水を得た魚のような動きで哨戒塔の周りを駆け巡った。
「フハハハハハッ、ヤバいぐらい元気になるなぁ~流石二階堂」
右舷が外を見ながら感心したように呟く。
「ふざけるな!ここでお前らを皆殺しにして――――」
「お前じゃないわダボ!この自意識過剰がよ!」
二階堂の罵声に同じく罵声で返す右舷。
そんな中、南山は周りを制止すると、右舷と左舷は渋々大人しくなった。
そして二階堂を指さすとそのままその指を外の稲妻へと向けた。
「あれが見えるか二階堂・・・・我が大日本帝国軍の誇る、世界を掌握する術―――――”紫電20”」
「なっ――――紫電・・・20(ニーマル)?どう見たって只の雷だろうがっ」
南山はすぐそばのデスクのコンソールを開くと、ある一枚のファイルをホログラムに映し出した。
「この城塞・・・姫路城mk2の要・・・いや、ある意味全てと言ってもいい。
かつて・・・世界大戦により辛酸をなめさせられた我が祖国が、
世界の覇権を得るために創造された大日本帝国軍最高機密・・高度戦略効果兵器”無形有機飛翔体”」
「あれが兵器だと、お前ら・・・・じゃあ大量破壊兵器を作ったのか?!お前はクズっ――――」
「黙れ!なんでお前が上から目線で喋んねん!!ふざけんのも大概にせいよ!」
右舷はいつの間にか二階堂を組み伏せて頭を無機質な床に叩きつけた。
「がはぁっ!!」
とたん、今度は電撃はバリバリッと音を立てて痺れる様な動きをした。
「ふふふっ!面白いように動くな」
南山が子供のようにはしゃぐのを見て、二階堂はある疑念が生まれた。
先程聞いた”無形有機飛翔体”。
そう言われた稲妻はまるで生きているようだった、そう生命があると言っていもいい。
そんな稲妻を眺めていると南山が恐ろしいことを口にした。
「これはな二階堂。常にお前の思考とリンクしているんだ・・・そう今もなお」
「?何を馬鹿なことを―――」
思わず息を呑む。
南山、そして右舷も左舷も二階堂の反応を見て思わず高笑いした。
呆然とする二階堂。
「何が・・・何がどうなって・・・」
「教えてやるよ二階堂、俺らが元々陸自の監査部からきたのも知ってんねやろ?俺らはな、お前の”調教師”として
派遣されたんよ」
左舷がそう言って笑う。
「お前が動かしてんだよ、アレ。要はパイロットだ。貴様はあの紫電20のパイロット。えーいつの間にっていう話よ、のう?」
錯乱する二階堂の両脇を右舷と左舷が抱えて稲妻の見える哨戒窓の真ん前まで持ってくる。
稲妻はまるでこちらを意識するように動き出した。
南山が背中越しに問いかける。
「なあ二階堂。お前、陸自に入隊した時血液検査でどう出た?」
「どうって、O型だろうが。生まれた時から検査で解り切ってるだろ」
「入隊時の検査ではA型と出たらしい」
「・・・・・・・は?」
「聞いた話じゃ定期健康検査であるときはB型、ある時はAB型、キメラなんてことも専門家が言ってた時もあったなぁ確かー
ああそういえばお前がシコタマ嫌っていた教官いるだろう、アイツ影じゃ心底お前のこと心配してたぞ。まあ”事故”でもうくたばったがな!
そういえばここに辞令を出すのも最後まで反対てたのもアイツだったな、ガハハハハっ!」
頭が痛い、激しく痛い、二階堂を経験したことないほどの頭痛が襲う。
「ううっ、ううう、お、おま、何言ってんだお前・・・」
「いいか二階堂、お前の本当の血液型を教えてやる。お前の血液型はRh null型だ」
「アール・・・・・・?」
「アールエイチ、ヌル型。世界で数十人のみ現存する、別名”黄金の血”。Rh抗原を持たないその血液はどんな血液にも対応できる。
だが逆にお前は誰からの輸血も得ることができない。下位互換はあっても上位互換はないようだからな」
あああああ、頭が痛い、痛い、酷く痛い、二階堂を経験したことないほどの強烈な頭痛が襲う。

「特にお前はその中でも血液のゼータ電位、所謂電気的性質が異質だった。
いや特異と言っていい、それがよもやあのような奇跡に至るとは古今少佐を始め、開発部にとっては青天の霹靂だった。
あの兵器はお前の奇跡の血液にのみリンクする!」
南山は手に持っていた端末の写真を二階堂の眼前に持ってくる。
そこには二階堂の訓練中の身体計測データと紫電20と思われるデータが列挙していた。
「時代がより高度の情報戦、電子戦、大量破壊兵器へと移行してゆくのを把握していた我らにとって
紫電20の開発はなんとしても完成させねばならぬものであったがどうしてもその操作系に難航していた、
そこに一筋の光明!それこそが!」
後ろから髪を掴まれ臭い息をまき散らす南山の眼前まで顔を引き寄せられる。
「お前だよ二階堂、あの発見は本当にあれは偶然の発見だった。
お前がここに訓練に来て苦しみ、自身の心がつらくなればなるほど、
試験中だった紫電20は研究棟ドックでその動きを活性化し
ついにはこちらのコントロール信号を受け付けるようになった!今だどういう訳か解らんがな!!」
二階堂は南山の顔に唾を吐いて言った。
「ここで訓練って、何言ってんだ・・・俺はここに来たのは初めてだ!
大体俺はお前らとつるむのが嫌になってとっとと除隊して・・・・・?」
ここで二階堂は頭が真っ白になった。
(俺は・・・そもそも・・・いつ除隊したんだ?)
「ここが嫌になったから除隊した?逃げ出したの間違いじゃないのか、もう忘れたのか二階堂!」
「ボケるのにはまだ早いんちゃうかぁ」
右舷と左舷が二階堂の顔を覗き込む。
そして南山が宣言する。
「わかるか二階堂。今回の状況(オペレーション)、俺の目的は元々一つ。
紫電20操縦者二階堂、貴様を連れ戻し、この城塞で”俺の思い通りに”痛めつけること」
目の前が真っ暗になった。

思考が巡る、記憶が飛び交う、まるで弧を描くように。
俺は南山、省吾たちと共に新造された駐屯基地に配属されたとか決まって―――――。
訳も分からないような連中に――――――――――。
そのあまりにも自身への理不尽さに――――――――――――。
逃げ出したんじゃない、か?―――――――――。

でもなぜ?じゃあ何故ここにいた時の記憶が飛んでいる?
どうして自堕落に過ごした記憶がある?
俺は・・・俺は一体・・・・。
駄目だ・・・錯乱するな・・・。
そこに右舷の凄まじい喝が放たれる。
「教えてやる二階堂!それはな・・・お前も誉有る大日本帝国軍人だからだよ!」
「何言ってんだお前、う、嘘つけ!嘘言うな!」
激昂する二階堂を右舷が二階堂を持ち上げ中央へ投げ飛ばす。
「まだ否定するかこの恥知らず・・・・」
「脱走兵は大日本帝国憲法に基づき懲罰房10年だ!」
ああああああ、いやだいやだいやだいやだ!
頭が、頭が割れそう、頭がぁあああああ!
「半端な精神では動かない・・・
脳波が極限状態でかつ緊張状態を維持すれば維持するほど、
稲妻はより攻撃性を増し、破壊行動を開始する。もちろんこちらのコントロールコードを載せてな」
「お前が上空の米国軍の爆撃機を強襲し、核の矛先を変えたのだ」
「お前マジで殺しまくったで、無双よ無双!自国民へ矛を向けるなど・・・これは一家根絶ではすまんな・・・」
「とんでもないドMよ!これには我ら帝国軍人も思わず脱帽よ!」
「さあ、じゃあとっととぶちのめしてもう一回いこか~」
「ホンマよ、ダボしかおらんねん」
再び迫る右舷と左舷、後ろには下品な笑いを浮かべる南山。
(もう、もうどうにでもなれ、終われ・・・殺せ・・・・いっそ殺せ・・・・もう終われ)


二階堂の脳裏を終わりのない絶望に染められそうになった時、脳裏に声が響いた。
”・・・・・・・・・さん・・・・・・・・・・・にげ・・・・はや・・・・”
(にげ・・・る)

”・・・・・・にかい・・・・・・・・・・はし・・・・・・・おねが・・・・”
(・・・・・・・・)

(そうだ、そうじゃないか、こいつらのいう事に何言われるがままになっているんだ)
”二階堂サン、走れ!逃げろ!”

イーノの声が脳裏に響いたとたん、懐に入れていた針銃を取り出して外の稲妻に向かって発射した。
防弾ガラスはその凄まじい威力により砕け散り、稲妻に直撃する。
バリバリバリバリバリバリ!
凄まじいまるで悲鳴のような音を上げ、稲妻は目もくらむような閃光をいくつも放った。
戦況に隙が生まれる。
(三十六計逃げるに如かず・・・・俺はどこまでも・・・走り続けてやる・・・逃げ続けてやる!!)
空になった針銃を投げ捨て、ついに丸腰になった二階堂はまさに裸一貫で右舷に突進した。
突然の不意打ちに右舷が無様に倒れこむ。
「ぷ、ぷざ、ふざけるな・・・ふざけるな貴様――――!!!」
「卑怯者がよっ!大日本帝国の恥さらしがよっ!」
「どこへ行く二階堂!祖国はお前を必要としているぞ!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
三人の怒号が響く中、閃光に紛れ二階堂は割れた防弾ガラス窓から外へと飛びだした。
急転直下する二階堂。
しかし、真下にはホロの張ってあるトラックが停車していたためバウンドする様に着地する。
地面に着くや再び脱兎のごとく駆け出した。

走った、駆けた。
止まることなく、走り続けた。
何事の制止も聞かず、走った。
誰に出くわそうが、襲われようが、罵声を受けようが。
線路から外れた暴走列車のように、猪突猛進に走った。
ふいにガントレットコンソールが動き出す。
カシャカシャカシャカシャ

NO.17 THE STAR (星) 正位置

「うるさい、もう・・・・・履・・・履歴とか・・・知るか!!」
絵柄など気にもせず、頭を真っ白にして只々走り続ける。
いつも右舷と左舷が待ち受けていたあのエレベーター前通路はもうとうに過ぎていた。
二階堂は運命を振り切ったのである。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・ガハッ、は、はぁ、はぁ!!!」
二階堂は膝をついて、床に手を付き、肩から息をする。
肺に今までで感じたことのない痛みが走る。
呼吸をするたびに血の味がするほど走ったのは人生で初めてだった。
ようやくたどり着いた。
広い闇の空間を抜けた先に現れた様々なLEDに青白く彩られた眼前にあるエレベーター。
それを顔を上げて眼に捉えた時。
「そんな・・・嘘だ・・・・・・」
二階堂は愕然として思わずそう口にした。
いや、とてもエレベーターと呼べる代物ではない。
想像していたような往来の箱のような形ではなく鉄骨剥きだしであらゆるワイヤーが張り巡らされたそれは
まるで大きな海をまたぐような吊橋だった。
それが今城塞の地下に姿を現した、おぞましいほどの巨大さで。
橋のあちこちにはコンテナや車両に至るまであらゆる物が飛散している。
二階堂は疲れ切った顔で目の前の操作パネルに目を向ける。
カードリーダの隣の操作盤にはエレベーターのコンディションが提示してあった。

【搬入用大規模エレベーター・ナラカ 大日本帝国製】
全長3911キロメートル
高さ298,3メートル
降下距離3500メートル余り
出力ゲージフル。積載量問題なし、エレベーター上異常なし。各警告表示なし。降下準備完了。
ブザーベルを押した後、カードリーダにキーを読み取りますと降下を開始いたします。
(その際、注意喚起の場内アナウンスが流します)
※注意・荷物の搬入は出来るだけ車止めなどで固定し、降下中の移動は極力避けてしてください。

霞む目でその”エレベーターの先を見るがあまりにも遠すぎて視認できなかった。
「・・・・・・・・・」
既に満身創痍の二階堂はその操作盤の前で呆然と立ち尽くしかなかった。
グルグルと頭の中を受け入れがたい真実が巡る。
自分がここにいたという事実。
新兵器の実験台として関与していたという事実。
そしてなにより・・・不可抗力とはいえ自国への戦略核へ関与していたという事実。

背後に気配を感じる。
二階堂から少し距離を取り、物陰から右舷と左舷様子をうかがっている。

逃げ出そうか?
もうやめようか?
いっそ死のうか?
でもやっぱり続けるか?
自分はどうするべきなのか?
むしろ自分でなければいいのに?
敵に寝返ろうか?
鬼のような人間になろうか?
誰彼構わず殺せる人間になろうか?
何にも感じないほど酒や薬を入れようか?
そうだ、そうすれば・・・

そうすれば、そうすればきっと、楽になれるに違いないよ。

「でも、それでも・・・・・それでも!」

ブザーベルを押す。
ビー、ビー、ビー
”お待たせいたしました。エレベーターはこれより降下を開始いたします、搭乗中の方は行動制限を――――――”

「――――――――自分を捨てることなんて、出来るわけないだろうが!!」

カードリーダーにキーを通して投げ捨てた。
”降下を開始いたします、各乗者の―――――”
降下し始めると同時に二階堂は最後の力を振り絞り果てしないエレベーター・ナラカを駆けた。
背後の右舷と左舷が追従する。

「決着をつけてやる!!」

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