1_54 小野と僧正

文字数 2,835文字

「タブレットだって?」
あえて二階堂は知らないようなそぶりをした。だが僧正は虎視眈々と続ける。
「貴様のこれまでの行動はこの六火仙、すべて把握済みだ。これまでは遊びが過ぎた・・・まったく帝国軍人とあろうものが
日本帝国の恥よ、情けない」
僧正はそういうと二階堂に背を向けたまま屈伸運動のような動作を始めた。
(??)
いぶかしげな動きをした次の瞬間、僧正が視界から消える。
「なっあ?!」
と、叫んだと時には遅かった。
鋭き軍刀の剣先が二階堂の首筋の頸動脈をたどる。
「ふむ、そのまま大人しくしてろ。このたわけ者が」
僧正は二階堂の全身を舐めるように見つめ、やがて腰のあたりで目を止めるとそこをまさぐり
タブレットを抜き取った。
「これは・・・文屋の奴、あるまじき行為よ、後で痛めつけてやらねばならん・・・」
二階堂に衝撃が走った。
(後で・・・?なんだと!?)
「ど、どういうことだ・・・文屋は俺が仕留めた、生きているはずがっ!!」
言い終わる前に僧正の剣先は首の筋にやや力を入れて押し付けられた。
少しだが、血がしたたり落ちる。
刃を引けば間違いなく終わるだろう。
「黙れ二階堂、貴様のような奴が質問できる立場か?これだから非国民は・・・」
ため息交じりに僧正がいうさなか、さらに混乱を招く事態が起きた。
「僧正~ぎ、ぎ、貴様~~~~!」
「お、おおおお、おい、冗談だろっ!なんでだ。さっきバラバラになっただろうに、どうなってるんだ!」
小野がふらふらしながら身体のあちこちをさすってはこちらを睨みつけながらブツブツ呟いている。
見れば確かに切られたような跡があるにはある。
服も切られた跡がある。
だがあれほど斬られた肢体はつながっている。
「なんで、なんでなんだ・・・一体これは・・・」
目の前の事態に信じられない呆然自失の二階堂に僧正は言う。
「いいか二階堂、目に見えるものだけが全てではない。帝国軍人たるもの、真を意識し―――」
「馬鹿じゃないの・・・」
二階堂はもうこれが既に現実のものだと思えなかった。
目の前に広がるのはただただ異質、変質。
もはや、自分がどうしていいかも何を考えていいかも解らなくなったその時、耳から叫び声が上がった。
”ヤバいぞ二階堂、前だ!”
「前?」
前という言葉にすかさず僧正も反応する。
そして目線を小野に移した時、既に小野の持っているランチャーからは弾が射出されていた。
その弾の初速度はランチャーとも思えぬライフル弾をも超えるほどのものを持っていた。
狙いは二階堂・・・ではなく僧正。
僧正は条件反射の様に回避行動をとるがランチャーから発射された注射器のような弾は
僧正の太股に直撃した。
着弾と同時に薬液が瞬時に注入される。
「ぐぅ!しまっ・・・」
次の瞬間、僧正の視界は暗転した。

「もぅ、ソウちゃん遅刻だぞ☆」
「遅刻?」
次に視界が開けた瞬間、それは二階堂が体験した例の”アレ”が待っていた。
「さぁさぁ早く準備して、今日も一緒にご主人様をお迎えいたしましょう」
背の高い清楚な少女が少女と化した僧正に微笑みかける。
ふと視界を横に向けると姿見があり、そこには自分とはかけ離れた乳房の大きい少女が写っていた。
(これが・・・私・・・?)
僧正はその姿を一瞬理解できなかったが、次第に思考が薄れ、微睡につつまれようとした。

のだが。

「ふ、ふ、ふふふふふふ!」
「ふふふふふふふふふ、フハハハハハ!!笑止笑止~!」
次の瞬間、腕を組もうとした背の低い少女の首は僧正鷲掴みにされ天に掲げられた。
「ぐええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
首を掴まれた少女はあまりの僧正の握力に白目をむいた。
「うつけ共よ!こんなことでこの大日本帝国陸軍きっての僧正を誑し込むなど!笑止千万!
恥を!恥を!貴様らも仮にも日本帝国民なら恥を知るがいい!」
そして、その少女をもう一人の長身の少女に投げつけた。
「グハッ!!」
そして僧正は再び姿見に向き直り、そのコブシで叩き割った。

「信じられん・・・二階堂も薬が切れるまでに2時間を要したにも関わらず、僅か一分も満たない間で正気に戻るとは
この化け物がっ」
再び視界が戻った時、そこには折り重なるように倒れこんだ小野と投げ飛ばされたであろう白目をむいた二階堂がそこにいた。
「フン、小野よ・・・これでは軍医失格だな!ろくに薬も作れんとは、帝国軍人の面汚しめ!」
僧正は正気を完全に取戻し、太ももに刺さった注射器を引き抜いて小野に投げつけた。
「くそっこうなりゃ自棄だ・・・おい二階堂起きろ!貴様目を覚ませ!」
そういって小野は腰についている注射器を二階堂におもむろに突き刺し現実へと急速に呼び戻した。
「うぐぅ!」
「おい起きたか二階堂、いいか貴様今から俺に協力しろ、一緒にあの屑をぶちのめすぞ!」
「ごほっ、ごほっ、なっ、なんだと?お前ら・・・仲間じゃないのか?」
それを聞いた小野は思わずほくそ笑む。
「あいつが仲間だぁ?!お前、もしや帝国軍人のつもりかぁ?まあいい、そらっ!」
「ぐあああああああぁぁぁ!」
そういって小野はもう一本注射器を突き刺した。
力強く押し付けられたそれは、瞬く間に二階堂の全身にいきわたった。
そしておもむろに引き抜き、小野は二階堂にとんでもないことを言う。
「これでお前もご期待通りの”帝国軍人”よ!俺に従い、俺に続けよ!いいな?!」
「お、お前何を注射した?」
二階堂は自分が何を入れられたのか分からないのと、”帝国軍人だ”と言われたことに思わず戦慄した。
まさか自分もこいつら化け物の一部と化したのかと。
「小野よ・・・やめておけ、古今少佐が黙っとらせんぞ」
それを目撃した僧正が思わず顔をしかめて窘める。
「黙れっ、俺が”南山”とここを頂く。俺こそが真の帝国軍人よ!」
小野はそういって二階堂に背中のホルスターから拳銃を引き抜いて渡した。
「これは、針銃か?」
「それなら僧正をやれる。お前の持っているおもちゃよりも弾数が多くて性能もいい。それで勝負するんだ」
「正気かよ・・・あんなバケモンと・・・」
二階堂は内心一目散に逃げだしたかったがもはや後にも引けない。
少なくとも当初は敵であった小野が今は味方に付いている。
勝機があるのかもしれない。
”二階堂さん、大丈夫なんですか?あんなバケモノ、ここは逃げた方が――”
省吾の心配する声が無線から聞こえる。
「いや、少しでも勝機が有るならかけるしかない」
そういって二階堂は針銃を僧正に向けて構えた。
小野もランチャーに次なる薬をホルスターから取って装填する。
それを見て僧正は思わず噴き出した。
「は、フハハハハハ!いいだろうっ小野、二階堂。貴様らは帝国軍人としての意気込みが足りん。この俺が打ち直してやろう」
そういって僧正は重厚そうなラバー上の軍服を脱ぎすてその鍛え抜かれた上半身をあらわにした。
その背中、胸にかけるまで菊や桜、梅などの日本を代表する花が咲き乱れている。
見事な刺青であった。
軍刀を一振り。

「さあこいっ!二階堂、貴様も日本男児ならば、少しはそのあってないような根性を見せてみろ
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