1_x1 古今少佐と二階堂

文字数 5,168文字

暗闇の中、腕のガントレットコンソールが不気味に動く。

NO.4 THE EMPEROR (皇帝) 正位置

一本道だった。
他に部屋や通路のようなものは無く、広い通路にはあらゆる兵器や車両、コンテナなどが乱雑に置いてあった。
周りは青白く、眩い光に目をくらませつつ二階堂はついにたどり着いた。
城塞最下層、そこは古今少佐の指令所。
まるでそこは西洋で言うところの城の謁見の間のようだった。
ただ違うのはそこはレンガや石壁づくりではなく、見たこともないような特殊合金やパネル、そしてLEDで彩られた
近代技術の塊のような空間だ。
二階堂の目の前には何食わぬ顔をしてたたずむ始末したはずの六火仙隊の面々、帝国軍人達。
二階堂には解り切っていた。
いくら打ちのめしても何食わぬ顔して座位する連中。
彼らを殺したところで指して意味がないことで半ばあきらめていた。
だが今の二階堂の関心は彼らではない。
中央の玉座のようなコントロールチェアに腰かける省吾。
傍らで冷笑を向ける古今少佐。
そして、下品な笑みを浮かべる南山から目が離せなかった。
腹の底から沸々と怒りがわいてくる。
ふいに古今少佐が口を開いた。
「ここはな、二階堂。地上のあらゆるところが核で焼かれ、地球が潰えようとするその時まで、半永続的に
あらゆる外敵から身を守ることができる・・そうだな、我が祖国の宝物庫といったところだ。
クスクスクス、二階堂、お前ここに何が保管されているか知っているか?」
古今少佐の自信に満ち溢れた、しかしおぞましい顔が二階堂近くまで迫りくる。
「宝物庫?何の宝を守っているっていうんだ?帝国軍人は祖国だの誇りだの言ってても汚い連中なんだな」
もはや命からがらの二階堂はそれでも小さく震えた声で、古今少佐に皮肉を言った。
「三種の神器――――」
予想だにしない古今少佐の答えに二階堂は思わず顔を上げて愕然とした。
「嘘だ、嘘つけ、嘘つくんじゃないっ!嘘つけ!嘘、うそ、うそ・・・・」
「知っているか二階堂?この国が第二次世界大戦で敗戦し、GHQの支配下に入った時、日本政府主体で
一番に取った行動を?」
古今少佐は人差し指を立てて言った。
「三種の神器を米国に、世界の手にわたらせないことだった。それはな、我が国民や国宝、文化財、土地、自国への
介入などよりも最優先とされ、急務であり、我が日本の全てだった」
「・・・・・・・・・・・・・」
二階堂の頭がざわつき始める。
これ以上知ってはイケナイと警鐘を鳴らす。
「思い出してきたのではないか・・・自ら封印した記憶、決別したいという思い・・・」
「ヤメロ・・・ヤメロ・・・・それ以上言うな・・・・」
すると南山が急に前に飛び出し叫ぶ。
「見ろ二階堂!お前の帰還をアイツも喜んでいるぞっ」
南山が天に掲げる腕の先を視線で追う。
「あれは・・・・そんな・・・追ってきたのか?!」
哨戒塔で見た例の稲妻・・・紫電20。
二階堂に同調するという”奴”は各々の頭上でまるで竜の様にその身をくねらせ、鳴った。
「二階堂・・・いよいよ同化する時が来たようだ」
「ど、同化だと?!」
古今少佐は二階堂の反応が面白いのかクスクスと冷笑を漏らす、そして。
「省吾!!」
古今少佐が発した時にはすでに遅かった。
二階堂の首に麻酔弾のようなものが撃ち込まれる。
「申し訳ありません二階堂さん・・・これも大日本帝国・・・ひいては我々の為」
麻酔弾からブシュ―という薬液を流し込まれるような音が耳に入り、思わず恐怖で震えあがった。
「ううううううううっ、うわあああああああああああああ!」
叫びと共に鈍化した脳が薬によって見る見るうちに冴えわたり、凍り付いた記憶が見る見るうちに溶けゆく。


二階堂が南山とここに赴任したのは数年前。
最新の設備、最新のテクノロジー、待遇、福利厚生、手当、給与に至るまで。
これまでの自衛官の比ではなかった。
二階堂は胸躍らせた。
両親も放任だったため元々粗暴行為が多かったこともあってか青春らしい青春もなく、高校を卒業と同時に半ば
強引に入隊することになった自衛官。
キャリアではなかったため、2等陸士(最下)からのスタートであったが仲間と共に苦楽を共にするのは楽しかった。
同期でインテリ街道を進む南山に負けじと決死の思いで勝ち取ったレンジャー徽章。
その頃だ、南山と共に”栄転”話をもらったのは・・・

一体国の誰が、何の目的で、何を理由に建てたか一切知ることがなかったが
俺達はこの”第六セクター駐屯基地”に配属となった。
国を守る上で全く意味のない場所。
しかも地下が底知れぬ深い。
にもかかわらず、大量の人員が配属され、訓練などに勤しんでいた。
特に此処の責任者代理が女性に驚いた。

俺は毎日大して色味もなく過ぎて行く日々に悶々としていた。
今まで経験したことのないような高度な訓練。
誰が作っているのか知らないが飽きのない豊かな食事。
娯楽、ギャンブル、どこから湧いて出るのか知らない美しい女性たち。
本来はこれ以上なく自身を満たしてくれるものが何故か違和感を感じられずにはいられなかった。
ある日、それを情報開発室に所属する南山に相談した。
「ああ、あれだ。マンネリという奴だ。ここは充実してるからあんまり基地から出たくなくなるだろう?
年を食ってくるとなるんだよ。たまには気分転換に外出届でも出して出かけたらどうだ?」
そうぶっきらぼうに言う南山の傍らにあった端末のディスプレイに不意に目が行く。
古今少佐・・・・データ・・・大日本帝国・・・?
二階堂の視線に気が付いたのかディスプレイの表示を即座に切り替えるとシッシと手を振った。
「さあ、俺は忙しいんだ。用が有るなら非番になってからな」
俺は部屋から捲し立てるように追い払われたが、南山の見ていたディスプレイが気になって仕方がなかった。

ある夜、警備の目を盗んで南山のデスクへ忍び込んだ。
今思えば、興味というよりは刺激が欲しかっただけなのかもしれない。
「・・・・ええと、ログインパスは・・・あいつは・・・」
アイツは下っ端のころからの付き合いだ。
思いつきそうなIDもパスも全てお見通しだ。
一度もエラーを出すこともなくフルアクセスする。
「データベース・・・あいつが見ていたのはこれか?」
モニターに目を通す。
「・・・・・・・・・・・・え?・・・・嘘だろ?・・・・・この基地が?・・・・そんなまさか」
そのデータベースのトップ、この第六セクター駐屯基地の目的。
それを見て唖然とした。
「三種の神器・・・・嘘だ、あれは熱田神宮やら有名どころの神社に保管されて・・・・何でここに?」
読み進めていくうちに戦慄を覚える。
特に目についたのはここの責任者代理、あの背の高い素行のしれない女性自衛官だった。
「六火仙隊?古今少佐?・・・・・・・大日本帝国陸軍再建?!」
その情報はにわかには信じられないものだった。
「現実離れしてる・・・・こんなことが」

古今少佐は2m近くはあろうかという長身でその身体には一切の無駄がない。
髪は黒髪、昭和初期の女学生のような少し伸びたおかっぱと呼ばれるような髪型をしている。
彼女は元々軍人では無い。
三種の神器を守る神官一族の末裔として生を受ける。
大日本帝国は男尊女卑が強烈に根付いている時代である。
それは、二階堂達現代人が思うような差別などは程遠いほど重いものであった。
故に彼女の意思など関係なく、神道としての教育、早期結婚、出産を強いられ、神官としての人間の一部として組み入れられる。
だがある日、彼女は急に行方をくらます。
そして第二次世界大戦前に突然軍人としてその姿を現すのだ、しかも女として。
「俺が見たあの女性がそうだっていうのか?確か神官についての情報はかなり高度に統率されてると聞くが・・・そんなのあり得ることなのか、大体歳だってどう見ても30~40代と言ったところだぞ。あれが90歳近いババアなのか?」
そして、ついに核心にたどり着いた。
「ここが神器保管基地!?神器のためにこれほどの規模の基地と巨額の資金と使って・・・・
しかも基地の人間は全員神官の血縁者や遠縁・関係者?!でも俺は・・・・」
「お前は?」
「俺は無関係っ?!」
夢中になるあまり、背後に南山が来ているのに気づかなかった。
向こうも訓練を受けた隊員なのだから当然と言えば当然だった。
「くっ、しまったっ」
周りには腕利きの隊員を数名従えている。
「警戒しろ、相手は徽章持だ」
「心得ております南山大尉」
「大尉だって?!おいふざけるな南山、どういう事なんだ、説明しろ!!」
俺は周りが銃口を向けるのも怯まず南山に詰め寄った。
「どうもこうもご覧の通りだ二階堂。ここは元々そう言うところだ」
「そう言うところって・・・大日本帝国復活とか神官とか・・・ふざけてんのか?もしかしてなんかのドッキリとか?
なあそうだろ、サプライズとかなんとか・・・」
一同は笑うこともなくただ黙って二階堂を見つめ、それらが嘘でないことを察した。
「待てよ、俺は神官の血縁者でも関係者でもない只の一般だろう?!俺はお前らとは関係ないはずなのに何でここに転属命令が出た?!関係ないだろ!」
俺が捲し立てると南山は意味深に顔をニヤつかせた。
「いや大有りだよ・・・もちろん、お前の”血”関係だけどな」
「・・・??俺はお前らとは違うぞ!南山、なあ?そうだろ?お前一体どうしたんだよ?そんな奴じゃないだろう!」
今まで事あるごとに一緒だった南山が突然遠くなる。
それは裏切りにも似た感じだった。
「二階堂、司令官の命令でお前の階級を一時預かりする。古今少佐がお待ちだ。行こう」
「連行する、来い二階堂」
二人の隊員が二階堂の脇に向かう。
その時、二階堂の目には彼らが陸自の徽章ではなくかつての大日本帝国陸軍の徽章を付けているのを見逃さなかった。
「本気なのか・・・・」
その時破裂音が鳴り、辺りが強烈な閃光に包まれる。
「っ!!!」
「二階堂!!」
二階堂は彼らの目を盗んで閃光弾のピンを抜いていた。
爆発と共に一気に部屋から抜け出る。
「・・・・・流石二階堂」
「くっ・・・・も、申し訳ありません大尉殿っ!!至急応援を―――」
周りの隊員が態勢を立て直す中、南山はそれを制止すると静かに無線を取った。
「ああ、いいよいいよ織り込み済みだから・・・省吾か?向かったぞ、ちゃんとモニターして連絡入れとけよ」
”・・・・了解しました”
南山はそういうと無線をポイと隊員に渡して部屋を後にした。

「はあ、はあ、はあ・・・・そうだ・・・ここのルートから・・・・」
二階堂は必死に走った。
途中、慌ただしい隊員に出くわすも己の自慢の足で煙に巻き逃げた。
必死にかけ、階段を上り、影に紛れ、壁をよじ登る。
「・・・・つ、ついた!?」
言った先に、彼女がいた。
「・・・・外出届は受理したが・・・こんなところから出かけるのか?何も持たずに?」
クスクスと冷笑する女性。
ここの司令官・・・いや、今は古今少佐だ。
「古今司令官、出ていきます、行かせてください」
「行ってどうする?」
「今回得た情報を世間にリークする、こんなの異常すぎる。
あなたの事もまるで解らないし、企んでいることだけでも監査部が黙ってない」
「ほう・・・・」
古今少佐は特別驚くこともせず、ただ二階堂にゆっくりと歩み寄る。
「クッ!」
二階堂は丸腰だったがある程度の近接戦闘では手慣れていた。
構えを取る。
「・・・・・?!」
一瞬にして、古今少佐の姿が消える。
「なぁ?!」
叫ぶ間もなく、背後に付かれたと思った矢先には既に首へ注射器を突き刺された。
「んんああああああああああああ!!!!」
突如として襲い来る強烈な刺激に、目からは涙があふれる。
「うるさいやつだ・・・・夜も遅いというのに」
古今少佐は冷静に注射器を引き抜くと、次に二階堂のズボンのポケットに札束と身分証明書などの入ったポーチをねじ込ませた。
「ほら忘れものだ・・・久しぶりの外出だろう?楽しんで来い」
古今少佐と二階堂のやり取りを遠巻きに見つめていた六火仙たちが事の成り行きが終わるのを見届けると
一人二人と影に消えて行く。
不意に小野が呟いた。
「あの記憶改ざん薬・・・自白以外にも何かに転用できるはず・・・・そう、今流行りの転生とか」
「馬鹿ほざくな、行くぞ」
僧正はため息交じりに建物に戻った。
「・・・・省吾、送ってやれ。後住居にはモニターを忘れるな・・・・南山の奴も子供じみたことを考える・・・・
二階堂が有効距離を抜けたら紫電20のデータを逐一報告しろ」
「了解いたしましたっ!」
省吾は古今少佐の命令を受け、いそいそとよろめく二階堂を肩に抱きジープに乗せた。
「・・・・・俺は・・・・いったい・・・・」
「”送別会”で呑み過ぎですよ二階堂さん、さぁ行きましょう―――――――」

すべては、紫電20の為、城塞の為、神器の為、大日本帝国の為、そして
あの為に――――。
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