第54話 すれちがい

文字数 1,835文字



 泣きじゃくる霊。
 叫ぶ女。
 シニカルに笑うもと男娼。
 修羅場(しゅらば)だ……。

「だって、ニクスはセプィティマーナが好きなんでしょ? ほんとはあたしと結婚なんかしたくなかったのよ。だから、崖からとびおりたんだわ!」

 ここへ来て、カルボの死因は投身自殺。

「ニクス……おまえがメンシスを愛してるのは知ってたよ。だから、おれを恨んでるんだな? おれを崖からつきおとしたのは、おまえなのか?」

 違った。まさかの人殺し発覚!

「メンシスって誰?」と、やけに冷静なコルヌ。

「あなたの弟のメンシスなんて、あたしより三つも年下じゃない。まだ十三。てんで子どもよ?」

 ニクスよ。説明ありがとう。

「でも、メンシスはおまえが好きなんだ」
「バカね。メンシスが好きなのはセプィティマーナよ。あたりまえでしょ? マーナは美人だから。あなただって……」
「おれはおまえのほうが好きだよ」
「えっ?」
「おまえが好きだよ」
「わたしも、あなたが……」

 見つめあう二人。というか、一人と一霊。

「カルボ……」
「ニクス……」

 いいふんいきになってきたのを察知して、コルヌが割りこむ。恋は不毛じゃないと納得できないらしい。

「でも、待って。カルボをつき落として殺したのは、ニクスなんだろう? カルボは自分を殺した相手をゆるせるの?」

 とたんにカルボは苦悩した。

「ああっ、なんてことだ。おれがニクスのほんとの気持ちを邪推したばっかりに、おまえを人殺しにさせてしまったのか!」
誓約(ゲッシュ)をやぶったね。ニクスは地獄行きかも」と、コルヌ。

 なぜ、ケルウスとニクスの今朝の会話をコルヌが知ってるのか? さては立ち聞きしていた? わりと束縛強めか?

 ケルウスが悩んでいるうちに、カルボがますます苦悩する。

「ちょっと待ってよ。あたし、つきおとしてないわよ?」
「嘘をついても、神にはお見通しだよ? 正直に懺悔(ざんげ)したほうがいい」
 もちろん、これもコルヌ。

「なんで、あたしが好きな男を殺すのよ?」
「妹にとられたくなくて、とか?」
「とられるも何も、セプィティマーナはもう結婚してるわ」

 衝撃の事実。

「だって、妹はカルボを好きなんだろう?」
「でも、あたしとカルボが婚約したから、あきらめてお金持ちでハンサムを街で見つけたのよ」
「君、十六なんだよね? 妹はいくつ?」
「十五よ」
「決断の早い十五歳か。嫌いじゃないね」

 キリがないので、ケルウスは愛する友をはがいじめにして、ニクスと霊からひき離す。

「コルヌ。話がややこしくなるだけだから、おまえは黙ってような?」

 コルヌは不満げに抵抗した。

「真実が気になる」
「愛は真実より貴いんだぞ?」

 しかし、カルボはまだ頭をかかえていた。

「おれを殺したのが誰なのか、気になって黄泉へ旅立てない」
「……」

 ケルウスは嘆息した。

「わかった。じゃあ、見てやるから」

 しょうがなく、カルボの手をにぎる。霊にちょくせつふれれば、幻視者の能力をひきだせるのだ。

 見える。
 ありし日のカルボ。森のなかで炭の材料にする木をちょうどいいサイズに切っている。
 しかし、その背後から迫る人影……。

「少年だ。年齢から言って、メンシスだな。おまえのあとをつけている」
「そんな! 弟がおれを……?」
「いや、待て。弟が何か考えこんだ」


 ——どうしよう。今日こそ、やるんだ。兄ちゃんのやつ、僕の誕生日のウサギ肉ひとりじめして!


「……」

 めまいを感じる。
 山奥に住んでいると、人間の感覚はズレていくのだろうか? まさか、肉をとられて兄を殺したのか?

「……カルボ。おまえ、弟の誕生日にウサギの肉をメンシスからよこどりしたのか?」
「いやぁ、うっかり、メンシスの誕生日だって忘れてて。悪いことしたなぁ。でも、まさか、そのせいでメンシスはおれを殺したのか?」

 続けて見ていると、メンシスは首をふってひきかえしていった。


 ——兄ちゃん。今日は狩りじゃないのか。ウサギをとったら、今日こそ全部、僕が食べてやるつもりだったのに。


「……いや、メンシスはおまえの狩りの獲物を奪いとる算段をしてただけだ。あきらめて帰っていく」
「よかった! でも、それじゃ、なぜ、おれは……」

 カルボがまたメソメソしだしたので、ケルウスは霊の手をさらに強くにぎった。イテテと霊のぶんざいで文句を言う。

「見えた! おまえのうしろに殺意を持った何者かが隠れている」

 ケルウスはハッとした。今も、その気配があると、ふいに気づいたのだ。

「アイツだ! あそこに誰か……何かがひそんでる!」

 深い森の奥を指さした。
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