第53話 思い出の場所

文字数 1,943文字

 まさか、三角関係とは思わなかった。カルボの霊が死んでまで伝えたいこととは、それなのか?

「しかし、家に妹はいないようだが?」
「セプティマーナは山の暮らしがイヤで、ふもとの街へ働きに出ているの——って、両親は思ってる。でも、ほんとは知ってるのよ。セプィティマーナもカルボを好きなのよ。あたしが婚約したから、いっしょにいられなくなったんだわ」

 姉が自分の好きな男と結婚する。それをずっと目の前で見せつけられるのはイヤだろう。
 しかし、ケルウスは神の化身なので若く見えるが、じっさいにはこの世界を旅して五十年にはなる。田舎の家のそれも貧乏人なら、結婚はわりと自由だと知っていた。

「でも、カルボがセプィティマーナを好きなら、妹に求婚したんじゃないか? たぶん、おまえの思いすごしだ」
「そうしたくても、できなかったのよ。あたしたちが子どものころ、おたがいの家の父親同士が猟に出たの。そのとき、父さんがイノシシに襲われて、カルボの父さんに助けてもらった。それで、父さんはあたしが大人になったら、カルボの嫁にやるって誓いを立てたのよ」
「ああ……」

 神への誓い。ゲッシュ。
 それは古くからのならわしだ。神へ願いごとをこめて誓いを立てると、その願いが叶う。が、一方で誓いをやぶると神罰がくだる。
 ニクスたちの例で言えば、二人が結婚すれば両家が栄え、しなければ両家は災難に見舞われる。その場合、当事者であるニクスとカルボの心情は関係ない。

「それは、しかたないな」
「でしょ?」と、ニクスはさみしげに笑った。

 ニクスはコルヌほどものすごい美形ではないが、こまかくちぢれたオレンジの髪も、真っ白な肌にたくさんのそばかすがあるところも、ケルウスには魅力的に思えた。だが、きっと、本人は気にしているのだろう。

(カルボは死人の肌色でこそあったが、なかなかの男前だったからな)

 妹のセプィティマーナを見てはいないが、ニクスの口ぶりから言って美人ではなかろうか。だから、ニクスは自分に自信がないのだ。

「わかった。日が暮れたら、約束の地へ行ってみる。その場所を教えてくれ」

 ニクスとカルボが子どものころ、よく二人で遊んだ花畑。そこが思い出の場所らしい。春にはたくさんの花が咲いて、とても美しいというが、真冬の今、そこは寒々と雪のつもる野原にすぎなかった。

「寒い……」
「だから、コルヌは待ってたらよかったのに」
「おまえがいないと、さみしいよ!」
「……ちょっと、やめてくれ」

 胸がズキュンとする。
 なんだろうか。この全身持っていかれそうな圧倒的な破壊力。可愛すぎる。たとえるなら、ブルーとイエローのオッドアイの白い子猫が、全力でころげてくる感じ。足元ヨチヨチ感がたまらない。

「……コルヌ。なんで弓矢なんて持ってるんだ?」
「幽霊にもきくかなと思って、ニクスに借りてきた」
「幽霊に矢は刺さらないだろう。そもそも、おまえ、弓矢なんてできるのか?」
「できるわけないじゃないか? 私は男娼だよ?」
「それはそうだ」

 男娼の自覚はあるのか。しかし、旅に出たのだから、もうコルヌには体を売ってもらいたくない。自分だけの特別な友人であってほしい。

 これはケルウスがコルヌレクスから分離して、一人の人間になったからこその感情なのだろう。誰かを独占したいなんて、神にあるまじき甘酸っぱい気持ちだ。

 そんなことを考えているうちに、黄金に輝いていた西日は急速に傾き、夜のとばりが雪景色を包みこむ。

 すると、とたんに、小さな雪原をかこむ樹木のなかで、一番大きな(にれ)の木のもとに、ぼうっと人影が立った。背の高い美丈夫。昨夜の亡霊カルボに間違いない。

「カルボ。来たぞ。ニクスに話とは、なんなんだ?」
「……」

 カルボはケルウスたちを見て、恨みがましげな顔をする。やっぱり、いちおうこっちが見えてはいるのだ。

「ニクスはおまえが自分を恨んでるんだと言って恐れている。だから、おまえとは話したくないと」
「恨んでいる……ニクスはおれを恨んで……」
「いや、違う。おまえが、ニクスを恨んでいるだろうと——」
「ニクスはやっぱり、恨んでるのか……」

 霊のくせに、大木のもとにガックリくずおれて泣きだした。ワアワアわめくので話にならない。

「どうする? コルヌ」
「どっちみち、死人と生者じゃ恋は成就しないんだから、さっさと黄泉路へ旅立てばいいと思う」
「おまえ、なかなかに薄情なやつだな」
「恋は不毛だよ」と、両手をひろげて、ふっと笑う。これはそうとう大勢の客を泣かせてきた口だ。

 すると、そこへニクスがとびだしてきた。ケルウスたちのあとを追ってきたようだ。

「カルボ。あなたこそ、あたしを恨んでるんでしょ? 知ってたのよ。あなたがセプィティマーナを好きだったって」

 また、話がめんどうに。
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