第24話 ラクの悲劇

文字数 1,817文字

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 夜明けにラクは目ざめた。いつも外が明るくなると同時に起きて、働きだす。でないと、叱られるからだ。台所長が起きてくる前に、竈に火を起こし、水瓶をいっぱいにしておかないといけない。そのあとは掃除だ。はたきをかけて、床をはく。みんなが起きてきたら洗濯。午後からは、たきぎ運びや洗濯物のとりこみ。ほかにもあれこれ。

 毎日、重労働だ。
 でも、今日からは違う。昨夜、優しくしてもらったから。ツライだけの毎日に少しだけ幸福な時間ができた。

 ラクはケルウスから貰った櫛をとりだし、それで髪をといてみた。髪をとくなんて、何年ぶりだろう? 売られてきてから初めてだ。いや、その前だって、貧しい家には櫛なんてなかった。

 初めはひっかかって、なかなかとけなかった。それはそうだ。ずっと放置してからんだ髪だ。洗髪も井戸水でぬらすだけ。
 でも、気長に櫛目を入れると、だんだん、ほぐれてきた。ボサボサだった髪がサラサラになると、気持ちもほぐれた。なんだか、自分が変わったような気がする。

 嬉しくなって、仕事に励んだ。しかし、あたりが明るくなると、やってきた台所女が、ラクを見て腰をぬかした。目を丸くして、こっちを見ている。ラクのアザはもう見なれているはずなのに、今日にかぎってなんだろうか。

 悲しくなって、ラクは急いで外へ出た。水をくんで、洗濯もしなければ。洗濯場へ行くと、そこでも下女が目をみはる。

 なんだかおかしい。みんなのラクを見る目がふつうじゃない。
 ラクは自分の顔に何かついているのかもしれないと考えた。しかし、みんな、いつも、ラクの顔が泥まみれだろうと、灰をかぶっていようと、まったく気にしないのだが。

 変に思いながらも、仕事を続ける。中庭を通ったときに、見まわりの兵士が口笛を吹いた。ラクは未経験の反応にこわばってしまう。

「ヒュー。すげぇ美人」

 そのまま、つっ立って、こっちを見ている。いったい何を言っているのか。わけがわからない。

 ラクが走って逃げると、まわりの兵士たちがみんなふりかえる。

「待てよ。君。名前は?」
「こんな子がいたっけ?」
「おいおい。よしとけ。これだけ美人だ。きっと、陛下のお目にとまる。手を出したとわかったら首を切られるぞ」

 ドキドキしながら、後宮へ逃げ帰った。ここなら、男は入ってこれない。

「ラク! あんた、何グズグズしてたんだい? さっさと掃除して——ヒャアア!」

 怒鳴りつけてきた女官が、ふりかえったラクを見て悲鳴をあげる。まわりの女官たちもよってきて、驚愕した。

「ラ……ラクかい? あんた、どうしたの?」
「これがラク? そんなわけあるかい」
「でも、でも、この背丈と言い、服と言い……」

 やっぱり、変だ。
 ラクは廊下にかかった鏡まで走った。そこに映る自分を見て、愕然とする。

(これが……これが、あたし?)

 信じられないくらいキレイになっている。顔のアザが消え、つややかな黒髪が輝いていた。

「あたし……どうしたの?」

 そうだ。きっと、あの櫛だ。あの詩人はほんとは魔法使いだったに違いない。親切にしてあげたから、お礼にキレイになる魔法をかけてくれたのだ。

 嬉しくなって、ラクは櫛をにぎりしめた。
 それを見た女官たちが、嫉妬や羨望の入りまじった目でつめよる。

「なんだい? おまえ。ガキが急に色気づきやがって」
「こんな安っぽい櫛なんか、どこで手に入れたんだか」
「下女にはお似合いだがね。あんた、さては盗んだんだろう? だって、おまえは買われてきた下働きだから、お給料なんてもらってないだろ?」
「イヤな子だね。誰のぶんをとったんだい? 正直に言いなね」

 口々に責めたてながら、ラクの手から櫛をとりあげた。

「やめて! 返して!」

 ラクにとって、たった一つ、この世の苦しみを忘れさせてくれる、ようやく手に入れた宝物だった。必死にとりかえそうとしたが、大人の女たちが次々に手渡ししていくので届かない。

「返して、返して」

 泣きながら訴えた。だが、今までさんざんバカにしてきた下女が、急に自分たちより美しくなったものだから、女たちの妬みはやむことがなかった。ウッカリを装って櫛を落とし、さらにふみつける。パキリと音がして、櫛は二つに割れた。

「ヤダ。壊れちゃったー」
「あはは。あんた悪い人だねぇ」
「わざとじゃないよ。ごめん、ごめん」
「もういいじゃない。さ、仕事しましょ」

 女たちが笑って立ち去ろうとする。

 ラクのなかで、何かが悲鳴をあげた。
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