第55話 輪廻はめぐる

文字数 1,966文字



 すると、急にコルヌの両手が光った。金色のこの輝きは、現在(いま)の神コルヌレクスの魔法だ。

 コルヌは妙に厳かな顔つきで、借りてきた弓に矢をつがえる。キリキリと弦をひきしぼり、放った。まっすぐに飛んだ矢は遠く離れた木陰へと吸いこまれる。

 直後——

 プギャーッと獣の咆哮が闇を切り裂く。

「ん? あたったな」と、コルヌ自身、おどろく。

「コルヌ。おまえ、弓矢は初めてだろう?」
「急に矢を放てと神のお告げがあった」
「なるほど。コルヌレクスは弓の名手だからな。力を貸してくださったのか」

「箱庭って、神と花しか存在しないんじゃ?」
「だから、自分の魔力で作った鳥を飛ばしてだな。それを射るんだ。動物は花をふみあらすから鳥だ。命中すると、すぐ消える」

「それって、なんかさみしくないか?」
「そのくらい神は退屈なんだよ」
「ふうん」

「言っとくが、それで、おまえは寵愛されたんだぞ? 退屈で退屈でしょうがない神のもとへ、たまに訪れる大切な話し相手だからだ」
「私は幸運だった」

 コルヌは極上の笑みを満面に刻む。

「おかげで、おまえと旅ができる」
「……」

 ダメだ。やっぱり、子猫がミャアミャア鳴きながら、じゃれついてくる姿しか浮かばない。

 歩いていくと、コルヌの放った矢に頭を射ぬかれていたのは、大きなイノシシだ。背中に目立つ十字の傷がある。

 あっと声をあげたのは、亡霊カルボだ。

「この傷……コイツは五年前、父さんがとり逃がしたやつだ!」
「というと?」
「じつは……」

 以前、カルボの父がニクスの父を救ったとき、襲ってきたイノシシを退治した。が、つれの子どもが逃げだしたので、急いで矢を射った。その矢尻のあとが十字についた、というのだ。

「そのときの子どもが成長して、親のかたきの人間に復讐したのか」
「おれの背後から急につきとばしてきたのが、イノシシだったとは。そういえば、フゴッとかなんとか聞こえたような」

 カルボは自分が死んだ理由がわかって納得したらしかった。大きく、うなずく。

「ニクスにほんとの気持ちも言えたし、これでもう満足だ。おれは逝くよ」
「待って、カルボ! あたしたち、もう会えないの? やっとおたがい好きだってわかったのに」
「しかたないさ。おれは死んだ身だ。結婚の引き出物をあげられなかったけど、ニクス。かわりにこのイノシシを食べてくれ」
「ありがとう。丸々太って美味しそうだわ。今年の冬は、これで楽にこせる」
「片足だけでいいから、メンシスにあげてくれるかい? ウサギを食べてごめんって伝えて」
「わかったわ」
「愛してるよ」
「わたしも。愛してる」

 カルボの体がほの白く光りだす。彼の魂は旅立つのだ。遠い三千世界のどこかへ。

 ケルウスは歌う。

「三千世界のその一つ。山奥に暮らす若き恋人たちの物語。ある日、男は命をなくし、恋人に別れを告げるため、夜ごと訪う。
 二人は思う。それぞれに、誤解をいだいたまま。
 あの人は我ではなき人に恋をしてると。
 でも、思い出の花畑よ。あの人の本心を聞かせておくれ。ほんとは誰を愛しているのか? それは、あなた。あなただと、死者の国より男は告げた。
 今、男の魂は去る。天へ昇り、その遠き輪廻の果てで、ふたたび出会うその日まで。さよなら。長き別れよ。
 だが、嘆くまい。きっと、いつの日かめぐりあう。神があなたを見守っているから。今、葬送の花が咲く。思い出のこの場所で」

 竪琴を持ってきていてよかった。
 カルボの笑顔が光のなかへ消える。

「あっ、スノードロップだわ。咲いてる。まだ季節じゃないのに」

 白い可憐な花が雪を割り、ひっそりと顔を出していた。
 ニクスの頬に一粒、涙がこぼれる。優しい微笑みとともに。


 *


 翌朝。ケルウスとコルヌは出立する運びとなった。

「世話になった。ありがとう。おかげで吹雪もやんだし、これなら、ふもとまで今日中には到着するだろう」
「これ。昨日のイノシシです。焼いて塩をふったので、お昼ご飯にしてください」

 ニクスから肉を渡される。
 いろいろあったが、家族の役に立ててよかった。

「お元気で。旅人よ」
「あなたがたのことは一生忘れません」
「近くまで来たら、カルボの歌、また聞かせてくださいね」

 見送る彼らに手をふりかえす。じきに木々のあいだに見えなくなった。

「ニクスもこれでカルボを思い出に変えて、新しい恋ができるな」

 なんて、コルヌが言うので、ケルウスはおどろいた。

「恋は不毛なんだろ?」
「でも、愛は純粋だ」

 まあ、いいだろう。皮肉なコルヌも、純真なコルヌも嫌いじゃない。

「コルヌレクスもさぞ喜んでいるだろう。短いが、なかなかいい愛の唄が奏でられた」
「コルヌレクスは私の左目を通して、この世界を見ているのだな」
「神もおれたちの旅を楽しんでいる」

 雪は深いが、それもまた楽しだ。
 二人でいれば、砂袋なみには、あったかい。



 了
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