8 八幡神と息長氏・前篇

文字数 1,668文字

 島根半島に建つ日御碕神社(島根県出雲市/式内小社/国幣小社)の社伝で、李氏朝鮮の外寇で出雲国も侵攻があったと伝えます。外寇のきっかけは倭寇征討。
 倭寇は倭民族の海賊。八幡神と書いた大きな幡を掲げ、朝鮮半島、大陸の沿岸を襲ったといわれますが、じつは私交易や密交易。また、韓民族、漢民族も加わってました。



 八幡神は、秦氏に関わります。
 秦氏に関わる神は、秦氏が山城(山背)国に移り、松尾山の松尾大社(松尾神社/京都府京都市/式内名神大社/二十二社(上七社)/官幣大社)や、稲荷山の伏見稲荷大社(京都府京都市/式内名神大社/二十二社(上七社)/官幣大社)の祭神もあります。
 本来は松尾山と稲荷山の山神。秦氏が移り住み、農耕(稲作)、酒造技術を齎し、稲神、酒神の神性が加わります。しかし秦氏の奉じる神の神性はわかりません。
 秦氏は移住地で、先住民の奉じる地主神に、秦氏の奉じる神を重ね合わせます。生き続ける術、一族が残り続ける術と考えられます。
 松尾大社や伏見稲荷大社の祭神、宇佐神宮の本来の祭神も、地主神であり、秦氏の奉じる神であります。しかし秦氏の奉じる神の本性はわかりません。
 秦氏の奉じる神の、本来の神性は、本性はなんでしょうか。



 八幡神は、スサノヲといわれます。
 八幡神は豊前国に残った秦氏の支族の、辛島(辛嶋/韓島)氏の奉じる神の名。
 地主神の、大元神社の祭神イツキシマヒメとともに宇佐神宮(大分県宇佐市/豊前国一宮/式内名神大社/官幣大社)に祀られます。宇佐神宮の祭神は第一座に八幡大神(応神天皇)。第二座に比売大神(イツキシマヒメ)、第三座に神功皇后。
 主神の座る中央は、なぜか第二座の比売大神。隠れ主神。
 大元神社の、本来の祭神は大元神。イツキシマヒメは大元神に奉じる巫の神格化。奉じる巫が奉じられる巫神となります。イツキシマヒメは高天原の日神とスサノヲの娘神。
 安芸国の厳島神社の元社の大元神社の、石見国の大元神社の、宇佐神宮の元社の大元神社の祭神、大元神はスサノヲと考えられます。

 神話で、スサノヲは高天原の日神と誓約で五男神三女神を生んだあと、新羅国に降り、気にくわない国と言い、石見国から出雲国へと渡ります。
 島根県大田市五十猛町に建ち、イタケル(五十猛神)を祀る五十猛神社。神紋は出雲神の亀甲紋。社伝で、スサノヲ(武進雄命)とイタケルは新羅国に降り、磯竹村(五十猛町)の大浦港の神島に渡ったと伝えます。大浦港にスサノヲ(武進雄命)を祀る韓神新羅神社があります。
 じつはスサノヲの神統で、イタケルははっきりとわかりません。伊太祁曽神社(和歌山県和歌山市/式内名神大社/紀伊国一宮/官幣中社)の祭神。そして韓国宇豆峯神社(鹿児島県霧島市/式内小社/県社)の祭神。多禰国から紀伊国へと木種を齎した神。
 家宅六神の大屋毘古神や、オオクニヌシを根ノ国(黄泉国)に導いた大屋毘古神と同神といわれますが、はっきりとわかりません。

 磯竹村の彼方に鬱陵島があります。和名は磯竹島(五十猛島)。
 台風の通る島、木々の籠る島で有名。
 かつて于山国という独立国がありましたが、新羅国の統治となります。統治後、新羅国の徴税や懲役を逃れた人々が住みます。のちに倭寇の本拠地となり、島民も倭寇に加わります。倭寇のおもな交易は石見銀山の銀といわれます。
 鬱陵島から90kmに領土問題の竹島があります。

 出雲国の神話で、スサノヲの4世孫神の八束水臣津野命は、出雲国の国土が狭かったので新羅国を支豆支の埼(日御碕)に引きます。鬱陵島(磯竹島)。のちに外寇のきっかけとなります。神代の遺恨までも近代、いや、現代に続きます。笑えます。

 という事で続きます。



 おまけの神社
 韓竈神社(島根県出雲市/式内小社/村社)は、出雲国風土記の韓銍社といい、スサノヲ(素盞嗚尊)を祀ります。スサノヲが前に降りた新羅国の製鉄技術を出雲国に伝えたという設定の神社。韓国(カラクニ)の釜。笑えます。
 出雲国に、イタケル(五十猛神)を祀る数社の韓國伊太氐神社もあります。
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