16 罪と穢と・前篇

文字数 3,148文字

 古事記で、火神カガヒコを産み、火傷を負ったイザナミは死にます。死にぎわのイザナミの糞尿にワカムスヒ(古事記:和久産巣日神/日本書紀:稚産霊)などの神々が生じます。ワカムスヒは稚(若)い産霊の神。子神は神宮外宮に祀られるトヨウケヒメ。
 怒ったイザナギはカガヒコを斬り殺します。殺されたカガヒコの血や屍に神々が生じます。カガヒコの別名はホムスヒ(火産霊)。つまり火による生産、生成、生育を司ります。オオクニヌシの国譲神話のミカヅチヲ、フツヌシの親神など。
 イザナミの、カガヒコの死による新しい生(出産)。自然の万事万象、万物に宿る八百万の精霊(神)。当然、血や汗や糞尿などの生理現象も宿ります。

 イザナギは黄泉国に堕ちたイザナミを追います。しかし約束を違え、怒ったイザナミに追われます。イザナギは巨岩で黄泉比良坂を塞ぎ、触った穢を禊ぎ、神聖となります。そして三貴神が生じます。

 穢は、イザナミが死んだ死穢(黒穢)、イザナミがカガヒコを産んだ産穢(白穢)。さらに血穢(赤穢)。穢は、死と生(出産)、病、血や汗や糞尿などの生理現象に関わります。のちに血穢は月経(生理出血)となります。
 何故、イザナミは穢れてるのでしょうか。

 イザナギは、自分の感情でカガヒコを殺し、自分の都合でイザナミに甦生を頼み、自分の感情でイザナミの約束を違え、自分の都合でイザナミと離別。禊で神聖となったイザナギの左目に高天原の日神が生じます。
 何故、イザナギの罪は贖わないのでしょうか。
 イザナギは罪を贖わず、イザナミの穢を禊ぎます。

 という事で、熊野国の花窟神社へ戻ります。
 そして。
 イザナミの糞尿や反吐、カガヒコの血や屍に生じた神々の神性。火による文明と文明破壊、そして火の制御。食物起源などの神話の設定は考えず、イザナミの穢とイザナギの罪だけを考えます。



 死、死穢。
 現代の、神佛分離後の神道(神社神道)は、いまだ佛教の影響があります。平安佛教、とくに天台宗の影響。
 現代の神道は死を穢として避けます。神社で葬式は行いません。
 しかし古代の、神佛習合前の神道(原始神道)は、死を穢として避けてません。古代の神道は琉球神道に継がれますが、現代も琉球神道は死を穢として避けてません。
 また、古代の神道に神社はありません。祭祀のたび、祭祀の為の小屋を建てます。死ぬと小屋を建て殯を行いました。殯小屋で埋葬(土葬)前の死人とともにします。死人が腐り、甦らない(甦れない)と見とどけ、死体(屍)となり、葬ります。
 死は、現世から常世へと移る境目とあります。霊魂は祖霊(神)となり、常世で眠ります。イザナギがイザナミと会った処は黄泉国の入口(現世と常世の境目)、殯小屋。
 常世は海の彼方にあり、海の底ノ国。祖霊の眠る国。琉球神道のニライカナイ。
 やがて常世は祖霊だけでなく、自分を怨む、自分に都合の悪い怨霊が眠ります。いえ、怨霊は眠らず、現世(中ツ国)に現れます。いつのまにか常世は罪穢で穢れた黄泉国と変わります。イザナミも穢れた黄泉大神と変わります。イザナミは穢されます。

 生、産穢。
 生(出産)も、産穢も、生まれる前の世から現世へと移る境目に生じます。古代の出産は母の死、子の死と関わります。産穢は死穢と結ばれます。つまり穢は、人の感情や都合に関わらず、生死を分ける境目に生じます。佛教の因果応報。出血(古代は原因のわからない生理出血)も、血穢も、死と関わり、死穢と結ばれ、生死を分ける境目となります。

 病、触穢。
 さらに穢は触ります。イザナギは触った穢を禊ます。病も、触穢も、死と関わり、死穢と結ばれ、生死を分ける境目となります。とくに疫病は疫神が齎した祟り。コロリ。疫神を祀りあげる鎮花祭が行われます。桜の花の散る頃に現れる疫神を塞ぎます。
 イザナギが黄泉比良坂を塞いだ巨岩が神体の花窟神社。
 巨岩の向こう、黄泉国に棲む疫神(黄泉大神)。花を以て祀ります。
 死(死穢)と関わる生(産穢)、血(血穢)、そして病(触穢)。死は黄泉大神イザナミの祟り。祟りを避けるため、タブーができます。



 死が穢、祟りでなく、恵みという神話が、タタラ製鉄で有名な出雲国にあります。
 イザナミの反吐に生じた金山姫神と同神の、鍛治の神の金屋子神は、なぜか死体を好みます。タタラ炉の柱に死体を下げると、大量に鉄が造られます。笑えます。



 穢が生じやすい境目は自然に、日常にあります。佛教の影響があったりなかったり。
 一年の前半と後半の境目の盆。冬季と夏季(昼夜の日の長さ・南北の日の出入)の境目の春分と秋分。一日の昼時と夜時の境目の朝時夕時。大禍時(逢魔時)。
 すべて現世と常世の境目。高天原の日神が統べる聖なる中ツ国と、イザナミが統べる穢れた黄泉国が交わる時間。不安定な時間。居てならない、隠(オ)ぬモノが見えます。人の感情や都合に関わらず、生死を分けます。ゆえに避けるため、触らないため、塞ぐための禁忌(タブー)ができます。
 祖霊は黄泉国に還さなければならない。還さなければ、穢が触り、出血で死にます。穢が触り、出産で子が死にます。
 昔は盆は迎え火だけを、今は迎え火と送り火を合わせて行います。



 穢は時間だけでなく、空間の境目に生じ、やはり人の感情や都合に関わらず、生死を分けます。人の住む里と、神の棲む山の境目の坂、人の住む村や京の入口。居てならない、隠ぬモノが現れます。昔の国と国(今の県と県)の境目の峠も、道と道の境目の辻や岐も穢が生じます。すべて不安定な空間。饑神の死穢が触ります。
 ゆえに避けるため、触らないため、塞ぐ神を祀ります。峠の神、岐の神、辻の神、塞の神、障の神、道祖神、地蔵菩薩。のちのサダヒコやスサノヲ、狼神。さらに熊野大神。また、人だけでなく馬や牛も死ぬと牛頭馬頭の神を祀ります。
 つまり穢は時間の変化時、空間の移動時の心体の不安定時に、さらに社会秩序の不安定な処に生じます。
 村人や京人、旅人の死と関わる、見える外敵(悪獣や悪人)、見えない外敵、隠ぬモノ(悪神)、疫病(疫神)や旱魃(魃神)、飢饉(饑神)、そして怨霊(鬼神)を塞ぐ神を祀り、心体と社会秩序の安定化を行います。
 塞ぐ神に餅やだんごなどの食物を供えますが、本来は外敵、悪神や鬼神などへ貢物と考えられます。食物で祀りあげます。釣りあげます。
 イザナギは黄泉比良坂で黄泉醜女を祓うため、食物を投げます。



 イザナミを死穢(黄泉国)の大神に変えたイザナギ。イザナミの死穢(死の祟り)を現世、中ツ国に齎したイザナギ。
 自分の感情でカガヒコを殺し、自分の都合でイザナミに甦生を頼み、自分の感情でイザナミの約束を違え、自分の都合でイザナミと別れたイザナギ。
 イザナギの罪はタブーを犯した罪。
 何故、イザナギは大罪を贖わないのでしょうか。

 という事で続きます。



 おまけの神社。
 金屋子神社(島根県安来市)は鍛治の神の、金山彦神と金山姫神を祀ります。イザナミがカガヒコを産み、火傷で苦しんでるとき、反吐に生じた神。
 本来の祭神は、社名のとおり、カナヒメ(金屋子神)。神社の権威を高めるため、祭神を変えます。笑えます。
 カナヒメは、出雲国にタタラ製鉄を伝えた神。中国地方の鍛冶を司る女神。金山姫神と同神。じつは天ツ神で、中ツ国(出雲国)に降り、桂で休んでたところ、人に見つかり、神社を建てられ、鍛治を教えます。教えさせます。笑えます。
 カナヒメは、麻につまづいて死んだので麻は嫌い。犬に追いかけられ、蔦に登ったが、蔦が切れて落ち、犬に咬まれて死んだので犬と蔦は嫌い。死体は好き。蜜柑も好き。好き嫌い、死んだり甦ったり。笑えます。また、女性は嫌い。タタラ場に入れません。
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