「僕と少女と狸の死体。」枕くま。

文字数 836文字

題:僕と少女と狸の死体。

著:枕くま。

 


 うそつきと呼ばれるようになっていた。

 夏至の日の翌朝。歩道橋から狸の死体は消えていた。皆はやっと役所が仕事をしたんだと口々に言った。でも、僕は本当の事を知っていて、それを話さずには居れなかった。


 放課後の教室はさみしかった。僕はひとりで居残った。誰にも誘われなかった。そんな日々にも、慣れてしまった。夕陽が窓から射し込んで、まぶしい。


「帰ろうよ」


 戸口の方を見ると、知らない少女が立っていた。

「僕と喋ると噓がうつるよ」

 皆が叩く陰口をなぞって言うと、少女は笑った。

「ねぇ、狸があの後どうなったか知りたくない?」

 僕の手をとって、少女は歩き始めた。

 

 学校を出て、僕らは歩き続けた。いつの間にか知らない山道を進んでいる。足音に、枯れ枝を踏む乾いた音が続いた。しっとりとした空気が満ちていた。空を仰ぐと、木々の突端が恨めしげに太陽を刺している。


「ねぇ、本当に居場所を知ってるの?」

 少女は曖昧に笑う。


 やがて、広々とした場所に出た。金色のススキが一面に広がり、風の吹く度に波を立てている。こんな場所が身近にあったとは知らなかった。少女は慣れた様子でススキの海を割ってゆく。その先に、小さな祠が建っていた。まるで、異界に迷い込んだようだ。


 気がつくと、少女の姿がなくなっていた。見回したけど、隠れられるような場所はない。最後に少女の居た場所を見ると、そこには乾涸らびた動物の死骸が転がっていた。


 狸だ、と思った。

 狸はあの後、今度こそ死んでしまったのだ。


 自然と涙が溢れた。誰にうそつきと呼ばれても、泣かなかった。つらい時は、あの狸を思い出していた。驚く僕を嘲るように、真っ赤な舌を出した狸を。そうすると、不思議と勇気が湧いてきたのだ。僕も舌を出して、平気でいなくちゃいけないって。


 死骸は驚く程軽かった。僕は狸を祠の前に埋めてやった。

 手を合わせて、「僕は負けません」と呟いた。

 帰り際、ふり返った時、祠の辺りに少女の姿を見た気がした。

2018/12/21 15:36

makurakuma

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
※これは自由参加コラボです。誰でも書き込むことができます。

※コラボに参加するためにはログインが必要です。ログイン後にセリフを投稿できます。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色