「あなたのことを忘れない」梁根衣澄

文字数 801文字

PN.梁根 衣澄

タイトル「あなたのことを忘れない」


 皮をむいたかぼちゃを切り、ボウルに入れ、ラップをしてレンジでチンする。その間に、パイシートをカットし、フォークで穴を開ける――

「まったく……急にパンプキンパイが食べたいなんて言われても、すぐに材料が手に入るわけじゃないし、作る時間もかかるんだからね」

 私は、バターを湯煎で溶かしながら、リビングでスマホを眺める彼を振り返った。

「ちょっと、千秋君? 聞いてるの?」

「うん、聞いてる聞いてる。突然で悪かったなーとは思ってるよ。でもね、最近しょっちゅう『梓ちゃんのパンプキンパイが食べたい!』って禁断症状が出ることがあるものだから……」

「な……! そ、それなら仕方ないなぁ!」

 スプーンの背で柔らかくなったかぼちゃを潰し、私は千秋君から目を逸らした。

 パンプキンパイは、高校生の頃所属していたバスケ部に差し入れで作っていたものだ。みんな「美味しいね」って言ってくれたけど、千秋君だけは、ひときわ輝いた目で食べていた。それが嬉しくて、試合や遠征がある度にスイーツを作って行った。千秋君の、輝いた目を見るために……。

「梓ちゃん」

「えっ? えっと……な、何?」

 ぼーっとしていたら、いつの間にか千秋君がすぐ傍まで来ていた。

「梓ちゃん、いつもありがとね」

「な、何、いきなり……」

「感謝なんて、いつ言えるかわからないからね。言える時に言いたいんだ。梓ちゃん、本当にありがとう……」


 ――そんな事もあったなぁ。

 遠い記憶の中の思い出に浸りながら、写真の中で微笑む千秋君にパンプキンパイを供えた。

 彼が亡くなってから、まるで抜け殻のような日々を送っていた。花火とともに思い出を消そうともしたし、何度も彼を忘れようとした。けれど、そんなことは出来なかった。

 パンプキンパイのレシピを忘れないように、私は千秋君のことを一生忘れられないのだ。

「今年も美味しく出来たよ、千秋君」

2018/12/24 21:29

harine428

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