PN.梁根 衣澄
タイトル「あなたのことを忘れない」
皮をむいたかぼちゃを切り、ボウルに入れ、ラップをしてレンジでチンする。その間に、パイシートをカットし、フォークで穴を開ける――
「まったく……急にパンプキンパイが食べたいなんて言われても、すぐに材料が手に入るわけじゃないし、作る時間もかかるんだからね」
私は、バターを湯煎で溶かしながら、リビングでスマホを眺める彼を振り返った。
「ちょっと、千秋君? 聞いてるの?」
「うん、聞いてる聞いてる。突然で悪かったなーとは思ってるよ。でもね、最近しょっちゅう『梓ちゃんのパンプキンパイが食べたい!』って禁断症状が出ることがあるものだから……」
「な……! そ、それなら仕方ないなぁ!」
スプーンの背で柔らかくなったかぼちゃを潰し、私は千秋君から目を逸らした。
パンプキンパイは、高校生の頃所属していたバスケ部に差し入れで作っていたものだ。みんな「美味しいね」って言ってくれたけど、千秋君だけは、ひときわ輝いた目で食べていた。それが嬉しくて、試合や遠征がある度にスイーツを作って行った。千秋君の、輝いた目を見るために……。
「梓ちゃん」
「えっ? えっと……な、何?」
ぼーっとしていたら、いつの間にか千秋君がすぐ傍まで来ていた。
「梓ちゃん、いつもありがとね」
「な、何、いきなり……」
「感謝なんて、いつ言えるかわからないからね。言える時に言いたいんだ。梓ちゃん、本当にありがとう……」
――そんな事もあったなぁ。
遠い記憶の中の思い出に浸りながら、写真の中で微笑む千秋君にパンプキンパイを供えた。
彼が亡くなってから、まるで抜け殻のような日々を送っていた。花火とともに思い出を消そうともしたし、何度も彼を忘れようとした。けれど、そんなことは出来なかった。
パンプキンパイのレシピを忘れないように、私は千秋君のことを一生忘れられないのだ。
「今年も美味しく出来たよ、千秋君」