「生誕祭と冬至祭」東雲飛鶴

文字数 812文字

「生誕祭と冬至祭」東雲飛鶴
2018/12/21 20:57

izuru_s

俺は今、独りで山深い温泉宿にいる。


妻とはつい先月別れたばかりだが、沢の音を聴きながらこの露天風呂に浸かれるなら、些末な問題だ。


「お加減は?」

飲み物を持って、女将がやってきた。

俺と年は近く、四十前。”女将さん”と呼ぶにはまだ早い。


「ん? 俺、たしか日本酒を」

女将はワインクーラーとグラスを二つ、それと、柚子の載ったクリスマスケーキの載った盆を、俺の傍らに置いた。


「これは?」

「お礼ですよ、お一人になられたのに、また来て下さるなんて」

「おかしい、ですか?」

「ご夫婦で利用して下さっていた方は、別れるともう来なくなるんですよ」


ああ、そういう――


「何言ってるんです、学生の頃は毎年バイトに来てたじゃないですか」

「そうね。でも卒業されてからしばらく来ないと思ったら、奥さんを連れて戻って来るなんて……」


女将は目を伏せた。


「え?」


俺は戸惑った。


「やっぱり、都会の人と、こんな山奥の温泉宿の娘なんてご縁はなかったんですよ。そう思って、吹っ切ったつもりだった」

「……それって」


彼女は儚げに笑った。

俺は、胸をぎゅっと掴まれる感覚に戸惑った。


「まさか……」


微笑む彼女。


「俺、ですか?」


彼女は微かに白い歯を覗かせた。


「ごめんなさい……知らなくて」

「いいんですよ。それに、もう」


彼女はグラスにワインを注いで差し出した。


「早めのクリスマスパーティ、してもいいですよね?」

「はい」


おどろくほど小さな声で、俺は応えた。


「何度も……その、つらい思いをさせて」

「いいの。時々、来てくれたらそれで」


俺はただ頷くしか出来なかった。

彼女がまだ女将じゃなくて、自分もただの学生で。

何もなかったのは、俺だけで。


「勝手なこと言ってごめんなさい。だけど、ここにいる間だけでも、そばにいてもいいですか」


断れるわけないじゃないですか。


「女将さん……いや、妙子さん、と呼んだ方がいいですか」


少し間を置いて、

「――はい」


湯気と甘酸っぱい香りの中で、乾杯。

2018/12/21 20:57

izuru_s

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