冬至まつり800
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彼は、院子(中庭)の薄暗い端に椅子を置き過ごすのを好んだ。
「もはや打てる手はない、か」
壮年の男は吐き出すようにごちる。
幇会では食客として遇され居心地の良い生活が続いていた。
宣統の三年も末、この国は動乱の中にあった。
彼は、ある方法についてずっと考えている。
「いつもその格好だな、お前」
「これしか持っていないんだ。一張羅だ」
「上着くらい脱げよ」
生意気な少年が、朝食を盆ごと突き出してくる。
通いで食事の世話をしてくれている娘の末弟だ。
「とっとと食っちまいな」
湯圓だった。もち米の粉を丸めた団子を煮たものだ。
この地方の冬至の食べ物だ。圓は円であり、縁に通じる。
冬至は祭天、天を祭る。
春節のような壮麗な祝祭とは異なり、静謐な祭りだ。
燭を灯し香を炊き、天と先祖を静かに祀る。
「なあ、小朋友(ぼうず)」
「ンだよ。ヘンに改まって気持ち悪い」
この幇会の状況は、極めて悪い。
旧い義理で旗幟を表さずにいる間に、大勢が決してしまった。
彼が求められたのは、手土産もなく強大な勝利者に大きな譲歩を迫るという困難な交渉だった。
少年を膝の上に抱き上げ、頭を撫ぜてやる。
「ここはろくでもない連中ばかりだから、あまり見習うなよ。口が悪くなる」
「わーってるって。ねーちゃんと同じこというな」
今更、命も名も惜しみはしない。
この地に人に縁を得て、そのために朝(あした)を見ることなく果てたところで、無名の侠人として黙して逝ける。
人の共同体である幇会の崩壊は、破壊的な結果を招く。
だから、為すべきことがある。
なに、いくら下手を打っても、死ぬが限度だ。
「少し、出てくる」
少年を下ろし、立つ。
「なあ、」
幼いなりに何か感じるものがあったのか。
「今日の晩飯な、貉(たぬき)だからな。ねーちゃんが今仕込んでる。
すげえうまいからな。楽しみだろう。食べたいだろ」
「おう。戻ってきたら、一緒に食べよう」
yamaneko_taisa
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