第一節 変わらぬ星 四

文字数 8,815文字

十二月 某日 某所
  
 洞窟の中で若雷と白輝は焚き火を点け暖をとっている。月が沈み朝日を待つだけになった長夜はとても暗い。その中では焚き火の光が太陽と見間違うほどに明るくなり暖かくなる。彼女はその光がどのように輝き、その暖かさがどれだけのものたちに癒しを与えるか識っている。それはこの世界を見ることを拒み続けていた彼女が小戸海との旅で得られた紛れもない光だ。
「わかっているな。誰が邪魔をしてもお前はお前の目的を果たせ」
「––––––お前はどうしてこの世界を壊すことにそれほどまでに執着する」
「二人の人間のために神に近いものが行動する方がおかしいと思うが」
「私は自由の代償を払いにきただけだ」
彼女はこの世界にある美しさを識っている。生きることの尊さを十分に理解している。だからこそ、彼女は瞼を閉じている。瞼を閉じた彼女の世界ではどれだけ外が明るくても晦冥の中にいるのと変わらない。それが自分だけ自由になった後ろめたさがそうさせているかこの世界と川海と小戸海の価値を等しくしないためにしているのか。彼女にはもはやわかるはずがない。




 「ひのかちゃん。僕は労働基準法が高度な知能を持つ機械にも適応されるべきだと思うんだ」
無邪気な機体は前足を組み考える人のように顎下に手を添えている。
「難しいことはわかりませんが私もそうするべきだと思います」
ひのかは頷く。
「だけど、現状、僕ほどの高度なAIは滅多にいないから法整備は進んでいないんだ。そこで僕のようなAIが増えた時に良い規範として実例として僕達の関係が参考になるようにすべきだと思うんだよね」
「はい」
「僕の今の保有主は博士から朔君に移行して現状は朔君の元で雇用されると言っても過言じゃないと思うんだ」
「はい…………」
「そこでひのかちゃんに質問だけど」無邪気な機体は両前足を横に広げてひのかに小屋の全体を見渡すように合図する。「ここどう思う」
ひのかは馬小屋を見渡す。馬小屋の馬房はおよそ三十ほどある広い造りになっているが馬の数はあまりいない。七頭の馬しかいない小屋は蹄の音が時折聞こえるくらいで閑散としている。
「お馬さんの数が少ないかなって」
「うんうん、確かにそうだね」無邪気な機体は気のない返事をする。「だけどね、もっと大切なことがあるんじゃないかな。機械に雨風はいいのか。とか、普通に考えて人がここで一晩過ごすのはどうだとか」
「私は楽しそうだと思いますけど」
ひのかは想像しながら楽しそうに言った。無邪気な機体はその顔を見ると頭をがっくりと下げる。
「だめだ。価値観が違いすぎる」
無邪気な機体の馬房の隣から馬が首を伸ばして敷居の上から無邪気な機体を見ている。その馬の毛並みは夕陽を浴びたように紅く毛先は絹のように滑らかな光沢を帯びている。ひのかはその馬が持つ美しさに見惚れてしまう。視線に気づいた馬は顔を前に出してひのかが立つ廊下に顔を近づける。馬のまつ毛は長く瞳はとてもおっとりしていて優しそうな眼差しだ。ひのかは近づいてくれたと思いとても嬉しく思った。
「すごく綺麗なお馬さんですね」
突然、穏やかな馬は生暖かい鼻息を鼻水とともにひのかに吹きかける。髪を縛っているヘアーゴムは吹き飛び貸してもらった和服にべっちょりと鼻水がつく。
「大丈夫ひのかちゃん」
「熱烈な歓迎ですね」
鼻水に束ねられた髪に手を通す。頬を触ると粘着質の液体が細長く伸びる。
「エェー。それは明らかに歓迎してないよ」
馬は唇を歪ませ微笑みひのかを見下げている。ひのかはその顔を見る。
「多分、機嫌が悪いんですよ」
「すごく上機嫌だと思うけど」
馬の顔がまた近づくとひのかは落ち着いた足取りで十歩下がった。すると馬は癇癪を起こして蹄を地面に叩きつけ鉄と鉄をぶつけるような甲高い音を鳴らし始める。それを隣で聞く無邪気な機体は身に迫る危機感を覚える。
 やばい、とりあえず、ひのかちゃんに事情を説明してこの場から早く退去してもらわなくちゃ。
「ほら、やっぱり機嫌が悪いんですよ」
「えーーーいや、それはそうなんだけどそうじゃないというか」無邪気な機体は今だに鳴る有蹄類の癇癪に一瞬だけ顔を向ける。「もともと、シープは多分女性が好きじゃないというか」
ひのかは無邪気な機体に体を向ける。
「え?馬じゃないんですか」
ひのかは目をぱちくりさせて言った。
「名前に引っかかるの?今はそうじゃなくてシープが怒っているかどうかじゃないの」
叩き下ろされる蹄の音が絶え間なく聞こえる。
「シープって羊ですよ。おかしいですよ」
「えーっと、今は機嫌が悪いかどうかの話じゃなかったっけ」
馬小屋に満たされる蹄の音に他の馬はストレスを感じ同じように蹄を鳴らし始める。
「今はシープの話でしたよ」
とひのかはあたりの前のように返した。
「あはははは。そうだったかもしれないね」無邪気な機体は今、混乱している。ひのかとの話はなぜか合わず馬たちの蹄の音は小さくなるどころか時間が経つごとに大きくなっている。彼は頭部を抱え「地獄だ」と震えながら言った。
地面が揺れる中で高らかに一頭の馬が雄叫びを上げる。
「メルメルメルーーーーーーーー‼︎」
ひのかはその声を聞くとあぁ〜と深く何度も頷く。
「確かに羊だ」






 直日と小戸海が映る湖に波紋が立つ。直日は何かが微かに聞こえたような気がして本邸の方角に顔を向ける。水面に映る空は夏のような清廉な青さはない。どことない黒みを含んだ薄い青が広くまた薄く佇んでいる。それは夜空を見慣れたものにとっては不気味なものではない。なぜなら冬の澄んだ空気が空に宇宙の面影を見せてくれていると感じられるからだ。湖畔にある木々はその湖を覗き込むように枝を伸ばしている。
「白輝もここに来たことがあるのかな」
彼は凍裂した痕が残る木を見て言った。直日は彼の横顔を見る。唇を閉じた彼の顔は波光に静かに照らされている。
「おそらく来たことはないでしょうね」
「どうしてそう思うんだ。昔の白輝のことは少ししかしらないけど来てたっておかしくないだろ」
「…………勘よ」
直日は水面に視線を落とす。二人がこの湖の湖畔にまで来たのは今日が初めてだ。遠くで見た時はとても大きく見えたが実際は想像より少し小さかった。水面の輝きも遠くから見た時は目を見張るものがあったがこうして見下げて見ると輝いてはいるが屋敷で感じたほどの眩さはなかった。直日は想像以下であった湖の正体に少し落胆している。
「実際にここに来れば彼女たちの結末は変わっていたかも」
直日の唇が僅かに動き呟いた。
「悪い。聞こえなかった。もう一度いってもらっていい」
「思ったより綺麗じゃなかったって言ったのよ」
「あぁー。」小戸海は膝を曲げて湖に顔を近づける。「まぁ、確かにそうかも」
直日は彼を一瞥する。
「–––––明日に出発する準備はもうできている?」
「けど、俺は感銘を受けている」
「さっきの話?まだ続いていたの」
「うんそう。さっきの話」
「わかったわ。続きは」
直日は振り返り後ろにある並木道の先の屋敷を見る。湖から見る屋敷は実際の大きさより小さく見える。屋敷から見た湖は大きく見えたのに湖から見える屋敷は小さく見えることに少々驚く。しかし、明白な理由はないがなぜか腑に落ちる気分で見てしまう。
「初めてここを見た時、俺はここまで来られるって思ってなかったんだ」
「それは……………。」彼女の口が止まる。屋根の影が柵のように全体を覆う無機質な屋敷はまるで役目を理解しているように映る。それの中で過ごした彼女たちと小戸海のことを知る直日にとっては肌身で触れるように彼の言葉を体と心で理解できる。「…………。そうかもね」
「それに今のように屋敷から見える景色が綺麗だって思いもしなかった。だから、白輝とここに帰って直日と三人で縁側で見た時はとても感動した」小戸海は立ち上がり直日に振り返る。「それからここにある記憶の見方が変わったんだ」
「ここにある記憶は碌でもなかった。かしら」
彼女は自嘲して言った。そして、瞼を細め檍原家が造った遺産から見を逸らす。
「直日が来てから日々が色づいたんだ」
「私はあなたに教養と生きるために必要なことを教えただけよ」
「そうだけどそれ以外にもたくさんもらったって気づけた」
直日の視線の先にある並木道には葉をなくした木々の影が交錯する光景がある。
「別に何もあげてないわよ。結局、あなたを本当の意味で救い出したのは白輝だったわ」
「そんなことない」気を吐くような声とは程遠い小さな声だったが直日は強い否定を感じ思わず振り返る。「直日が俺に外の景色を人の感情を多く教えてくれたから俺は少しずつ変わったんだ。四季を感じながら勉強をして季節の移ろいごとにご飯が変わって……」彼の口角が記憶の熱に温められ朗らかに緩む。「それに年を重ねるごとに直日が自然に笑ってくれるようになった」
懐古するその表情を前に彼女の瞼は大きく見開くが徐々に閉じていく。
「そう–––––。」彼女は瞼をゆっくりと閉じる。それはまるで春陽の中で瞼を閉じるような心地よさあった。瞼の裏には部屋からでたばかりの小戸海の顔がある。それは湖が見える和室で教養を教えている時によく見た横顔だ。彼女が答え合わせしている時に彼はよく湖を見ていた。今ほど話せなかった。今ほど表情が豊かでもなかった。だから、直日はその記憶が嫌いだった。自分の家が彼から全てを奪ったことを意味する記憶だから。「……………。」直日はため息をつく。その記憶が少しだけ愛おしく思えてしまう。「そういうことは好きな女性に言うべきよ」
「好きな人に言ってもいいだろ」
「生意気ね」彼女は彼の光ある瞳を見る。「本当に生意気になったわ。私が言うことに楯突くなんて」
直日が微笑む。
「その顔、怖いんだけど」
「あらそう?あなたの大好きな微笑みでしょうに」
「いや……まぁ………」彼は顔を少し下げ釈然としない表情になる。「そうなんだけど」
「ふふふふ」
直日はにこやかに微笑む。その顔につられて小戸海も少しずつ表情が柔らかくなっていく。
「………………。」
湖畔にいる彼らの姿が波光の上に浮かぶ。触れることができない宇宙の色彩を含んだ不思議な湖は彼らの声に呼応するようにたゆたう。
「どうしたの」
黙る小戸海に直日が言った。
「俺、白輝が大切な人のためにこの世界の秩序を壊そうとするのはやっぱりダメな気がする。だって、この世界にはその人と白輝が大切に思った時間や場所があるから」
この湖は一度も彼女たちを映したことはない。しかし、彼女たちは何度もこの湖を映した。
「ならそれを伝えなさい」
この湖は空よりも近く、星のように遠い。
「うん。ありがとう」
「何よ。ありがとうって」
「お礼が言いたかったんだ。何となくだけど」
直日は改めて湖を瞳に映す。
「そうね。無理矢理、今回の作戦に参加したんだからお礼くらい言うのは当然よね」
「それは本当に申し訳ないと思っている」
湖は思ったより綺麗ではない。記憶にある湖がとても美しかったことを思えばやはり少し落胆してしまう。
「ひのかさんの言うことを聞いて自身の命を優先させるのよ」
「またその話か。わかっているよ」
しかし、この湖を近くで見たとしても彼女たちは決して止まらなかっただろうと思う。















 青い空の幕に隠れている宇宙が空を覆う時刻がきた。朔月の夜は星の光がもっとも輝きを見せる。いつもは見えない些細な光すらも鮮明に輝き冬木立に光を与える。欄干のない縁側の右端には葉が一つも残っていない桜の木がある。しかし、根本から樹冠を仰ぎ見れば無数の星が枝先についているような光景が見られる。それは枝先に星の実がなっているように見えて今にでもこぼれ落ちそうに思える。湖上は今度は宇宙を映しうっすらと寒色を思わせる青さも映している。縁側の中央で朔は膝を立て座っている。湖に近い木々は僅かながらに揺れているというのに屋敷にいる彼の髪や服は全く動いていない。彼は湖を見ながら床に置いた三冊の本を撫でる。その本はつつじという願いを受け取った彼女と大切な友人のために全てをかけた少女の日記だった。朔は人の字が達筆かどうかはわからないが少女の字はとても好きになった。その日の感情や好きな物事が書かれている時は文字が跳ねるように動き、嫌なことであれば肩身を狭くするように畏まった文体で書かれていた。言葉の表現だけにとどまらない豊かな日記は少女を身近に感じながらまたつつじの心を写したかのように感じられた。朔は顔を上げ彼女たちが見上げていた夜空を見る。手を空に近づける。そして、自分の星の記憶と彼女たちの星の記憶を重ね星を見るものたちの原点に指を動かす。

 私の指をなぞり動けばいい。空の歩き方を教えよう
彼女の指は弘法大師が字を紡ぐようにその物体の本質の輪郭をなぞるように動く。私は自分を夢中にさせた字が眼前で誕生する興奮に身を震わせてとても楽しくなって指を見る。             
 錨星が完成したのかがわかるか
 はい。浮き上がって見えます
 上出来だ。次にそれの少し上にある子熊星を見つける
いつもは遠くにある空が近くにある。私は距離を空けたままでは彼女の指先がわかり難くて間にあった桶をどかして近づいていく。彼女と同じように指を動かすだけでまるで星に触れているような気がする。
 錨星の中折れした部分の星と柄杓––––––
 おおぐま星の見方も知りたいです
私はいつの間にか本を置いていた。彼女の指先から紡ぎ出される星々の形にのめり込み瞳に無数の光を映している。私と同じように夜空を見る彼女も見たことのない輝きを瞳に映している。
 そして二つの星から等間隔にある子熊星の尻尾に当たる星。それが北星だ
 あれが北星

 「何をしてますか」
隣から声が聞こえた。星の輝きを無垢に映すひのかの瞳が隣にある。時代を越えても世界の在り方が変わらないように心あるものがこの世界に魅了される事実も変わらない。
「……星の道の始点を探していたんだ」
朔は徳利の蓋をしていたお猪口をひのかに渡す。お猪口の縁は無数の星に撫でられ光沢を帯びている。ひのかは受け取るとありがとうございますと言った。朔は徳利に入ったお酒を彼女が持つお猪口に入れていく。光を透かす注がれるお酒は夜の中で砂金のようにきめ細やかに光る。ひのかは注がれるお酒を見ているが内心では朔の様子が気になっている。徳利が垂直に上げられお酒が切れる。お酒が注がれた音の余韻が残る。寒凪の中でその余韻は長く響く。
「どうしてお酒ですか」
徳利が床に置かれる重い音が鳴る。
「お前が一緒に酒を呑もうと言ったからだろ」
「あ…………そうでした」
二人の影は互いの間にある徳利の影と重なっている。
「………………。」
ひのかの手の影は下ろした髪の影をいじっている。瞳は湖を見ながらも朔の横顔を遠慮がちに何度も見ている。朔は片手に自分のお猪口を持ち湖の水面に重ねるようにお猪口の縁を傾ける。星が映るお猪口の水面には隣で落ち着きなく髪を触りながら瞳を動かしているひのかの姿が映されている。
「………今日は何をやってましたか」
朔は酒を呑む。お猪口にある全ての酒を呑んでも彼はまるでまだ呑んでいるかのように体ごと大きく傾ける。お猪口から口を離した彼は自分の意識がまだまだおぼろげになってないと思いすぐに徳利から酒を注ぐ。
「…………昔、こうしてよく星を見ていた」
彼は酒気を漏らし呟くように言った。
「えと…………」ひのかの手は止まり床に手のひらをつける。そのことをカスペキラや空喰からもう聞いていたが何故か彼の星が映る瞳を見ると知っていますと答えるのがおかしい気がする。「…………星を見るのが好きなんですか」
「好きだったと思う。けど、多分、正確には誰かと話す時間を含めて好きだったと思う」朔はお酒があるお猪口を星灯りが映える縁側の縁に置く。そして彼は何も考えないように胸底から溢れる言葉を紡いでいく。「………………世界は星のように美しいと信じていた。星の下で話す友人たちとの会話はそう思わずにいられなかった。みんな、一概にこの世界は綺麗だとは言わなかったけど星を見て綺麗じゃないとは言わなかった。だから俺はこの世界にどんな絶望的なことがあってもそれを打ち消す可能性がこの世界にはあると信じられた。–––––––––俺はそうやって無垢に世界を信じていた」
彼は星を見ている。ひのかは彼のその姿を初めて見ている。そして、彼女は初めて彼の胸中を聞く。彼女は朔月の夜なのに光彩陸離とした今宵がとても不思議だと思う。
「今は違うんですか」
ひのかはまだ一口も付けてないお猪口を星灯りの下に置く。そして不思議な夜を見上げる。
「………………。」星々の輝きは一見すると孤独だ。皆が一様に距離を保ち重なり合うものはただの一つも存在しない。しかし一つ一つの星の光が重なり合うことで彼らは闇を照らしている。「お前はどうして今回の戦いに参加する」
「私ですか?」
「あぁ」
「うーん。…………………。」
「–––––––––––––。」
ひのかは楽にしていた足を縁側の外側に出して足先を曲げたり重ねたりする。
「…………………私が会った物の怪さんや人はみんな優しかったです」
ひのかは朔との約二年の旅で出会ったものたちのことを思い返し微笑む。
「この二年間で多くの争いも見てきたのにか。屍山の怨霊や街の襲撃で見た惨状もその彼らが起こしたことだ。それでも––––––––」
「それでも私はこの世界には優しさが溢れてるって思っています」ひのかは朔が何で悩んでいるかは知らない。だが、過去の凄惨な戦いが彼をずっと苦しめているのはわかっている。ひのかは朔を見る。彼の瞳にはもう深い闇だけがあるわけじゃない。夜の闇を薄め星を映している。「それに私も心の底からこの世界は綺麗じゃないって誰からも聞いたことは一度もありません。だから私もどんな絶望的なことがあってもそれを打ち消す可能性がこの世界にはあると信じています」
朔はひのかの瞳を見る。彼女の心の在り方が投影されたような曇りがない光が瞳の奥底にある。闇を退けるその輝きは記憶にある友たちと酷に思えるほどに似ている。自分が手放した信念や希望が彼らのようにずっと彼女にはある、だから朔はずっと彼女の瞳から逃げていた。
「おま–––––。」朔は口を止める。ずっと一緒にいてくれたずっとこの世界に希望を持っている友を見据える。「ひのかはずっとそうだったのか」
「私は朔さんが関わったからこそ多くの希望を見た物の怪さんや人と話してそう思いました。だから今度は私が朔さんに希望を見せます」
「どうやって」
「そうですね……………………。またうつ伏せそうになった時は顔を上げてください。そしたら私が…………えっと…………。」ひのかはふと顔を夜空に向ける。そして朔がやっていたように指先を星に当てた。「極星の場所を教えてあげます。だから、星座を探してください」
「なんだそれは。しかも後は俺が探すのか」
「その……まだカスペキラさんに極星しか教えてもらってないので」
朔は決めきれないひのかの困り顔を見て瞳を緩める。
「礼にはならないが星に興味があるなら星の見方を教えようか」
「是非是非」ひのかはすぐに朔に顔を向け嬉しそうに言った。「ですけど、お礼って何ですか」
「孤独だと自分には何もないと思っていた身勝手な俺の意見を否定してくれたことだ」
「あ、………」ひのかは集落での出来事を思い出す。「あの時のことですか」伏し目になり顔を湖に向ける。「私としては思い出したくないんですが」
「そうなのか」
「はい…………。」ひのかは湖の星々をため息まじりに見る。「そういえばベンチで座ってる時も星は綺麗でしたね」
「そうだったか」
「そうでしたよ。星が小川のように長く長く繋がっていて輝いていました」
朔は腰を曲げるひのかの近くにある一度も呑まれていないお酒を見る。
「……酒呑まないのか」
「そういえば、カスペキラさんがラムネが好きって意外でした」
「そういえばって全然関係ないだろ」
朔は自身のお酒を取り星を水面に映す。
 酒に風情はつきものだってコクライが言っていたが案外、その通りかもな。
「この前は一緒にラムネを飲んで今はお酒じゃないですか」
「あぁー、なるほど」
「因みに朔さんは知ってましたか」
「俺が知っている時のカスペキラはお茶が好きだったな。自分で調合したお茶を飲んでよく満足げにしていた」
「じゃあ、私が貰ったあの美味しいお茶ってそうなんですか⁈」
「それも持ってくればよかったな。こうして冬の時期に一緒に星を見たときはそれを飲んでいたからな」
ひのかは曲げた腰を直し酒を見る朔を見る。
「カスペキラさんとどんな話をしていましたか」
「他愛のことないばかりだ。今日の訓練はきつかったとか昨日のコクライはいつにまして機嫌がよかったとか祈りの甘い味付けをどうにか適度なものに変えられないものかとか。まぁ、こうしてここで話している内容と変わりないな」
「へーーー。そうなんですか」
星の水面に微笑むひのかが映る。
「面白い話でもないだろ」
「けど、楽しそうですよ」
朔は瞳をひのかに寄せる。ひのかは自分の瞳が朔の瞳にしっかり映ると笑顔になる。朔はその顔がなんとなくむず痒い気がしてすぐに視線を逸らした。
「…………。」朔は酒を呑む。その姿を見るとひのかもお猪口をとり呑んだ。「極星の場所がどこかわかるか」
お酒の匂いが漂う夜。ひのかと朔は星を見る。
「えーっと……………えーーーっ––––––––––––––––」
自信のない声を漏らしながら指先を夜空に近づける。手は右往左往して星の海を彷徨っている。
「………………。」
朔は道標を知らない手に手を重ね星のはじまりを教える。ずっと星は変わらない。ずっと星は彼の記憶のままそこにある。そして、同様に新たな星の記憶が今日も積み重なる。




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