三節 想いと願いと祈りに満ちた世界で 三

文字数 7,818文字

 鹿が私を見ている。いつの間にか樹海のような自然が繁茂する世界に来ていた。頭上のはるか先まで伸びる木がたくさんある。木の頂上は浅い霧が覆っているせいでぼやけてしかわからない。地上にもそこはかとない浅い霧がある。それが陽光を燦然と輝かせず翳りある厳かな清光にさせている。その光は視界に映る全てを本然に変え緑黄を神秘的にも感じさせまた全貌が掴めない恐ろしさも感じさせる。その中で毅然と鹿が立っていた。その鹿は私をずっと見ていた。大樹の樹皮を思わせる古びた黒い毛。大樹が枝を広げるように横に広く伸びた大きな角は苔がついている。私を遥か遠くから見るような高尚な黒い瞳は荘厳という言葉以外で表現できるものがない。私は彼の前で音を立てることすら大変おこがましく思えてずっとその場に留まっていた。過ぎるまで待とうとずっと待っているが彼は私を見つめ微動しない。だから幼い私は本当に私を見てるのかもと思い恐れながらも声をかけることにした。
「そちらに………参じればよろしいでしょうか」
彼は瞬きをする。それ以外に動きはなかった。偶然が重なったのか肯定したのかわかるはずがない。私は恐る恐る足を一歩踏み出す。彼の全てを注意深く見るが何も変化がない。私は固唾を飲み慎重に歩き出した。
 私が彼の横に並ぶと彼は前を向き歩き出した。近くで見て改めて本当に鹿なんだと訳のわからないことを思う。少し歩くと鏡が反射させたような眩い光が木々を照らしているところに入った。やがて澄んだ空気が鼻を抜けせせらぎが聞こえてくる。私たちは河川に出る。彼は顔を上流に向けるとその方向に歩き始めた。だから私も導かれるように一緒に上流に歩く。一帯を覆う苔むした石は清流の波光に当てられ若竹色に輝いている。光が当たらない苔は仄暗い影の中で幽玄に佇んでいる。騒がしい音がない静寂の道のりなのに蝉の声を聞くような活発な生命力を感じられる。今まで感じたことがなかった自然に対する新たな体感に圧倒されながら歩を進めていく。
 足元が苔に掬われ臀部から思いっきり転倒してしまう。咄嗟に手を後ろに出してある程度の衝撃を抑えたけど
「イッター」
と思わずぼやいてしまうくらいには痛さがあった。足元をよく見ながら体重をかけて苔の石を踏む。幼い私は清流に研がれた大小の石にある緑黄の絨毯は剥がれやすく危険だと学んだ。すぐに転んでいいように手のひらを地面に近づけ及び腰で立ち上がっていく。途中、つま先が苔を剥がし体幹が崩れかけたが膝をすぐに曲げ何とか持ち堪えた。臀部を撫でながらようやく立ち上がる。先に視線をやると大きな石が積み重なる上り道の途中で彼が止まっていた。顔を小川の対岸に向けている。その姿は近寄り難い荘厳な雰囲気が薄れている。初めてあった時は角や雰囲気から雄鹿だと思ったけど深い温情を感じさせる今では牝鹿のようにしか思えない。今度は足元が掬われないように注意深く歩く。なだらかな高低差から落ちる清流の音がとうとうと聞こえる。大きな石が積み重なるちょっとした上り道に差し掛かると姿勢を低くして一際気をつけて歩く。彼女のところにたどり着くが先ほどと変わらない姿勢で静止している。視線の先が気になり私も対岸を見遣る。そこには二頭の子熊と母熊がいた。二頭の子熊は短い四足をスキップするかのように動かして母熊より先に歩きじゃれあっている。母熊は大きな四肢でのそのそと動き子供を視界に映しながら時折、顔を伸ばして周囲を見渡している。その最中で母熊と何度か瞳が合うが私たちを気に留める素振りは一切なかった。そのお陰か私は身の危険を感じることなく微笑ましい光景を眺められている。石が蹄に当たる音が聞こえた。顔を向けると彼女が私を見ていた。だから私は最後に彼女たちを一瞥してまた歩き出した。
 どれくらいか歩くと道は川とやや高低差がある細い道に変わった。私は視界をどこに向けることもなく呆然と清流を見ている。足元からくしゃりと乾燥した音が聞こえる。私は生き物を踏んでしまったと思い慌てて足を引く。
「落ち葉だ……………。」
乾いた冷ややかな風が後ろから吹き抜ける。川沿いにある枯葉がかさかさとどことなく寂しさがある残響しない音をたてどこかにつれさらわれる。ざわつく林冠から生命の活力を感じさせる華やかな赤が落ちている。対岸にある河原は今度は紅い絨毯になっている。紅葉が流れる清流も紅葉の林冠を透かした赤い光に照らされ紅葉に染まっている。私は不意に彼女のことを思い出して前を見る。彼女は立ち止まり対岸の先に顔を向けていた。同じ方向に顔を向けるが人のような形のものが動いていることしかわからなかった。私は急いで彼女に近づき彼女を道の内側にして横に並ぶ。彼女は私に合わせて再び歩いてくれる。対岸にある何かが人だとかろうじてわかるようになるとその人の近くに大きな黒い塊があるのに気づいた。私はすぐにそれがあの母熊だと思った。あかに染まる川が全く別のものに思え不穏を刻む心音に突き動かされる。
「この素体をとりにきたのですか」
「そうだ。この熊が持つ魂魄は素晴らしいものだ」和服を着た男たちの顔が目視で確認できるところで足を止める。一人は杖を持つ老人でもう一人は若い男だ。老人はとても気難しそうで威圧感がある。若い男はそれと真逆でこれといって威圧感はないが恐ろしく軽薄な人間に思える。「中でも魄がいい。これがあれば実験は飛躍的に進むだろう」
「それでここに私を連れてきたのですか」
血を流し息が絶え絶えになっている母熊に鼻を擦る二頭の子熊がいる。若い男の視線が血が流れる川から子熊に移る。感情を感じさせない燻んだ瞳だ。
「待ってください!」
その瞳に焦燥を覚え私は大声で言った。若い男は対岸の高い道にいる私を見上げる。
「何かいるのか」
年老いた男が白い眉を動かし言った。年老いた男は若い男の視線に合わせて見上げるが顔を左右に動かしてずっとその何かを探している。対して若い男は私をしばらく凝視すると視線を遅れて来た彼女に向けた。
「反吐が出る光景です。またあなたたちは同族を創ろうとしていますね」
男の目つきが変わる。底から湧き上がる徹底的な殺意が男の瞳の輪郭を歪ませている。男の姿態が映る小川が瀑布のように四散する。途端に私が立つ道の縁から木の枝が生え上がり男との間に壁を創る。
「やめろ!何がいるかはわからんが余計な手出しをするな!」
年老いた男の怒声が響く。私は木の壁に絡まっていく蔦を訳がわからず見る。さらに先の道の縁に木の壁ができていき私たちと彼らの間には完全な隔たりができる。彼らの声が完全に聞こえなくなり木枯らしが吹き抜ける音だけが残る。私は木の壁に両手をつけ体を前に押し出す。木の壁は要塞のようにかなり強固でびくともしない。蹄が枯葉を踏む音が耳の中で響く。その音はまるで鈴のように透き通った高音で何度も頭の中で直接響いた。頭に滞留するそれは騒音にも近く子熊のことで一杯だった私の頭に無理矢理に意識を割かせる。前を向くとまた彼女が私を見ていた。私は今更ながら彼女が何ものなのかと疑問に思う。私を何に導こうとしているかわからない。だけど幼い私はこのまま本当に彼女についていっていいのかと強く思いはしなかった。私は彼女と深い繋がりがあるとなぜか確信していたからでもあったが先に進めばまた子熊に会える気がした。だからどうしても安否を知りたかった私は再び歩き始めた。
 紅葉が散り落ち葉が多くなる。肌を切るような冷ややかな鋭いが風が何度も過ぎる。生命力に満ち溢れていた樹海の中は死を早期させる老年を思わせる黒に近い深い茶色に変わる。それらは陽光が朽ちた暗い空に馴染むように静かに佇んでいる。そこからそう時間が経たないうちに足元が闇で見えなくなった。寒々とした景色が無音の闇の中で亡霊ように曖昧に浮いて見える。視界ではここは寒いと認識できているけど私の体は寒さに震えていない。それどころか、時間とともに全てが移ろい行く中で私と彼女だけが変化してない。いよいよ私は本当にここが何なのか、本当にここに人間がいていい空間なのか疑わしくも恐ろしくも思う。
「どうぞくをつくる…………。」若い男の口元を思い出しながらなぞりぼやいた。「––––––––––––––私どうやってここに来たんだっけ」
細長い一本の銀色の光が視界を掠める。途端に足が深く沈んだ。驚き顔を足元に下げる。
「ゆき」
口から出た息が白くなる。銀色の線が無数に流れる小川が白い大地を凛然と明るくさせていく。束になったり細くなったりを何度も繰り返す流水の光が映す無数の光を見上げる。細く分類できないほど密接した無数の星々が一つの塊のように空を覆っている。その空に雲はなく変わりに貝殻を擦り潰して撒いたような閃々と輝く靄が浮いている。全ての星が共有し合う夜空の美しさに見惚れ浸る。対岸から雪を踏み鳴らす音が聞こえる。私は彼らが来たと思いすぐに顔を向ける。青みのある白銀の夜に見えたのは猪と二頭のうり坊だった。猪は鼻先を雪に近づけ息を何度も大きく吸っている。うり坊たちは小川に行き水を飲み始めた。鼻先を雪に近づけている猪は顔を上げ少し離れた茂みを見つめ始める。すると暫時も経たない内にやせ細った一頭の子熊が現れた。子熊は犬歯を剥き出しにして涎を雪にだらだらと垂らしている。その姿は威嚇から遠く飢餓の末にようやく見つけた食糧に被りつこうとしているようにしか見えない。猪は隙だらけの子熊と違いうり坊を守るために四肢を雪に押し込み臨戦体勢を整える。自身より小さい衰弱した子熊に高い勝算を導き出したからだろう。子熊は今まで見たことがない被食者の強い目つきたじろぎ顔を下げ右往左往している。子熊の状態は見れば見るほどに酷く全身の毛が水に濡れたかのように細い体にべったり張り付いている。おぼつかない足元が一歩一歩踏むごとに胴体を大きく左右に揺らしている。子熊は一度猪から離れようと背を向けるがどうしても諦めきれずにまた頭部を猪の正面に向ける。まだ大きな運動をしていないのに子熊は対岸でも見えるほどの大きな白い息を吐き出している。生きるために勝てない戦いに挑まなければ子熊と子供を守るために戦う両者が睨み合う。子熊が今までの動きの中で一番素早く動くが瞳で簡単に終えるほどの遅さだ。同じく走り始めた猪は地面を覆う雪を掘り起こすほどの勢いのある走りをする。子熊が前足を上げ猪を爪で引き裂こうとするがその瞬間に猪は突進し子熊の胴体に深く入り込み強い衝突を与える。骨と骨がぶつかる鈍い重音が響き子熊の四肢が地面から離れる。力が拮抗してない戦いは一瞬にして終わった。胴体から叩きつけられるように子熊は雪に落ちる。猪たちは早々と茂みの中に走っていった。
「––––––––––––––」私は子熊に深い同情を覚えてしまう。それは生きるという行為を剥き出しにしているだけに過ぎない自然に対する冒涜なのかもしれない。だけど子熊の人生は身勝手な私にとっては悲壮なものに思えて他ならない。「私がお墓を造ることは赦されますか」
対岸にいる子熊を見つめる彼女は何も言わず何も動かない。一粒の雪が星々を余すことなく映す小川に落ちる。その雪は初めから存在しなかったかのように一瞬にしてなくなった。重力に逆らうように雪が遅く静かに落ち始める。寂幕が夜を覆う中で細切れた些細な音が聞こえ始める。あの子熊がふらふらと立ち上がった音だった。蠅のように体にしがみつく雪を落とす体力すらない彼は足を引き摺りながら歩き始める。頭上で輝く無数の星が一頭の子熊の道を照らしている。堪え難い苦しみが星明かりの下で鮮明に私の瞳に映る。暗闇が勝る夜だったら私はこの道のりに美しさも哀しさも感じなかったに違いない。彼女が私を見つめている。まだ私は彼女が定めるどこかに着いてないようだ。絶え間なく繋がる小川の横をまた歩き始める。次はもうないような気がする。
 ずっと私たちを照らしていた星の瞬きがなくなる。ずっと見ていた対岸の子熊の姿が見えなくなる。どことなくこの暗闇が長いような気がする。いつも小川があった場所に顔を向ける。何も見えなければ何も聞こえないのに小川は変わらずそこにあり続けているとなぜかわかる。今までで一番暗い闇は本当に五感で感じられる全てがない。私という存在すらないものに感じられるほどに体と闇の境界線がわからなくなる。やがて歩いているのに歩いている事実すらわからなくなる。
 暗闇は全てを見えなくする。だから全てのものが同質化する。それは全てのものが全になることだ。光は全てを見えるようにする。だから全てが別れる。そしてそれが全てを一にさせる。
おばあちゃんが私によく言うことの一つだ。何を言っているか一ミリも理解できないけどなぜか今はそれが何となくわかる気がする。
 あなたはいつか一人では有り余る過分な力を持つことになるでしょう。だからあなたは全てのことが悪や善に別れないことを知らなければなりません。一の流れを知りそれが起こすあらゆる事象と向き合うのです。悪や善は複雑に絡み合うそれらを短絡化させた暴力でしかない。あなたがそれを使うようになれば多くの犠牲が生まれます。だからいいですか、ひのかぐ。一を見るときはいつでもそれに繋がる全を見なさい。決して目の前にある事柄だけを見ることはしてはいけません。
それを言うおばあちゃんの熱心な顔がふと蘇る。おばあちゃんがいつも握ってくれる両手から温もりを感じる。焚き火のような温暖な光が暗闇を照らし始める。瞳は暗闇に慣れたはずなのにその光に鋭い痛みを感じない。光の源から大樹が見え始める。鳥の囀る声が空から聞こえる。闇が晴れていき周囲の景色は瑞々しい青が繁茂する光景に変わっていく。春風が過ぎると花の匂いが大樹の木漏れ日に溶けて消えた。降り注ぐ春光は地上にいる私たちを撫でるように優しくあたためている。波光する小川をたどり顔を先に上げていく。先に視線を送れば送るほどに幅は小さくなりやがて跨ぐだけで対岸に行けるほどの幅になる。そして視線は大樹で止まった。大樹の正面の幹はくり抜かれたかのように空洞になっている。その中は今まで見たどの炎よりも清気を放つ灯火がある。しかもそこから小川の源泉が流れているように見える。私は周囲を見渡し彼女がどこにいるか探す。ずっと一緒にいた彼女の姿は見当たらなかったが大樹の近くで草に覆われた白い塊が見えた。私は小川を飛び越える。私がここに辿り着くずっと前からあの子熊はここに着き旅を終えていた。最期にこの暖かい春を感じることができただろうか。飢えと悲しみの中で苦心して死んでしまったのか。私は膝をつき祈りが通じることを心底願い合掌する。この樹海の世界の一部に還る私と同じ小さな命が安らかに眠れるように。この世界で生まれたことをほんの少しでもよかったと思えるように。肉体から解放された魂に祈る。
 どうか–––––––––––––安らかに。









 
 瞳を開け木漏れ日に照らされる彼を見る。苔がかかった頭蓋骨の瞳から一輪の花が咲いている。凪いだ風が樹冠を淡く揺らし木漏れ日の光と影を鮮やかにも暗くもさせる。私は立ち上がり命の源泉に向かう。地中が盛り上がるほどの大きな根の上を歩き私よりはるかに大きい大樹の幹の中に入る。灯火は本当に源泉の上で燃えていた。一見してどういう状態か全くわかなかったけどよく見てもよくわからないことに違いはなかった。淡黄色の輝きが満ちる幹の中は明度に反して全く熱くない。感じたことのない尊いもののようで近いような心臓に溶け合うようなおかしい温度を感じさせる。この感覚に見合う言葉があるとすれば魂の温度と言う以外にしっくりくるものがない。私はその輝かしい灯火に引き込まれるように手を伸ばす。指先が光の渦に近づくほどにそれは私が分類できる何かではないと確信していく。だけど恐ろしさはなく、それどころか意識がそれに混じり合っていくようなおかしな感覚が強くなる。それに違和感はなくむしろ欠けていた何かが埋まっていき肉体から解放される全能感が芽生えていく。私の指先が光の源流に触れる––––––––––
「魅了されてはいけない」直前に手首を掴まれた。すると一気に意識が体に戻るような感覚に襲われる。自身の体が鎖のように重く自分を強引に押さえつけているような感覚が芽生える。「それはあなたをあなたではなくする」
私はぎこちなく顔を動かし声の主を見る。和服を着た長い髪の濡羽色の女性が立っている。見た目は十代半ばくらいにしか見えないけど妙な………物静かな深い雰囲気がある。何より一際目立ったのは逢魔時に見かるような黄金の瞳だ。その片目だけがなぜかこの灯火に似た荘厳な光がある。
「……………………………」
今まで見たどの人間にも類似しない女性をついまじまじと見てしまう。少女は顔を小川の方角に向ける。深い宵にみられる純然な黒髪が僅かに揺れる。私はとても美しいその髪に心が奪われてしまう。
「あなた様が愛する彼女は人間としての彼女です。もしあなた様が彼女が変わることを強く望まれているとしても時期はまだ早いと具申いたします」
 –––––––––––––––––––––
「–––––––––––––––––」
 –––––––––––––––––––
「理解していただいてよかった」彼女はそう呟くと私に顔を向けた。薄い栗色の瞳と先ほどよりなぜか輝いてない黄色の瞳が私の眼に重なる。彼女の瞳も髪と同じくらい魅力的だ。「ひのかぐさん」
唇が見慣れた動きをしてさらに聞き慣れた言葉を出した。
「は………はい!」
私は驚き両肩をあげる。
「もうここには来ないように封術を施します」私が口を開くと同時に彼女の人差し指と中指が胸元に触れる。「これからは奥に入らないように瞑想してください」


 –––––––ひのかぐ–––––––––––。



 ひのかぐ–––––––!




 「違うの!寝てたわけじゃないから‼︎」
叔母の大きな声が脳内で鮮明に聞こえひのかが飛び起きる。微睡む重い瞳を必死に開け広角から垂れる涎を手の甲で拭う。顔を機敏に動かし周囲を見渡すが叔母は見当たらない。
「うん?…………………………」涎を拭いた手が持つ携帯を見る。「………………あ、そうだ。えっと、…………えっと………………………ふりーダさんに………返信して眠たくなって……………………あ」
ひのかは勢いよく立ち上がり襖を開け洗面所に足速に向かう。顔を下げ汗ばんでない半袖を見ながら髪の毛の根元に手を入れる。
 えっとお風呂に入ったのは確かで………そこから連絡して––––––––––。
洗面所に入り手で乾燥しかけている涎を落とす。そして奥にある洗濯機に向かう。蓋を上げると中身はネットに入った自分の下着だけだった。ひのかが手に取ったそれはご丁寧に乾燥機をかけられていた。
「やばい。一緒に干すのが決まりなのに。しかもこうして気を使われている」ひのかは光が満ちる窓を開け身を乗り出し自分達の部屋に繋がるベランダを見る。晴れた空の光を全身で浴びる洗濯物が並んでいる。
 あの一番手前にある服、絶対に私のだ。
「今回は私が悪いけど…………でも………」窓辺に顔をうつ伏せる。「いつもそうして一人でやろうとする」
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