第26話
文字数 2,356文字
「そう堅苦しくなるな。まあ、すわれ」
「いえ、そんな……」
「おれは小隊長だが、おまえの上官ではないからな。気楽にしてくれ」
「はい。ありがとうございます」
コルトは遠慮がちに椅子に腰かける。
「では、聞かせてくれ。この前の夜の話だ。あのとき、じっさいに、おまえは何を見たんだ?」
「あのときのことですか……」
「悪いな。つらいだろうが」
「いえ……事件のことを調べていらっしゃるんですよね。話します。あのとき、小隊長が来てくださらなければ、私もヘイスのようになっていました。感謝しています」
コルトの表情が暗いのには、わけがあった。
「ヘイスは私の幼なじみでした。かならず、そろって故郷へ帰ると……約束していたのに……」
つい二旬前のことだ。どうしても湿っぽくなる。
「友人だったのか」
「はい。いいヤツでした」
コルトがとつぜん、両眼からポロポロ涙をこぼした。
「おれをかばって死んだんです! あれが最初にねらってきたのは、おれでした。おれは立ちすくんで、動けなくて……ヘイスがつきとばしてくれたんです。そのとき、ヘイスの首をあいつがつかんで——」
ワレスは対処に困ってしまった。
少し前のワレスならバカにしただろう。だが、今はそんな気持ちになれない。
ワレスがハシェドを亡くしたら、こんなていどではすまないだろう。正気をたもっていられるかどうかさえ自信がない。
しばらくすると、コルトは自分から言いだした。
「すみません。砦の兵士にあるまじき行為でした」
あきらかにムリをしている。
正規隊のふんいきなのだろうか?
友の死を泣くことも、ゆるされないような?
コルトは今ここで初めて泣いたのかもしれない。
「泣きたいときには泣くものだ。部屋で泣けないなら、ここで泣け」
「……はい」
ワレスはコルトの気がすむまで泣かせてやった。泣き声もおさまって、もういいだろうというころに、コルトの前にハンカチをなげてやる。
コルトはワレスのハンカチで、くしゃくしゃの顔をふいた。
「申しわけありませんでした。もう大丈夫です。それで、私に聞きたいこととはなんでしょうか?」
ワレスは先日の夜のことを脳裏に思い描きながらたずねる。
「あの夜、おまえが見た女の姿をくわしく教えてくれ」
コルトはいぶかしく思ったようだが、素直に語りだした。
「はい。黒髪の化粧の濃い女です。まぶたを緑色にぬって、赤い上着で……あまり似ているので、おかしく思ったのです。ここにいるはずのない女でしたので……」
ハシェドが口をはさむ。
「隊長のごらんになった女性と異なりますね」
「ああ。そうだろうと思った」と、答えておいて、ワレスはコルトにむきなおる。
「その女は、おまえの知っている女だな?」
コルトはほんのり赤くなった。
「故郷の酒場の女です。美人だったんですよ。親の目を盗んで、ヘイスと二人でよく飲みに行きました。ぜんぜん相手にはされなかったんですが」
ワレスはジェイムズと二人で
いったい、何から、あんな話になったんだか。
友達なんだから君が危険なときには必ず助けるというジェイムズに、ワレスはいつものように意地を張った。
「そんなの女ができるまでのことだ。友情は恋の前では、もろいんだ。女とおれが同時に危険にあっていれば、おまえは迷わず女を助けに行く」と。
すると、ジェイムズはこう答えた。
「なら、最初に恋人を助けに行く。そのかわり私の助けがまにあわずに君が死んでしまっていたら、そのときには潔く自決する」
君のために死ぬと、ジェイムズは言った。
話の流れから出た言葉のあやだったのかもしれないが。
きっと、あんなことを言ったことじたい、ジェイムズはもう忘れてしまっているだろう。
ワレスはため息をつき、現在の会話にもどる。
「二人で見たから、そうなったのかな」
「はあ?」
「いや、わかった。ありがとう。もしも、何か思いだしたことがあれば、東の内塔五階、一号室のおれの部屋まで来てくれ」
「ハンカチ、返しにあがります」
「そんなものはいい」
「失礼します!」
少しスッキリした顔で、コルトは去っていった。
ハシェドがつぶやく。
「ヘイスはコルトにとって、親友だったんですね」
ハシェドも思ったのだろうか?
ワレスがハシェドよりさきに死ぬときのことを?
ハシェドの前からいなくなるときのことを?
「ハシェド……」
ワレスが口をひらいたときだ。
文書室の扉がひらき、ギデオンが入ってくる。数名の兵士をしたがえていた。
その物々しいようすに、一瞬でワレスは悟った。
「ハシェド」
逃げろ、と言おうとした。
しかし、そんな場所はない。
ハシェドはワレスを押さえるように、みずから一歩、前に出た。
「いい覚悟だな」
ギデオンがハシェドの姿を、上から下までなめるようにながめる。
「さきほど、おれのところに情報が入った。砦に皇都で捜索中の、ブラゴール皇族の血をひく男がいるというのだ。その男はブラゴール皇族だけが身につけられる砂銀石の耳飾りをしているという。おまえに違いないな?」
ハシェドはまっすぐ、ギデオンを見た。
「まちがいありません」
「捕らえろ」
兵士がハシェドをかこむ。
ハシェドはおとなしく彼らに従った。
そして、思いだしたように、自分の肩から分隊長の青いマントをはずした。ワレスに手渡してくる。
「これをあなたから、次の分隊長に渡してください。だましていて、すみませんでした」
そう告げるハシェドの耳元で、銀の耳飾りがゆれる。紙よりもかるく、世界中のどの鉱石より固いと言われる希少石の一種、砂銀石だ。
「ハシェド……」
呼びとめようとしたが、何を言っていいかわからなかった。
ハシェドは微笑して、ギデオンにつれられていった。