第18話
文字数 2,707文字
ハシェドは指名の男二人を、順番待ちの列からひっぱりだした。
「隊長。つれてきました」
ハシェドが
ワレスは自分の剣を、すらりとぬいた。
「かるく手あわせして、よければ、おれの隊に入れよう」
こういうとき、隊長が目利きだと助かる。
二人の男はワレスのめがねにかなって、入隊の運びになった。広間にいるギデオン中隊長のもとへつれていく。
「今回は少ないな。二人か」というギデオンに、ワレスは事務的に応える。
「はい。前庭の変死事件が落着しましてからは、死亡者が激減しましたので」
「おまえのつれてくる男は、そつがなさすぎる。つまらん」
「それは私が隊に有益な人材をとってくるというお褒めの言葉でしょうか? 中隊長殿」
「そう思いたければ、そう思っていればいい」
「エミールみたいな
とんでもない
傭兵は、私はいりませんよ」「だが、楽しめただろう?」
ギデオンとワレスの仲はあいかわらずだ。
そばで見ているハシェドからは、仲がいいのか悪いのか、気があうのか、あわないのか、今一つわからない。
気があいすぎて反発するのではないかと思えるふしもある。証拠に、二人でこなす作業は、ほかの隊の隊長たちよりスムーズだ。
「書類の記入をおこなう。代表して小隊長が答えるように。一人めから。名は?」
「ダンテ」
「出身は?」
「レセキア」
「年齢」
「二十四」
「配属さきは?」
「アビウス分隊」
「紹介状」
「ありません」
「よし。次」
みるまに二人ぶんの書類を作ってしまう。
「書類は大隊長へまわす。つれていけ。ワレス小隊長」
ギデオンの許可が出た。
いつもなら、そこで逃げだしてしまうワレスだが、この日は違っていた。
「お忙しいところ申しわけありません。中隊長殿は、サムウェイという小隊長をご存知ですか? 同じ第四大隊なのですが」
ギデオンはワレスから自分に話しかけてくることが嬉しいのだろう。書類をまとめる手を休め、深いエメラルド色の双眸を、まっすぐワレスにむける。
アプローチの方法はアレだが、ハシェドの見たところ、ギデオンのワレスへの恋は本物だ。ふられどおしで悔しいので、ワレスの体にしか興味がないふりをしている、というのが、ギデオンの本音ではないかと思う。
砦には男しかいないから、しかたなく同性を女の代用として求める兵士は多い。が、ギデオンはもともと砦に来る前から、男にしか愛情を感じないタイプのようだ。
金髪が好みだとウワサに聞いた。ワレスには、ほとんど一目惚れではないだろうか。
「サムウェイか。正規兵にそんなやつがいたな。なぜだ?」
ワレス本人はギデオンの気持ちを感じているのか、いないのか。態度は、そっけない。
「サムウェイ自身にではないのですが、彼のもとのコルトという男に用があるのです。くわしい所属を知りたいのですが」
「また事件か? おまえはイヤに鼻がきくからな。番犬にふさわしい」
「兵士など、すべからく番犬みたいなものでしょう」
「だから、ふさわしいと言っている」
「……番犬は番犬らしく働いておりますので、中隊長殿にも、なにとぞご支援いただけますように」
「おれに借りを作りたくないらしいな。仕事ということにしておきたいのか? まあいい。コルトのことは調べてやる」
「お願いいたします」
一礼して、ワレスはギデオンの前を辞去する。
広間のすみで待っていた分隊長たちに、新参の二人を渡すと、ハシェドはため息をついた。
「隊長が中隊長と話しているのを聞くと、いつもヒヤヒヤしますよ」
「おれもヤツの前に出るまでは、今日こそは我慢しておこうと思うのだがな。どうも、あの顔はダメだ。生理的に好かん」
ぐっとこぶしをにぎりしめて、ワレスは不愉快げに顔をしかめた。
これだから、ハシェドはワレスが同性愛者を毛嫌いしているのだと思ったのだ。が、単にギデオンの人柄が性分にあわないというだけのことだったらしい。
たぶん、同族嫌悪というやつだ。自分に似ているところが嫌いなのだろう。
たしかに、ハシェドが見ても、ワレスとギデオンは、性格的に似たところがある。
ハシェドはワレスとともに広間をあとにした。そのまま、前庭にむかう。歩きながら、ワレスが話しかけてきた。
「ところで、ナジェルは砦を辞めるようなことを言ってなかったか?」
「それなんですが……」
ハシェドは今朝、ナジェルと会ったときのことを思いだす。
どの隊でも、たいていそうだが、第一とつく隊の隊長はその上の隊長の補佐官をになっている。たとえば、小隊長のワレスの下の第一分隊の隊長である、ハシェドのように。
なので、輸送隊が到着すると伝達を受けたハシェドは、補充人員の確認のため、各分隊の部屋をおとずれた。
ナジェルはハシェドの隊のブラゴール人なのだが、部屋のなかにいなかった。
「ホルズ。ドータス。おはよう。ナジェルを知らないか?」
同室のホルズたちに聞いたが、答えはこうだ。
「ナジェルなら、さっき出てったな」
「どこへ?」
「さあ? アブンハザールとブラゴール語でしゃべってたからな」
ブラゴール語がわかる者は、砦にもそうはいない。たまたま、この隊は、ハシェドやワレスが話せるので、ほかの隊よりブラゴール人が多い。が、それでも四人。百人のなかの四人だ。ブラゴール人はどうしても孤立してしまう。
「そうか。探してみるよ。今日は輸送隊が来るぞ。みんな、そろそろ起きて仕度しとくといい」
「よっしゃ! 来るか」
三段ベッドから傭兵たちがとびおきてくる。
魔物の住む森にかこまれた砦では、輸送隊だけが月に二度の一大イベントだ。寝坊の傭兵も、にわかに活気づいた。
しかし、こんなに朝早く、ナジェルはどこへ行ったのだろう——と思っていると、第四分隊の部屋にいた。四人のブラゴール人が集まって、なにやら話している。
「おはよう」
ハシェドが話しかけると、急にあわてた。
「や、やあ。分隊長。おはよう」
「輸送隊が来るから確認したいんだ。ナジェルはこの前、国に帰ろうかって言ってただろ?」
白いターバンを頭にまいたナジェルが、困ったような顔になった。
「そのつもりだったんだが、どうしようかな。分隊長」
ナジェルはハシェドより五つ六つ年上だが、位もハシェドが上で砦の先輩でもあるので、ここではハシェドを頼るクセがある。
「じつは迷ってるんだよ。今、誘われて——」
言いかけるナジェルを、他の三人がひきとめる。
「バカ。よせ」
「分隊長には関係ない」
「分隊長はブラゴール人じゃないんだぜ」
おそらく、とっさに出た彼らの本音だった。
その言葉は、ハシェドの胸に刺さった。