第29話
文字数 2,107文字
しばしば、ロンドがワレスのことを、魔術師むきの体というのはそのことだろうか?
魔物と同類なのではなく、魔物に対抗するための力だった。
そう思えば、ほっとする。
(なるほど。おれは先祖返りか。今はめずらしいが、過去にはよくあるものだった。魔物の親戚というわけではない)
闇のなかでは
ミラーアイズ……。
あるいは、この目のせいで、愛する人が死んでしまうという不吉な運命がついてまわっているのかと思っていたが、先祖返りなら、それはまた別の要因なのだろうか?
なんにせよ、少しは肩の荷がおりた気がした。
「安堵したような顔をしているな。小隊長」と伯爵に言われ、ワレスはうなずいた。
「はっ。他人にない力を持つことは、決して気持ちのよいことではありません」
「さもあろう。しかし、その力は砦では有用だ。だからこそ、砦の危地において、眠っていた先祖の力がよみがえったのではないか? その力を見こんで、そなたに頼みがある」
ワレスは沈黙した。
いつか、そんなことになるのではないかと思っていた。
人に見えないものが見えるなどというウワサが立ったとき。
この力のせいで、いらない危険にまきこまれるのではないかと。
ワレスの返事を聞くまでもなく、伯爵は要件を切りだす。そもそも城主の命令を、一介の兵士が断ることなんてできない。しょせん、身分が違う。
「現在、正規隊のあいだで起こっている事件を知っているか? 小隊長。女の霊が兵士を壁にひきずりこむというのだが」
「存じております」
「ならば、話が早い。紹介が遅れたが、こちらは森林警備隊のジアン中隊長だ」と、かたわらの森林警備隊の制服を着た男を示し、
「ジアン中隊長の話によると、これと同じ事件が、森林警備隊のあいだでも多発しているそうだ。ことに国境近くを巡回しているときに多いのだとか。その件につき、砦に援助の要請をしに参じたのだ」
四十歳前後の黒髪の男。あごのさきのヒゲをえらそうに三角に伸ばしている。だが、目元はおだやかだ。
「伯爵閣下からお話があったように、この事件に我々は、ほとほと手を焼いている。魔物になれた砦の兵の意見を聞きたく、はせ参じたしだい。貴殿はひじょうに優秀な戦士だそうだな。ぜひ、力になってほしい」
ジアン中隊長は丁寧な口調で
砦の兵士は最前線を死守するものであり、森林警備隊は砦を突破してきたものを後衛で討つ。
おたがいに砦が上、森林警備隊が下という認識があるので、位は中隊長とジアンが上でも、感覚的には小隊長のワレスと同格だ。
ふつうのときなら、もちろん、ワレスは断った。最終的には引き受けざるを得なくなったとしても、快諾はしなかった。
砦のなかのことだけで手いっぱいなのに、なぜ、外のことにまで首をつっこまなければならないのか。
だが——
(身分……か)
ワレスはこれまで、貴い命とそうでない命があることに悩まされてきた。
貴族というだけで豪奢な城に住み、何百という人間にかしずかれ、うまいものをたらふく食い、飢えなど知るはずもない。その味に飽きたといってはすてる。
飽食と美食。
一生涯、息をしているだけで手に入る財産。
その贅沢に気づきもせずに退屈を嘆き、ヒマつぶしの刹那的な恋をする。
そういう人種を憎み、うらやんできた。
彼らのような人間がいる一方で、なぜ、たった三つで餓死するワレスの妹のような子どもが存在するのか。
ルーシサスを殺すことになったのは、そのせいだ。
貴族の息子として、何不自由なく育ったルーシサスが憎かった。
愛していたのに、憎まなければならなかった。
そして、ルーシサスを殺し、そのことを悔やんで、ずっと現実から逃避していた。
しかし、ハシェドは皇族の子でさえなければ、死ぬ必要などなかった。貴い血が、彼を殺すのだ。
「最初に断っておきますが、私の目の特殊な力は、いつも使えるわけではない。必ずしも事件を解決できると断定はできません」
「かまわん。できるだけのことをしてくれさえすればいいのだ。なんなら魔術師をつけよう。ヤツらは気まぐれだが役には立つ」
「しかし、通常任務がありますれば……」
「むろん、通常任務は免除しよう」
「私の部下を使いたいのですが、任務の穴埋めをしていただけますでしょうか?」
「正規兵をまわそう」
よほどワレスに受諾してほしいのか、伯爵はなんでも条件をのんでくる。若いので駆け引きがヘタなのだ。
しかし、ここまでは前哨戦だ。ワレスは城主の足元を見て、狙いの言葉を放った。
「一つ……いや、二つ、条件があります」
「うむ。なんだ? なんでも申すがよい」
「一つは私がこの件を解決するまで、ハシェドを皇都に送らないことを確約していただきたい。二つめは、ハシェドに会わせていただきたい。彼の口から、どうしても真実を聞きたいのです」
伯爵が口をひらこうとすると、手ぶりで制し、ガロー男爵が問いかけてきた。
「なぜ、そこまで彼のことを? 彼には間諜の疑惑がある。たとえ、もと上官とはいえ、むやみと人と話させることはできない」