第52話
文字数 1,829文字
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それから、また半日、馬を走らせた。
夕刻ごろ、丸太を組んだ小屋みたいな城があらわれた。
ボイクドの砦を築城するにあたって、カンタサーラ城から資材の運搬や人足の拠点となった、仮の城だ。
場所はボイクド砦とカンタサーラの中間に位置する。
「今夜は、ここで一泊しましょう。夜どおし走れば、真夜中にはカンタサーラにつくが、なれた我々でも夜の森を走るのは危険だ」と、ジアン中隊長が言うので、ここで夜を明かすことになった。
ワレスは丸太の城をものめずらしくながめる。
「ボイクド砦が築五百年というから、ここも同じくらいの経年のはずだが、そのわりに、しっかりしていますね。木造ならとっくに朽ちていて不思議じゃないのに」
「むろん、森林警備隊がたびたび大規模な補修をしています。数日かけて森をめぐる我々には、こういう中継地点はかかせないので」
「たしかに、いくら国内の森でも野宿はありがたくない」
ワレスが入隊希望者として、輸送隊について砦にむかっていたときにも、一泊したおぼえがある。
あのときには例のごとく、見るものことごとく憂鬱 の種だったが、あらためて見れば、丸太の城というのもロマンチックだ。城の背後には、暮れかけた空に満天の星が見える。
「恋人と来たくなる城だ」
ワレスがつぶやくと、ジアン中隊長は笑った。
「私も若いころ、ここに恋人をつれてきたことがある。今の家内だが、カンタサーラで女官をしておりましてね。いやはや、あのころはよかった」
さもあろう。ここでなら、二人の愛は急速に深まる。
丸太の城は小さな二階建てだ。
輸送隊と来たときは、とても全員が入れないので、ワレスたち入隊希望者や輸送隊についてくる商人などの民間人は、石垣に守られた庭で休んだ。
今回は少数なので、一階の十部屋ほどにわかれて眠ることになった。一室ずつの造りは広く、木製の二段ベッドがならべて置かれている。
ワレスはホルズ、ドータスと三人だけで一室を使った。
夕食のあと、しばらくカードなどしていたが、すぐに飽きてしまった。
「降参。降参。おれの負けだ」と、てきとうなところで打ちきる。
「えっへっへ。悪いな。隊長。勝負は時の運ってね」
運なものか。部下のおまえたちから金をとってもおもしろくないから、てかげんしてやったんだ。おれが本気を出せば……。
なにしろ育ちがよろしくないので、いかさま賭博などお手のものだ。しかし、もちろん、その考えは心の内にとどめる。
「明日も早い。今夜はもう寝るぞ」
「へーい」
「へへへ」
勝っているので、かんたんにひきさがってくれる。
ホルズたちが眠るのを待って、ワレスは部屋をぬけだした。廊下には交代で森林警備隊が見張りに立っている。
「ワレス小隊長。どちらへ行かれるのですか?」
たずねてくるので、
「ご苦労。水を飲みに。すぐ帰る」と、ごまかした。
ほんとうは部屋割りのときに目をつけておいたのだ。
ワレスはその部屋に忍びこんだ。
寝台の一つ一つをのぞきこんで顔をたしかめる。目的の人を見つけると、そっと手をかけて、ゆりおこした。
「……アーチ。アーチネス」
アーチネスは寝ぼけた声を出して起きてきた。
「悪いな。水が飲みたいんだ。井戸まで案内してくれないか?」
疑うことを知らないのか、寝起きで理解してないのか、むにゃむにゃ言ってベッドから起きあがってくる。
「こちらです」
部屋を出て、廊下を通り、石垣にかこまれた庭にやってくる。じつは以前に来たときに知っておぼえている井戸のほうへ、アーチネスは歩いていこうとする。
千年樹の果実をつんで、ワレスにさしだしたとき、からげた衣服のすそからのぞいた大理石のような白い足を思いだす。
なにより、彼の黒髪がハシェドのような波のこまかな巻毛であることがよかった。
(可愛いな。男ずれしたカナリーやエミールと違って)
考えつつ、
「星がキレイだな」
ワレスが言うと、アーチネスはつられて空を見あげる。
そのすきに、両手で抱きすくめた。
「え——何?」
「今度は、おまえの果実を食べさせてくれないか?」
「イヤ——」
イヤだ、とは言わせない。
強引にくちづけて、唇をふさいでしまう。
丸太の壁に押しつけて、接吻をくりかえしていると、ワレスの甘い気持ちがうつったようだ。アーチネスは彼の瑞々しい果実を、ワレスにゆるしてくれた。
「あ……あなたが、こんなことをするなんて……」
上気した頰に、うるんだ瞳。
歓喜したくせに、アーチネスの目には涙が光っていた。
それから、また半日、馬を走らせた。
夕刻ごろ、丸太を組んだ小屋みたいな城があらわれた。
ボイクドの砦を築城するにあたって、カンタサーラ城から資材の運搬や人足の拠点となった、仮の城だ。
場所はボイクド砦とカンタサーラの中間に位置する。
「今夜は、ここで一泊しましょう。夜どおし走れば、真夜中にはカンタサーラにつくが、なれた我々でも夜の森を走るのは危険だ」と、ジアン中隊長が言うので、ここで夜を明かすことになった。
ワレスは丸太の城をものめずらしくながめる。
「ボイクド砦が築五百年というから、ここも同じくらいの経年のはずだが、そのわりに、しっかりしていますね。木造ならとっくに朽ちていて不思議じゃないのに」
「むろん、森林警備隊がたびたび大規模な補修をしています。数日かけて森をめぐる我々には、こういう中継地点はかかせないので」
「たしかに、いくら国内の森でも野宿はありがたくない」
ワレスが入隊希望者として、輸送隊について砦にむかっていたときにも、一泊したおぼえがある。
あのときには例のごとく、見るものことごとく
「恋人と来たくなる城だ」
ワレスがつぶやくと、ジアン中隊長は笑った。
「私も若いころ、ここに恋人をつれてきたことがある。今の家内だが、カンタサーラで女官をしておりましてね。いやはや、あのころはよかった」
さもあろう。ここでなら、二人の愛は急速に深まる。
丸太の城は小さな二階建てだ。
輸送隊と来たときは、とても全員が入れないので、ワレスたち入隊希望者や輸送隊についてくる商人などの民間人は、石垣に守られた庭で休んだ。
今回は少数なので、一階の十部屋ほどにわかれて眠ることになった。一室ずつの造りは広く、木製の二段ベッドがならべて置かれている。
ワレスはホルズ、ドータスと三人だけで一室を使った。
夕食のあと、しばらくカードなどしていたが、すぐに飽きてしまった。
「降参。降参。おれの負けだ」と、てきとうなところで打ちきる。
「えっへっへ。悪いな。隊長。勝負は時の運ってね」
運なものか。部下のおまえたちから金をとってもおもしろくないから、てかげんしてやったんだ。おれが本気を出せば……。
なにしろ育ちがよろしくないので、いかさま賭博などお手のものだ。しかし、もちろん、その考えは心の内にとどめる。
「明日も早い。今夜はもう寝るぞ」
「へーい」
「へへへ」
勝っているので、かんたんにひきさがってくれる。
ホルズたちが眠るのを待って、ワレスは部屋をぬけだした。廊下には交代で森林警備隊が見張りに立っている。
「ワレス小隊長。どちらへ行かれるのですか?」
たずねてくるので、
「ご苦労。水を飲みに。すぐ帰る」と、ごまかした。
ほんとうは部屋割りのときに目をつけておいたのだ。
ワレスはその部屋に忍びこんだ。
寝台の一つ一つをのぞきこんで顔をたしかめる。目的の人を見つけると、そっと手をかけて、ゆりおこした。
「……アーチ。アーチネス」
アーチネスは寝ぼけた声を出して起きてきた。
「悪いな。水が飲みたいんだ。井戸まで案内してくれないか?」
疑うことを知らないのか、寝起きで理解してないのか、むにゃむにゃ言ってベッドから起きあがってくる。
「こちらです」
部屋を出て、廊下を通り、石垣にかこまれた庭にやってくる。じつは以前に来たときに知っておぼえている井戸のほうへ、アーチネスは歩いていこうとする。
千年樹の果実をつんで、ワレスにさしだしたとき、からげた衣服のすそからのぞいた大理石のような白い足を思いだす。
なにより、彼の黒髪がハシェドのような波のこまかな巻毛であることがよかった。
(可愛いな。男ずれしたカナリーやエミールと違って)
考えつつ、
「星がキレイだな」
ワレスが言うと、アーチネスはつられて空を見あげる。
そのすきに、両手で抱きすくめた。
「え——何?」
「今度は、おまえの果実を食べさせてくれないか?」
「イヤ——」
イヤだ、とは言わせない。
強引にくちづけて、唇をふさいでしまう。
丸太の壁に押しつけて、接吻をくりかえしていると、ワレスの甘い気持ちがうつったようだ。アーチネスは彼の瑞々しい果実を、ワレスにゆるしてくれた。
「あ……あなたが、こんなことをするなんて……」
上気した頰に、うるんだ瞳。
歓喜したくせに、アーチネスの目には涙が光っていた。