第48話

文字数 2,292文字


 ワレスは嘆息する。

(あの、バカ……)

 そうじゃないかと思っていた。

「……その話は真実だ。密告書はブラゴール語で書かれていた。ブラゴール人でも平民は書けないというブラゴール語でだ。もしも、ユイラ人の仕業なら、ユイラ語で書くよ。そのほうが匿名性が高い。
 なのに、ブラゴール語で来たということは、その手紙を書いた人物は、ブラゴール語しか書けなかった。皇子の子として英才教育を受けているクオリルなら、ユイラ語も書けるだろう。ハシェドはブラゴール語しか書けない」

 ハシェドはみずから望んで捕まったのだ。
 ハシェドだって、おそらく、クオリルが嘘をついていることは知っていたはずだ。
 いくらなんでも、いっしょに暮らしていれば、母のまわりに別の男のかげがあれば気づくだろう。ましてや、相手がブラゴール人なら、ハシェドの記憶に残らないわけがない。

 クオリルが嘘をついていることを承知の上で、彼をかばうことに決めた。
 それは、いったい、なぜ……?

 ワレスは苦い思いをかみしめた。やはり、自分はハシェドの望まないことをしている。

(でも、おれは、おまえに生きていてほしいんだ)

 それは、ワレスのワガママなのだろうか?

 ワレスは言う。
 たとえ我欲であったとしても、ハシェドを救うために、今すべきことを。

「ナジェルが伯爵に今の話をしてくれれば、ハシェドは死ななくてすむ。どうだ? 証言してくれるか?」

 ナジェルは考えこんでしまった。

「それは……」
「なぜ? ここまで内情を知っていて、まだクオリルに加担するのか?」

「そうじゃない。おれが今、そんなこと言いだしたら、砦じゅうのブラゴール人に何をされるか。それこそ、私刑だ。若いやつらは、王宮近衛兵士になるんだって血気走ってるからな」

「そうか。たしかに、こういうことは必ず、どこかから話の出所がバレてしまうものだ。大切な証人であるおまえを危険にさらすわけにはいかない」

 ワレスの口からブラゴール人たちに事の真相を説明したとしても、ユイラ人の言うことなんて信じないだろう。ワレスがハシェドのために作り話をしているとしか思ってもらえないに違いない。

 では、どういう手に出るべきか……?

 思案しているところに、外から扉がたたかれた。
 アダムの声が来客を告げる。

「小隊長。ジアン中隊長が話があるってさ」
「入ってもらってくれ」

 扉がひらき、ジアン中隊長が入ってきた。

「忙しそうですな。例の件ですか?」
「まあ、そんなこところです。あなたにも会いにいかなければと、ちょうど思っていました」
「じつは私は今から、カンタサーラ城へ帰るのです。あなたには、ひとこと言っておこうと。ヘリオン伯爵に報告しなければならないので」

 ワレスは少しのあいだ考えた。
 頰づえをつくと、ゆたかなブロンドが卓上にこぼれる。純金の波のように、うずまいて輝く。
 見るともなく、ワレスは視界に入るうずまきをながめる。

「私も参りましょう」と、顔をあげると、ジアン中隊長がドギマギしていた。
「たしかに、あなたの青い目は、怖いな。こっちの感情を見透かされそうで」

 くどき文句みたいなことを言いだしたときに、盛大にワレスの腹の虫が鳴った。一瞬、全員がだまりこみ、そのあと大爆笑する。

「あなたのそんなところ、初めて見ました」と、クルウ。
「いいなあ。あんたも人間だったんだ」

 アダムにも言われて、ワレスは顔が熱くなるのを感じた。

 ナジェルまで笑っている。
「ハシェドがあんたのこと、いい人だって言う意味が、ちょっとわかった気がするよ」
「うるさいな。そういえば、今日は朝から何も食べていなかった。ずっと調査で動きまわっていたから」

 ふだんなら、そんなときには、うまくハシェドが勧めてくれていたのだ。陰となり日向となり、ワレスを支えてくれていた。ハシェドがいなくなると、いつも、その存在の大きさを思い知らされる。

「いつまでも笑っているな。クルウ、おまえはアブセスを探してこい」
「アブセスをですか?」
「おれから大事な話があると言ってな」
「了解しました。アブセスの行動範囲なら把握しております」

 次はジアン中隊長だ。

「出発を一刻ほど、のばしていただけますか? そのあいだにコーマ伯爵のおゆるしをいただき、支度をしますから」
「では、一刻後に前庭で」
「ええ。私も何人かつれていきます」

 それから、ワレスはアダムを見なおす。

「アダム」
「おう」

 なんだ、なんだ、おれにも一発、気合いの入った命令をくだしてくれ——という目で見るアダムに、ワレスはひらきなおって命じる。

「食事を一人前。大盛りでな」

 アダムは二、三歩たたらをふんでから、笑って部屋をとびだしていった。

「おれは、どうしたらいいんだ?」と、ナジェルがたずねてくる。

「おれが砦に帰るまで、今までどおり、ふつうにしていればいい。必然的に砦を辞めるのは、次の輸送隊にまにあわなくなるが、かまわないか?」
「ああ。おれだって、いちおうこの件を最後まで見届けたいさ」

 ナジェルが出ていき、ワレスは一人になった。
 作戦の詳細を考えこむ。

「往復で三日。カンタサーラで二日つぶすことにして……」

 ブツブツ言いながら思案しているところに、クルウが帰ってくる。

「アブセスをつれてまいりました」
「ああ。ご苦労」

 アブセスは嬉々としたようすだ。
 ワレスから重要な話があると聞いて、やっと自分も認めてもらえたと期待しているのだろう。

「ご用でありますか? ワレス小隊長」

 目を輝かせるアブセスに、ワレスは残酷にも言いはなった。

「アブセス。おまえには砦を辞めてもらう」

 アブセスの顔がかわいそうなくらい、こわばった。
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登場人物紹介

ワレス


このシリーズの主役。

愛する人が必ず死んでしまうという運命を背負った薄幸の美青年。金髪碧眼。

霊など普通の人には見えないものが見える。

魔物の巣食う森に面した砦で傭兵の小隊長をしている。

ハシェド


ワレスの部下。分隊長。

褐色の肌に巻き毛の黒髪。はしばみ色の瞳。

おせっかいでお人よしに見えるが、敵国同士の出身の親のあいだに生まれたことで苦労してきた。

エミール


もとワレスの部下。今は食堂の給仕係。

赤毛で左右の瞳の色の違うオッドアイ。

ワレスを好きだが、ワレスが好きなのは別の人なので本人的に面白くない。

クルウ


一見おだやかで優秀。だが、じつは騎士の出身で、なかなか本心を明かさない。

黒髪黒い瞳。端正な顔立ち。

ギデオン


ワレスの上官。金髪碧眼が好みで生粋のゲイ。

国境付近の街の出身。

なんとかワレスをものにしようと何かとからんでくるが、ほんとに愛していた人は死んだというウワサがある。

メイヒル


ギデオンの右腕で第一小隊の小隊長。

金髪碧眼。

ギデオンの言いなり。

ワレスのことをライバル視していたが……。

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