第51話
文字数 2,477文字
「では、私はそのような心づもりで、これよりカンタサーラ城へ参ります」
「だが、兵士が二人ではこころもとない。呼べば人のかけつけてくる砦とは異なるぞ。万一のため、せめて一分隊はともなうがよい」
「私の隊より、それほど大勢つれだすのは目立ちすぎます。彼らに用心させてしまうでしょう」
すると、何を思ったのか、とつぜん、サムウェイが割りこんできた。
「私が参りましょう。本丸の怪事件を解決すべきは私でした。私の力およばず犠牲者の増えてしまったこと、心より悔いております。責任をとり、解決の最後まで、微力ながら援助させていただきます」
ワレスたちが本丸の事件について話しあっていると思っているのだ。
たしかに、表向きは本丸の事件として出ていくのだから、正規隊から兵が動くのは不自然ではない。正規隊は人数にもゆとりがある。
ワレスはイヤだったのだが、サムウェイが一歩もひかない。しょうがなく、サムウェイの力を借りることになった。
そして今現在、こうして、ともに森のなかを移動しているというわけだ。
ワレスは何かというと規律だ、規則だ、上からの命令だと、口やかましいサムウェイを、ウンザリしながらながめた。
「以前、ギデオン中隊長がおれのことを番犬だと言ったが、おれは自分をそんなふうには思わない。あんたこそ、まさに番犬だな」
「番犬、おおいにけっこう」
「弱い犬ほど吠えたがる」
ワレスの売り言葉に、サムウェイのひたいに青筋が浮かぶ。
サムウェイの部下たちはハラハラしているし、ホルズとドータスはケンカなら助太刀するぜ、という顔で見ているし、あわや一触即発だ。
しかし、そのとき、昼食のための休憩の伝令が入った。
ジアン中隊長以下、森林警備隊が千年樹の大木のもとで止まると、ワレスとサムウェイはそっぽをむいて二手にわかれる。
「ワレス小隊長。どうぞ、こちらへ」
誘ってくれたのは、警備隊の若い兵士だ。
従順な部下を大勢つれてきたサムウェイとは異なり、ワレスの部下は粗暴な六海州の男だ。ケンカの助けにはなるが、食事の支度に役立つ連中ではない。
ワレスが馬の
「おお、こりゃ、うまそうだな」と、用意された食事に、ワレスよりさきにホルズたちがむらがる。
森林警備隊の兵士たちは顔をしかめたが、ワレスには尊敬のまなざしをなげてくる。
「ワレス小隊長のおウワサは、かねがねカンタサーラにも届いております」
「輸送隊の護衛は我々の仕事の一部でありますが、わたくしは先月、その当番でありました。小隊長殿がわずかの人数で盗賊団を一網打尽になさるところを見て、心より感服いたしました」
「刃物のように切れるおかたと聞いておりましたが、意外にも物静かなご印象なので、おどろいております」
などと、口々に言う。
ホルズとドータスが下品に笑った。
「隊長は男にモテるんだよな」
「しとやかなのは見ためだけなのにな。なかみは大虎だ」
ワレスはやわらかな下草にすわると、ホルズたちを無視して、警備隊の兵士に声をかけた。
春の森の明るい木洩れ日のなかで話し相手にするなら、むさくるしい部下より、若くて可愛いユイラ人の青年のほうがいい。
「やつらの言うことは気にするな。戦う以外に能のある連中じゃない」
すぐさま、ホルズが口をはさむ。
「そりゃねえぜ。隊長」
「自分でも頭はよくないと言ったろう? おまえたちは国へ帰っても、散財してすぐ砦に帰ってくるたぐいだぞ。気をつけるんだな」
身につまされたのか、ホルズとドータスは静かになった。
「どうする。隊長がおれたちの身を案じてくれたぜ。ウソみたいだ」
「ヤリでも降るんじゃねえか?」
「どっちでもいいよ。う、嬉しい」
ぼそぼそと二人で言いあっているので、ワレスは心置きなく警備隊の兵士たちと
森林警備隊は砦の兵士より危険が少ない上、いつも森のなかを遠乗りするからだろうか。どの兵士も顔つきがおだやかだ。森の鮮緑のなかで緋色の制服が美しく、容姿が二、三割増し、よく見える。
とくに、なかで一人、ワレスの目をひく兵士がいた。唇が赤くて、ちょっと小姓にでもしたい黒髪の青年だ。二十歳前後か。若い盛りだ。
「小隊長殿。果物はいかがですか?」
兵糧のパンに火であぶったチーズをぬり、焼いたベーコンをはさんで食べていると、急に彼のほうから、そう言ってきた。
ワレスはおどろいた。果物なんて、砦ではめったに食べられない。
「果物があるのか?」
たずねると、赤い唇で、にっこり笑う。
「はい。少々、お待ちください」
どうするのかと思えば、一同がその下陰をかりている大木に、するするとのぼっていく。
春の花盛り。
千年樹の木にも純白の花と赤い実がビッシリついていた。
「なるほど」
森といえば魔物の巣窟。
危険な毒と敵が満ちている魔の森を相手どるワレスは、以前には自分も空腹のときに神殿の裏庭のザマの木にのぼったことなど、すっかり忘れていた。
「大地の恩恵を受けられるというのは、いいものだな」
見れば、千年樹の大木には、果実を求めて、鳥たちがたくさん集まっていた。いったい何十種類だろうか。周囲の木々にも色とりどりの花が咲き、天上の庭に迷いこんだような気分になる。
「千年樹でも、これだけ大きいのはめずらしいな。よく神殿には植えられているが、一度も花が咲いているのを見たことがなかった」
千年に一度しか花が咲かないという風説から、そんな名で呼ばれるようになった木だ。が、じっさいには十数年に一度は咲く。花を見るのがまれなため、見ると縁起がいいとか、実を食べれば長寿を授かるという俗説もあった。雌雄の別があるため、神殿などでは、たいがい対で植樹される。
(この木のもとで、ハシェドと二人、昼寝でもしたかった)
どうしても、思いはハシェドへ飛んでいく。
「どうぞ。小隊長」
物思いにふけるワレスに声がかけられた。からげた裾いっぱいの果実がさしだされる。
「ありがとう。名は?」
「アーチネスです」
「おぼえておこう」
果実は甘ずっぱかった。