2節
文字数 2,768文字
入り口では5メートル四方はあろうかという、大きな会場の全体地図が出迎えてくれた。どの工房がどのあたりでブースを設けているか、綺麗にまとめられている。
だが初めに目にする物の割に白黒で酷く地味だ。「ようこそ!」みたいな歓迎の言葉ひとつ書かれていない。
「工房区らしい合理的な地図ですね……」
「そうですけど……
もうちょっと明るく迎えて欲しいな……」
会場内は多くの人が集まってはいるものの、その殆どが大人の男性。しかも楽しそうという感じではなく、品定めをする様に機工を凝視している。恐らく工房関係者か、コアな機工オタクと言ったところだろう。
スピカ達のような女性や子供の姿は全くと言っていい程見られない。イマイチ注目度が低いという事だろうか?
「私もこんなイベントやってるって今日初めて知ったし、全然宣伝とかしてないんだろうな……」
「元々、工房関係者向けのイベントですからね。
でも、結構興味深いものがありますよ!」
確かに見渡して見るとなかなか面白そうな物が沢山ある。シグナス工房のブースを探さなければとウロウロしつつも、ついつい目移りしてしまう。
スピカが気になったのは洗濯を全自動で行ってくれるという『洗濯機』。従来の洗濯機よりも多様な洗い方ができ、中に入るサイズであれば殆ど何でも洗える。という売り文句が気に入った。
(もしこれがあったら体力的にも時間的にも、かなり負担が減るんだろうなぁ……
値段は……うわっ!200万ゴールド!?
こんなの洗う為の服が買えなくなるじゃん……)
などと気を取られているとビエラがスピカの手を離し姿を消してしまった。
また迷子になったら大変だ。慌てて辺りを探すスピカの肩をアルタイルが叩く。
「どうやらあちらのオモチャにご執心のようですよ。」
指差す先ではビエラが小さな犬の形をした人形を熱い視線で見つめていた。
ビエラの頭頂部にあるアホ毛が左右に大きく振れている。これは何かに夢中な時の反応だ。
スピカが「行きますよ」と声を掛けてもなかなか動かない。相当気に入ったらしい。
機工らしいカクカクした動きが妙に愛らしく、本物とはまた違った愛嬌がある。
誰かが操作しているのではなく自立して動いている。しかも壁や障害物を認識して自動で避け、手を叩くとそっちに向かって方向転換する。
まるで生きているよう……とまでは言えないが、既存の類似オモチャと比べてかなり高性能なのは素人目にも分かる。
目を爛々と輝かせて人形を見つめ続けるビエラ。
そんなに欲しいなら買って上げてもいいか。そう思い値段を尋ねてみる。
「これっておいくらですか?」
「正式には決まっておりませんが約250万ゴールドでしょうか。
ご予約なら今からでも受け付……」
「要りません。(即答)
さ、行きますよビエラ様。動く人形ならアークのを借りましょう。」
「つ´Д`)つ」
最先端の凄い技術を使っているのかもしれないが、とてもオモチャに付ける金額じゃない。
何故その値段で売れると思っているのか……
名残惜しそうなビエラの手を引っ張り、強引に引き剥がして元の場所に戻る。すると今度はアルタイルが居なくなっていた。
辺りを見渡すとさっきのビエラの様に何かを真剣に見つめている姿を見つけた。何か面白そうな物でもあったのかと尋ねると、子供の様な無邪気な笑顔で目の前の物を指差す。
「見て下さい!無線通信機ですよ!
今まで無線で送受信できるのは単純な電子信号だけだったのに、ちゃんと音声を送れているんです!しかもラグも少ない!
これは良い……、宇宙船にも是非取り入れたいですね!」
「そうですか?
遠くの人と話すぐらい、こんな大きな機工を使わなくてもできますよ。」
「え?どういう意味ですか?」
スピカの発言にアルタイルがキョトンとしていると、不意に後ろから声を掛けられる。
「おやぁ?
珍しく女性が居ると思ったらスピカ司祭じゃないですか。」
「ゲッ!?この声は……」
声を聞いただけで反射的に嫌悪感が込み上げて来る。どうか人違いであって欲しいという切なる願いと共に恐る恐る振り向くと、そこには何度も見た胡散臭い顔があった。
「いつからつけてたんですか?アルデバラン記者……」
「冗談はよして下さい。
つけてたなら声を掛ける訳ないでしょう。」
「……じゃあ何でこんなトコに居るんですか?」
「”ある噂”の現地取材ですよ。あなたとは無関係のね。
個人的にはまだあなたを張り込みたいのですが、上からの命令でしてね。」
アルデバランは少し前まで、何か重大な秘密を持っていそうなスピカをずっと追い回していた厄介記者。
だが何度スピカを尾行してもすぐ撒かれる。それで上司からスピカネタは諦めて、別のネタを当たれと指示されたらしい。
いつもなら無視するが、最近碌なネタを仕入れていないので流石に立場が無い。それで仕方なく言うことを聞いてここに来たと言う。
どうりで最近は見なくなっていた訳だ。しかし油断し始めてすぐ偶然バッタリ出くわすとは……
スピカの運が悪いのか、アルデバランの運が良いのか……
「ある噂って何ですか?」
「おや?一緒にいるのはアルタイル教授じゃないですか!
ご無沙汰してます!」
(無視かよ……)
「学問一筋の朴念仁かと思っていましたが……
意外とお盛んなんですねぇ(ニヤニヤ)」
「ち、違うッ!!
スピカ司祭には宇宙船プロジェクトに協力してもらっているのであって、決してそういう関係では……!!」
「焦り過ぎですよ……
この人からかってるだけですから。」
アルタイルがうっかり口にしてしまった”宇宙船プロジェクト”というフレーズに食い付くアルデバラン。スピカの質問には答えないくせにグイグイ問い質してくる。
特に極秘という訳ではないので宇宙船開発のためにデネブ技師を探している事。そのスカウトにスピカが協力している事を明かした。
アルデバランは面白いネタではあると言いつつも、個人的に好みではないらしくすぐに引き下がった。
それじゃあもう用はないだろう。スピカがそそくさと逃げ出そうとした時、会場内に放送が入る。
「只今からメインステージにて、シグナス工房の代表によるプレゼンテーションを開催します。
ご来場のお客様は是非ご参加下さい。」
この放送の直後、会場内の人が一斉に同じ方向に向かって移動し始めた。どうやら今日のイベントの目玉らしい。
それにさっき「シグナス工房の代表による」と言っていた。シグナス工房の代表といえば工房長のデネブ技師。きっと彼がメインステージに登壇するに違いない。
これは行くしかない!
「それじゃ私もご一緒に。」
「付いて来んなよッ!」
お邪魔虫に引っ付かれたまま、スピカ達は人の流れに身を任せるようにメインステージへと向かった。