6節
文字数 1,648文字
間違いない。今朝の新聞で読んだ人に噛み付く通り魔だ。
痛みを覚悟し歯を食いしばった、その時……
「スピカ司祭、何してるの?」
ミモザの声だった。さっきの呼び鈴の音で目が覚めたのだろう。
「ミモザちゃん、来ちゃダメ!!」
「ミモザ……!?」
叫んだ瞬間、何故か肩を掴む手が緩んだ。スピカはすかさず体を捻り手を振り解く。
首に下げていたアミュレットを手に取り、女性の目の前にかざす。
「くらえッ!!」
直後、アミュレットが閃光の如く激しく発光する。
それを目の前で直視してしまった女は目を覆いながら大きくたじろぐ。
その隙にスピカは横をすり抜けミモザに駆け寄る。裏口から逃げる様に指示して走り出す。
が、今度は階段の所でビエラと鉢合わせる。
「あなたも起きちゃったの……」
何がなんだか分かってないビエラを抱え裏口から飛び出す。
裏口は建物同士の間に空いた入り組んだ狭い路地に繋がっている。ここに住む人間でもなければ道に迷うのは必至。上手くジグザグに走れば撒ける!
行き先も考えずにスピカは子供達を連れ無茶苦茶に走り出す。
「ハァ……ハァ……」
息が上がってこれ以上走れないというところまで走って後ろを振り向く。追ってくる気配は……無い。一安心してビエラとミモザの手を離す。
息を整えていると何かの影が覆い被さった。
空を見上げると、満月を背に翼を持った人らしきシルエットが浮かび上がっていた。
「さっきはよくもやってくれたわね!
ますますあなたの血が欲しくなったわ!」
その声は間違いなく襲って来た女性の声だった。
ゆっくりと地面に降り立ち、コツコツとヒールの音を立てながらゆっくり近付いてくる。
顔を隠していたフードは取り払われており、月明かりに照らされその容姿が露わになる。
闇に溶け込む黒髪。血の様に紅い目。そしてコウモリに似た翼。
やはりこの女、人間じゃない。スピカは頭に浮かんだワードを口にする。
「あなた……、“悪魔”ね……」
「バレた?
ま、別にいいけど。」
人間とほぼ同じ容姿を持ちながら、人間を遥かに凌ぐ能力を有する種族。神無き今の世界において全生物の頂点に君臨する存在。
強さとは裏腹にその絶対数は極めて少なく、人間の前には滅多に現れないという。スピカも出会うのはこれが初めてだ。
悪魔にも色々タイプがいて、中には人間の血を糧とする吸血鬼もいる。今目の前にいるのが正にそれだろう。
ただ、どんなタイプであれ共通していることは、人間が悪魔に勝てた事はないという事。ならば今最優先すべきは……
「2人だけでも逃げ……ンぐッ!!」
「夜は静かにしなきゃダメよ。」
一瞬にして背後に回られ口を塞がれる。
驚き悲鳴を上げようとしたミモザを吸血鬼の紅い眼光が捉える。するとミモザの目からフッと生気が失われその場に崩れ落ちた。
動揺するスピカの口を塞いだまま吸血鬼は翼を広げる。このまま何処かへ連れ去る気だ。
スピカは必死に抵抗するがやはり微動だにできない。
フワッと足が地面から離れた時、誰かがスピカの脚を掴んだ。
ビエラだ。小さい身体で必死に行かせまいとしがみ付いている。
それを邪魔に思った吸血鬼はミモザの時と同じ様に睨み付けた。
……しかしビエラには全く異変がなく、変わらずスピカを引っ張り続ける。
「何、この子!?何でまだ意識があるわけ!?
離しなさい!怪我しても知らないわよっ!」
もたついている吸血鬼の頭上に突如何者かが迫った!
キラリと光る巨大な鉄塊。それが轟音を上げながら振り下ろされる。
寸前でそれに気付いた吸血鬼は、スピカを手放す事で紙一重でその攻撃を避ける。
膝をついて着地したスピカは助けてくれた人物を見る。
真っ黒な服に黒い帽子。そして大きな身体。この人物は……
「アルク神父!?」
その手に握られていたのは銀のヘッドを持つ戦鎚。
アルクは地面にめり込んだそれを軽々と引き抜き、吸血鬼を見据えながらこう投げ掛けた。
「ようやく見つけたぞ、アビィ!!」