11節
文字数 2,150文字
学力勝負が決着した後、スピカ達はアルタイルに招かれ再び天体観測所に来ていた。
ビエラを昨日アルタイルを運び込んだ休憩室に寝かしてから、子供達の希望で塔の頂上を見学させて貰う。
そこではアルタイルの助手と思われる若い男性が1人せっせと資料の整理をしていた。昨日の物が散乱した状態からは随分改善され、ちゃんと床が見える状態になっている。
見た事ない機材に興味津々でリギルとポルックスはあちこち走り寄る。
勝手に触っちゃダメと止める助手に「別に良いよ」「興味を持つ事は良い事だ」と、アルタイルは気さくに応えてくれる。
(この人、本当に昨日の人と同一人物?
凄い紳士的だし何より普通に会話が成立する。
昨日のは何だったんだろう……)
楽しそうにはしゃぐ子供達を見ながらアルタイルがポツリと呟く。
「学友ですか……、懐かしですね。」
「アルタイル教授にもそういう人が?」
「もちろん!
ご存知ですかね?デネブとベガと言うのですが。」
「ええ!?
お三方ってお知り合いだったんですか!?」
「知り合いも何も子供時代を一緒に過ごした兄弟みたいなものです。」
話を聴くと3人共孤児で同じ人に拾われて家族となったらしい。
アルタイルのみでなく他の2人もこの里親となった人に色々教えてもらった事で、今の知識や技術を得た。
コスモスを激変させた三賢人の育ての親。一体どんな人なのか想像もつかない。
「僕が知る限り本当に天才と呼べるのは先生だけですね。
今でも先生の足元にも及ばないと確信を持って言えます。」
「上には上があるんですね……
ご家族とは今でもよく会うんですか?」
こう尋ねるとアルタイルは沈んだ顔で首を横に振る。
「デネブとベガとは、もう30年近く会っていません。
先生は……、寿命です。」
訊かない方が良かっただろうか……
余計な事を訊いて申し訳ないと謝罪するスピカに、教授は笑顔を返しつつ話題を変える。
「そうそう、僕に話が有るらしいですが何でしょうか?」
「あ、そうだ!
ここに来た本来の目的を忘れてた!」
スピカは自分が2ヶ月程前に解決した通り魔事件の最後の被害者である事、そして吸血鬼を撃退した謎の隕石を直に目撃した人物である事を明かした。
あの隕石が何なのか?それをアルタイルが調査していると聴いたので、分かった事があれば教えて欲しい。そう伝えた。
スピカが新聞で言われていた女司祭である事にやや驚きつつ、アルタイルは端的に答えた。
「正体も何も普通の隕石ですよ。」
隕石が形を残したまま地上に衝突する事は非常に稀ではあるが、決して起こり得ない事ではない。
そんな自然現象に助けられるなんて奇跡ですね。と笑うアルタイルにスピカは一切笑い返さず真剣な表情で返す。
「嘘ですね。」
「え?」
「アルデバラン記者はご存知ですか?
彼から聞きました。あれは自然物なんかじゃないって。
それを突き止めたのは教授だって事も。
それに、2ヶ月前に起きた発光現象と地震。あれも新機工の実験なんかじゃないんですよね?」
この返しに対しアルタイルは一気に顔を険しくした。
何か言ってはいけない事を言った時みたいな、ドキッとした感覚に襲われる。
彼が言った次の言葉でスピカは自分が犯したミスを理解する。
「アルデバラン記者が冗談で嘘を言ったとは思わないのですか?」
「……ッ!?」
この質問の真意はこうだ。
『アルデバランの方が正しいと思う情報を持っているんじゃないか?』
飄々とした態度で胡散臭さ満載のアルデバランと、実力と権威を合わせ持つアルタイル。2人の話が食い違っていれば普通の人はアルタイルを信じる。
だがスピカはアルデバランを信じた。何故ならビエラの事を知っているからだ。
アルタイルの言葉を嘘と見抜いた事でそれがバレた。
スピカは悩む。このままビエラの事を正直に話すべきかどうか……
アルタイルが良い人なのは間違いない。でも同時に常識人に思えた。
常識人ならビエラの事を知った時どうするか?きっとスピカの様に隠したりはしない。早急に正体と安全性を確かめる為、然るべき人と情報共有し本格的に調べる筈だ。
脳裏に浮かんだのは隔離され実験や研究の材料とされるビエラの姿。一度そうなればもうスピカが関与する余地など有りはしない。
きっと、側に居る事すら許されない。
「ただ……、なんとなくです……
それ以上は答えられません。」
誤魔化しにすらなっていない回答をするスピカを、見定める様に見つめるアルタイル。
顎をさすり考え込む仕草を見せた後、唐突に子供達を呼び止める。
「君達、人工の星空を見て見たくないかい?」
「何それ!?オモロそう!!」
「見たいです!」
その反応を確認し、助手に子供達をプラネタリウム室に案内する様に指示した。
人払いが済んだ後、彼は巨大望遠鏡の所へ行き操作し始めた。
中を覗き込んではカチャカチャと操作する。これを5、6回繰り返した所でスピカを手招きをする。
「丁度陽が落ちた所です。折角ですから空を眺めてみませんか?
“面白い物”が見えるかも知れませんよ。」
直感で理解した。
今、望遠鏡の先に有るものがスピカの質問に対しての回答。
スピカはゆっくりとアルタイルに歩み寄り、指示されるまま望遠鏡を覗き込んだ。