5節
文字数 2,712文字
「んん……」
スピカは目を覚ますと、そこは自分の姿すら見えない真っ暗闇だった。そんな場所で椅子に縛り付けられていた。
ここは何処なのか?気を失ってからどれくらい経ったのだろう?今は昼なのか、夜なのか?
何一つ分かることがない。
「誰か居ないの?」
その呼び掛けに応えたのは屋敷の入り口で聞いた老婆の声だった。
「おや、お目覚めかい?」
「ここは何処なの!?」
「そこは一切の光が差し込まない暗黒空間。
何も見えない、誰もいない、身動きも取れない。
そんな状況でお前がどれだけの間正気を保っていられるか、楽しく観察させて貰おうかねぇ。
ヒッヒッヒッ……」
(なんて趣味の悪い……ッ!
魔女のイメージに違わない性悪っぷりだわ!)
ただ大人しくしてるスピカではない。
光がないのなら自分で生み出せば良いだけ。スピカは胸元辺りにあるであろうアミュレットに力を込める。
アミュレットがぼんやりと光り始め周囲を照らす。
「こ、これは……!?」
そこには目を疑いたくなる光景が広がっていた。
可愛くデフォルメされた小さなモンスター人形。それが部屋の隅々に大量に溢れていた。
スピカはその人形達に見覚えがあった。これは女の子なら必ず一度は通ると言われる、数十年に渡る世界的ロングセラー人形『モンスターファミリー』シリーズだ!
だがここまで沢山の種類が揃っているのは見た事がない。付属品のドールハウスや家具なんかも沢山ある。
しかもただ横一列に並べるような味気ない飾り方ではない。まるで日常の一瞬を切り取った様にポーズや配置に工夫が見られる。これは相当なマニアの仕事に違いない。
「わわわっ!?
み、見るなッ!プライベートの侵害だぞ!!」
「あ、ごめんなさい。」
しゃがれた声ではない、若々しい張りのある声がスピカを注意する。
特に悪い事はしてないのだが、余りの慌てっぷりに思わず謝ってしまった。
真っ暗に戻った部屋に声が漏れてくる。
「おい、ネカル!
あそこはワシの大事なコレクションルームじゃないか!何でそんな所に閉じ込めた!?」
「地下室にご案内せよとの仰せでしたので、その中で一番綺麗なあの部屋にお連れいたしました。」
「何で綺麗な部屋に案内するんだ!アイツは敵だぞ!
いいか!?あの部屋には今では作られていないプレミア物もあって……」
東国限定の和服ハーピィちゃんがいるとか、100体しか作られなかった幻の純銀スライム君があるとか。何かのスイッチが入って人形について熱心に語り出す。
それを男性らしき声が遮る。
「アークトゥルス様。」
「何だ?」
「部屋との接続が切れていない様ですが問題はございませんでしょうか?」
「はッ!?早く言わんかッ!!
……ゴホンッ!
その暗黒空間で一人孤独に生き絶えるがいい。」
「こんなファンシーな部屋で死ぬのは嫌だ〜(棒)」
「ほら見ろ!
貴様のせいで全然怖がってないじゃないか!!」
今度は言い争いを始めてしまった。完全にスピカの事は忘れている。
(だから聞こえてるんだけどな……
まぁいいや。今の内に何とか抜け出せないかな?)
力尽くで拘束を解こうともがいていると、バランスを崩し椅子ごと倒れてしまう。
その振動で近くに置いてあった人形も次々と倒れてしまう。
「ぬあぁぁぁーーーーッ!!」
凄い叫び声がしたと思ったら今度は部屋の外からバタバタと騒がしい足音が聞こえる。
ドアが勢い良く開け放たれ部屋の灯りが灯される。
「ジッとしてられないのかお前は!?いい歳して!」
怒鳴りながら入って来たのは若い女性だった。
あどけなさの残る顔に2本に縛った長いオレンジの髪。シャツ1枚にゴムで止める短パンという動き易そうな服装。
魔女のイメージとは随分違う、極々普通の女の子だ。
「もういいッ!
上の階で大人しくしてろ!」
魔女が手をクイッと捻るとスピカの身体が椅子ごと浮かび上がる。
そのまま屋敷の1階まで運ぶと地下への扉を大きな棚で塞いだ。その後、椅子やらテーブルで周りをこれでもかと固める。
(そこまでしてでも人形は死守したいんだ……)
その後屋敷の最上階、3階へと運ばれたスピカ。そのままある部屋に入れられる。
中ではカボチャ頭で執事姿のヒョロ長い身体の人(?)が待っていた。魔女と会話していたのは恐らくこの人物だろう。
「アークトゥルス様が自室にお友達を招くのは初でございますな。
今晩は盛大なパーティーでも……」
「要らん!!
それより今後の計画だ。せっかくだからコイツを利用する。
耳を貸せ。」
魔女がカボチャ執事にコソコソと耳打ちすると、カボチャ執事はかしこまりましたと言って部屋を出て行った。
スピカと魔女の2人きりになる。と言っても特に何かされるでもなく、魔女はベッドに横になると本を読み始めた。
長い沈黙に息が詰まる。
ふと窓の外に目を向けると、外はもうすっかり日が落ちていた。
(ビエラ様大丈夫かな……)
「あのガキなら心配無い。
ワシのテリトリー外に出るまで見張ってたが、ちゃんと来た道を戻っていた。
あそこまで行けたなら誰かが見つけてるだろ。」
「エッ!?
ま、まさか読心術まで使えるの!?」
「お前の顔を見れば誰でも分かる。」
「あ、そう。(だとしても親切に教えてくれるんだ。)」
見張っていたという事はビエラを捕まえようと思えば出来たという事だ。
なのに何故見逃したのだろう?スピカとしては文句はないが……
[グゥ〜……]
ビエラの無事を知って気が緩んだのか、スピカは盛大に腹の虫を鳴らす。
ゴホッゴホッと咳で誤魔化していると、魔女は何も言わず近くの袋からリンゴを取り出しスピカに向かって突き出した。
「手だけは解放してやる。喰え。」
「あ、ありがとう……」
「勘違いするなよ!余ってるからやるだけだ!
腐らせるともったいないしな。」
「……皮剥きたいからナイフも貸して貰っていい?」
「図々しいな!ワシのこと舐めとんだろ!?」
魔女は文句を言いつつもちゃんとナイフを貸してくれる。
(フッフッフ……、バカめ!
これで隙を見て足のロープを切って脱走を……!!)
と心の中でほくそ笑んでいたスピカの頭に1枚のタオルが投げられる。
魔女は何も言わなかったが、恐らくこれで手を拭けという意味だろう。
薄々気付いていたがやはりこの魔女、悪い人格の持ち主ではない。
農園区を襲う理由はわからないが、話し合えば和解できるのではないだろうか?スピカはストレートに質問をぶつけてみる。
「ねぇ、農園を襲う事って止められないの?」
「できん。」
「どうして?」
「……ワシが魔女だからだ。」
回答になっていないこの言葉を最後に彼女は硬く口を閉ざしてしまった。