16節
文字数 2,072文字
コスモスでは死ぬとここではない何処か別の星で生まれ変わる。という転生論が一般的である。
どんな世界で、どんな生を受けるかは生前の行い次第。立派で潔白である程、良き星で良き魂の器を得られると信じられている。(星教信仰が薄れた現代では信じない者も多い。)
その為、葬儀の最後では故人の生き様を讃え、素晴らしい星で生まれ変われます様に、と祈りを込めて『転星の儀』を行うのだ。
スピカは予め用意された薪の上にアミュレットを垂らすと、静かに祈力を込め始めた。
するとアミュレットが火を帯び始めた。その火は見たことのない、まるで夜空に溶け込む様な黒だった。
火が灯ったアミュレットを薪の束の中へ落とす。
パチパチと音を立てながら薪が燃え。炎の中で白い火花が舞う。
その光景はまるで小さな宇宙がそこに存在している様だ。
篝火を灯し終えたスピカにアークは尋ねる。
あの火は一体なんなのか?
「あれは秘術のひとつで『星火(せいか)』って言うの。
火に見えるけど、物を燃やす力なんてないから触っても平気よ。」
星火が燃やすのは人々の”想い”。
残された人々が故人を想う気持ちや、愛用していた物に宿る故人自身の想い。それらだけをこの火は燃やす。
燃やされた想いは遥か彼方の星へ旅立ち、生まれ変わった故人の元に届くと言われている。
「ま、本当かどうかわかんないけど。」
「ぶっちゃけるなよ……」
「でもそうだと信じたいじゃない?
死って大概突然だから、伝えそびれた事とか、死んでから伝えたくなった事が絶対あるものだから。」
葬儀に参加する人々が順に遺品を星火に焚べ、伝えたい想いを口にしていく。
その傍らで、スピカは改めて事の成り行きをアークから聴いていた。
「そんな事が……
大変だったわね。よく1人で頑張ったじゃない!」
「(灬ºωº灬) エライ!」
「結局最後はお前らを頼ったけどな。
お陰で助かった。ありがとう。」
話し込んでいると、1人の男性がアークに声を掛けて来た。
「貴方がアークトゥルスさんだね?」
「アンタは?」
「初めまして。シェラタン=エリースと言います。
少し話があるんだけど、いいかな?」
「ハマル婆さんの息子か!?」
工房区で技師として働いているハマルの息子。ちょっと膨よかだが優しそうな印象だ。
ハマルから息子がいる事は聞いていたが会うのは初めて。話を聞いていたのは相手も同じだった様で……
「最近は電話する度に君の話ばかりだったよ。
それはもう楽しそうに話してた。
1人だけ農園区に残した事をずっと心配してたけど、君のお陰でいい晩年を迎えられた。
本当にありがとう。」
「いや、別に感謝される様な事は……」
「君が母の畑を借りて麦を育ててるのは知ってる。
実は”その畑だけでも譲ろうと思ってる”と相談された事がある。
その時は失礼だが、知り合って半年の相手に譲るべきじゃないって止めた。
でも今日、ここの人達を護る君を見て間違いだったと気付いた。
それで母の遺志を汲んで、麦畑の土地はアークさんに譲ろうと……」
「断る。」
「(; ゚д゚) ソクトウッ⁉︎」
「流石は婆さんの息子だな。
自分の財産なんだから、もっと大事にしろ。」
「ハハハ!母の言った通りだ。
やると言ってもどうせ受け取らない、って言ってたよ。」
「ホントにいいの、アーク?
土地だよ?数百万の価値あるんじゃないの?」
「婆さんの前で言ったからな。”ここの土地全部買い取る”って。
いずれ手に入れるつもりだが、自分の金で買うのも目標のうちだ。」
「ならせめてコレだけは受け取って欲しい。
亡くなった時持っていた鞄の中に、大事そうに入っていた物だ。」
アークが手渡されたのは1枚の紙とバッチだった。
紙の方にはこう書かれている。
[アークトゥルス=ボーティスを農業従業者と認める。]
それはアークを正式に耕作者と認める証明書だった。
作った作物を市場に流す際に必要となるものでもある。
取得には同じくこの証明書を持つ人間5人以上の承認が必要なのだが、承認者の欄には収まり切らない数の名前が列挙されている。
ハマルが農夫達に声を掛けて周り、遠い行政区まで行き手続きをしてくれたのだ。
発行日は命日と同日。アークが農園区に顔を出せなかった日だ。
きっと自分から渡したかっただろう。
きっとアークの喜ぶ顔が見たかっただろう。
きっと3日も姿を見せないから心配だっただろう……
最後の最後でまた迷惑を掛けてしまった。
その罪悪感と後悔が涙となって溢れ出る。
謝りたい。
何より感謝を伝えたい。
震える彼女の肩をスピカがそっと持つ。
「今ならまだ間に合うわ。
その為の転星の儀だからね。」
アークは涙を拭き篝火の前に立つ。
遺品の中にハマルの麦わら帽子を見つけた。
それをそっと篝火に投げ込む。
炎の中に浮かぶ星の海を見つめながら、内にある全てを言葉に変えるのだった。
葬儀が終わった後、彼女はこう呟いた。
「後は、”アイツ”を問い詰めないとな……」