13節
文字数 1,879文字
夜宴から与えられた訳じゃなく、勝手に名乗ってるだけの名前に何の価値も無い。
そう貶しつつも、花圃はアークを侮っていなかった。
会話の最中、既に先手を打っていたのだ。
アークがそれに気付いたのは、背後から夜風が吹き抜けた時だった。
「……ハッ!?
この匂い!?」
冷たい空気に微かに混じる甘い花の香り。それに気付いたアークは後ろを振り返る。
僅か5メートル程先、ボンヤリと小さな火を灯す物体が浮いている。
カンテラ?……いや、あれは香炉だ。
アークはすかさずその香炉を火球を飛ばして撃ち落とす。
しかし花圃は不敵に笑う。
「フフ……!もう遅いわ。
匂いを感じたのなら、既に私の術中よ!」
その言葉通り、異変はすぐ現れ始めた。
アークが突然グラリとフラつきクワから落ちそうになる。持ち堪えようとするも腕に力が入らない。
異変は他にも現れる。目の焦点を合わす事ができない。口は閉じる事はおろか唾を飲み込む動作すらできず涎が垂れる。
(クソ……!
警戒して風上を取ったのに、こんなあっさり奴の香を嗅がされるなんて……)
花圃特製のお香。これには相手を麻痺させる効果が込められている。ただし麻痺させるのは身体ではない。
“脳”。つまりは”思考力”を麻痺させるのだ。
初めに身体が動かせなくなる。正確には”身体を動かそうとする思考”が働かなくなる。
全身の筋肉が緩み切って、身体中の穴という穴から体液が垂れ流しになる。
そして次第に痛みも苦しみも、暑さも冷たさも感じなくなる。
自分は誰で、今どこにいて、何をしようとしていたのかさえわからなくなる。
頭の中が完全なお花畑状態になるのだ。
花圃はそんな恐ろしいお香を乗せた香炉を、闇に忍ばせてコッソリ風上に移動させていた。
魔法もさることながら、それを活かすベストな戦い方も熟知している。
これが名前を持つ真の魔女の実力だ……!!
「さてと、どうしてやろうかしら?
落ちて骨が折れる音でも聞いてから考えよ♪」
ニヤけながら、今にもクワから滑り落ちそうなアークを見る花圃。
しかしその時、アークの後ろから誰かの手が伸びて来た。
その手には小さな瓶が握られており、アークの鼻先で蓋を開けた。
「クッッサっ!!」
閉じ掛かっていた目を見開いてアークが飛び起きた。
しかも碌に口を動かせなかった筈なのにハッキリと喋った。
完全に術が解けている!!
「その瓶は……!?」
「へへ……(半泣き)
これには野菜を腐らせた発酵食品を入れてある。
どこの国でも1個ぐらいあるだろ?そういう臭い食べ物。」
一度掛かったら抜け出す事は不可能に思える花圃の魔法だが、1つだけ弱点がある。
それは匂いを認識させる事で発動する術であるが故に、嗅覚だけは封じる事ができない事だ。
更にお香よりも強烈な匂い(臭い)を嗅ぐ事で、この術の効力は切れる。
それを知っていたアークは激臭食品を準備していた。
そして自分が花圃のお香を嗅いでしまった時、それを嗅がして欲しいと伝えていた。
伝えたのはもちろん……
「助かった。
ありがとな、ビエラ様!」
「(;¯y¯) クセェ~」
「子供!?暗くて気付かなかった……
だとしてもその子も一緒に香を吸ったはずよ!何で術に掛かってないのよ!?」
「さあな。鼻が詰まってるんじゃないか?」
「そんな事で防げる訳ないでしょ!
……いいわ、もう一度嗅がせて上げる!今度はそのガキにも確実にね!!」
再び香炉を召喚する花圃。
しかも今度は数が多い。少なくとも20はある。
これだけの数の香炉が宙を舞ったら、風向きなど関係無く香りが辺り一面に広がる!
「先手をくれてやったんだ。次はこっちの番だ!
撃てッ!!」
アークが合図を送ると、陶器でできた香炉が次々に割れて行く。
何かで撃たれている。弾が飛んで来る方向を睨む花圃が見たのは、機関銃のようなものを構えた人形兵だった。
「何であんな物が……!?
この国は銃器の類は一切禁止のはずじゃ……」
「何も問題無いさ。
木で作った唯の種マシンガンだからな。」
元は鳥害対策用に造った兵器。殺傷能力など皆無な威力だが、厄介な香炉を壊すのには十分。
これでもう、花圃は自由に香炉を飛ばせない!
「チッ!
あんなオモチャすぐぶっ壊してやるわ!!ソーンッ!!」
「迎え撃て!人形兵(ドールズ)ッ!!」
葬儀場でも暴れた荊の怪物が何体も地面から湧き出す。それに人形達が総出で立ち向かう。
地上では使い魔達の大乱闘。空中ではアークと花圃が激しくぶつかる。
魔女同士の争いは、その苛烈さを増して行く!!