17話:ちいさな雛は
文字数 2,319文字
二時間後、屋敷に戻ったアスターとギルは、ヒナの部屋に入るなり絶句した。
「な、何事……?」
そこには、短い髪を無理やり縛られ、化物のような化粧が施されたシオンと、呑気にベッドで大の字で寝ているミスターの姿があった。
「ア、アスター様……」
ぎこちなく首を動かし、アスターに助けを求めたシオンは、そのままパタリと倒れこむ。
「だっ、大丈夫か!」
「友達付き合いというものは、かくも過酷なものなのですね……」
「……シオン。友達でもな、嫌なものは嫌って、断っていいんだぞ」
「なんと、それを早く……」
「おっ、おいしっかりしろっ。シオン、シオーン!!」
なんて茶番を二人が繰り広げていると、ヒナが入口脇に立つギルにたじろいだ。
(そういや、ヒナはギルの事忘れてるんだっけ……)
「ヒナ、そいつはギル。ギルもヒナの友達になりたいんだって」
「――っ!?」
言うなり、ヒナはパッと表情を変え、ギルの元へ駆け寄った。戸惑うギルの手を取り、ピョンピョン、うさぎのように飛び跳ねて、ヒナは全身で喜びを表現している。とても微笑ましい光景だ。
(大丈夫そうだな……)
アスターは、二人を見守りながら、次の行動に移すことにした。
「ヒナ、裏の林で遊ぼうか。ギルが秘密基地に案内してくれるってさ」
「ひみつきち……?」
ということで、ミスターを回収し、一行は裏の林へ足を踏み入れた。
この林はヒナの家、ヴィンヤード家が所有する土地だ。
「ここ?」
「うん、ここ」
ギルが案内したのは、林の中に建つ、しっかりした作りの小さなログハウスだった。庭師の居住スペースとして使っていた場所であったが、今は使われていない。ヒナの記憶の事もあり、多くの使用人は長期休暇を言い渡されているからだ。
「ヒナが開けていいの?」
「うん」
ヒナはギルに促され、立て付けの悪いドアをゆっくり開けた。
「お待ちしておりました、お嬢様」
「ばあやだ!」
開けたと同時に出迎えたのは、グレタだった。
そしてその後ろ、中央に配置されたテーブルには、苺をたっぷり使った大きなバースデーケーキや、明らかに人数分以上ありそうな軽食がドンと構え、壁は風船や紙のオーナメントで飾り付けが施されている。
「これを」
グレタは、黄色のリボンで可愛くラッピングされた袋をギルに手渡した。
「クッキー?」
「うん、オレと……アスターで作ったんだ」
「わぁ! すごいすごい! これヒナ!? こっちはギルお兄ちゃん! ばあやもいる!」
袋の中身は、ギルがヒナを想いながら一生懸命作った、ヒナやギルの顔を模したクッキーが入っていた。
「え、えと……その。ヒナ、た……誕生日おめでとう。それと、ごめん……オレ、お前に言わないといけない事があるんだ……き、聞いてくれるか? あのな――」
シンとした空気の中、ギルは唇を震わせ、今まで言えなかった真実を、言葉を詰まらせながらヒナへと告げた。
「ずっとずっと、言えなくてごめん。約束したのに、そばにいてやれなくて……ごめんっ……」
「……」
ヒナは一度も泣かなかった。
ずっとギルの目を見て、話を聞いて、話し終わった今は沈黙し、俯いているが、涙を流す事はなかった。
(今のヒナには、難しい話だったか?)
成功か、失敗か。何とも言え無い重たい空気が漂う。
すると――。
「あのね」
ヒナは唇を噛み、決意したかのような視線をギルに向けた。
「……ヒナね、しってたよ」
震える声。
しかし、ヒナはハッキリそう言い放った。
「この前ね、となりのバッカスが言ってたの。ヒナのママは死んじゃったから、ヒナはママナシなんだって。だからヒナ、ママの事も……、ギルお兄ちゃんの事も、ぜんぶ、ぜんぶ思い出したの……ごめんね。ヒナ、お兄ちゃんのこと、わすれてて、ごめんね――」
「!」
ヒナの大きな瞳から、大粒の涙がポロポロと零れていく。
それにつられ、ギルも、グレタも涙を流し、ギルとヒナは声を上げてわんわん泣いた。二人は、互いの涙が枯れ果てるまで、ずっとその手を離さなかった。
こうして、小さな雛鳥は、分厚く硬い殻を破る事が出来た。これからはもう一羽の雛鳥と共に、大地を踏みしめ、一歩、また一歩、互いに寄り添い成長し、これからを共に歩むのだ。
***
「という事があってだな」
時刻は夜七時過ぎ。
食卓に夕食が並ぶ中、アスターはステラに、今日あった出来事を話していた。
「それはそれは、ヒナちゃんも、そのギル君という男の子も良かったですね」
「俺様のおかげだな!」
「お前、何もしてなくない?」
※ほぼ寝ていました。
「あぁん? そもそも俺様がだなぁー!」
「あーはいはい、そーですね。てかお前、シオンの事もっと助けてやれよな。ただでさえ人馴れしてないってのに、ありゃトラウマもんだぞ」
「よく似合ってたじゃねーか」
「いやいやいやいや、顔面化け物みたいになってたからな?」
そんな会話を聞きながら、ステラは口角を上げ、肩を揺らす。
「アスターさんも、沢山お友達が出来て良かったですね」
「友達つっても、シオンにはまだ頑なに様付けされてるけどな。まぁ、おいおい仲良くなれたらいいな~とは思うけど、これが中々難しいというかなんというか」
どうやら自分は、距離感がおかしいようだからと、アスターが嘆く。そんな彼に「本当に羨ましい限りです。――出来るなら、私もその場に居たかったくらいですよ」と彼女が微笑み、アスターもつられて表情を緩めた。
「な、何事……?」
そこには、短い髪を無理やり縛られ、化物のような化粧が施されたシオンと、呑気にベッドで大の字で寝ているミスターの姿があった。
「ア、アスター様……」
ぎこちなく首を動かし、アスターに助けを求めたシオンは、そのままパタリと倒れこむ。
「だっ、大丈夫か!」
「友達付き合いというものは、かくも過酷なものなのですね……」
「……シオン。友達でもな、嫌なものは嫌って、断っていいんだぞ」
「なんと、それを早く……」
「おっ、おいしっかりしろっ。シオン、シオーン!!」
なんて茶番を二人が繰り広げていると、ヒナが入口脇に立つギルにたじろいだ。
(そういや、ヒナはギルの事忘れてるんだっけ……)
「ヒナ、そいつはギル。ギルもヒナの友達になりたいんだって」
「――っ!?」
言うなり、ヒナはパッと表情を変え、ギルの元へ駆け寄った。戸惑うギルの手を取り、ピョンピョン、うさぎのように飛び跳ねて、ヒナは全身で喜びを表現している。とても微笑ましい光景だ。
(大丈夫そうだな……)
アスターは、二人を見守りながら、次の行動に移すことにした。
「ヒナ、裏の林で遊ぼうか。ギルが秘密基地に案内してくれるってさ」
「ひみつきち……?」
ということで、ミスターを回収し、一行は裏の林へ足を踏み入れた。
この林はヒナの家、ヴィンヤード家が所有する土地だ。
「ここ?」
「うん、ここ」
ギルが案内したのは、林の中に建つ、しっかりした作りの小さなログハウスだった。庭師の居住スペースとして使っていた場所であったが、今は使われていない。ヒナの記憶の事もあり、多くの使用人は長期休暇を言い渡されているからだ。
「ヒナが開けていいの?」
「うん」
ヒナはギルに促され、立て付けの悪いドアをゆっくり開けた。
「お待ちしておりました、お嬢様」
「ばあやだ!」
開けたと同時に出迎えたのは、グレタだった。
そしてその後ろ、中央に配置されたテーブルには、苺をたっぷり使った大きなバースデーケーキや、明らかに人数分以上ありそうな軽食がドンと構え、壁は風船や紙のオーナメントで飾り付けが施されている。
「これを」
グレタは、黄色のリボンで可愛くラッピングされた袋をギルに手渡した。
「クッキー?」
「うん、オレと……アスターで作ったんだ」
「わぁ! すごいすごい! これヒナ!? こっちはギルお兄ちゃん! ばあやもいる!」
袋の中身は、ギルがヒナを想いながら一生懸命作った、ヒナやギルの顔を模したクッキーが入っていた。
「え、えと……その。ヒナ、た……誕生日おめでとう。それと、ごめん……オレ、お前に言わないといけない事があるんだ……き、聞いてくれるか? あのな――」
シンとした空気の中、ギルは唇を震わせ、今まで言えなかった真実を、言葉を詰まらせながらヒナへと告げた。
「ずっとずっと、言えなくてごめん。約束したのに、そばにいてやれなくて……ごめんっ……」
「……」
ヒナは一度も泣かなかった。
ずっとギルの目を見て、話を聞いて、話し終わった今は沈黙し、俯いているが、涙を流す事はなかった。
(今のヒナには、難しい話だったか?)
成功か、失敗か。何とも言え無い重たい空気が漂う。
すると――。
「あのね」
ヒナは唇を噛み、決意したかのような視線をギルに向けた。
「……ヒナね、しってたよ」
震える声。
しかし、ヒナはハッキリそう言い放った。
「この前ね、となりのバッカスが言ってたの。ヒナのママは死んじゃったから、ヒナはママナシなんだって。だからヒナ、ママの事も……、ギルお兄ちゃんの事も、ぜんぶ、ぜんぶ思い出したの……ごめんね。ヒナ、お兄ちゃんのこと、わすれてて、ごめんね――」
「!」
ヒナの大きな瞳から、大粒の涙がポロポロと零れていく。
それにつられ、ギルも、グレタも涙を流し、ギルとヒナは声を上げてわんわん泣いた。二人は、互いの涙が枯れ果てるまで、ずっとその手を離さなかった。
こうして、小さな雛鳥は、分厚く硬い殻を破る事が出来た。これからはもう一羽の雛鳥と共に、大地を踏みしめ、一歩、また一歩、互いに寄り添い成長し、これからを共に歩むのだ。
***
「という事があってだな」
時刻は夜七時過ぎ。
食卓に夕食が並ぶ中、アスターはステラに、今日あった出来事を話していた。
「それはそれは、ヒナちゃんも、そのギル君という男の子も良かったですね」
「俺様のおかげだな!」
「お前、何もしてなくない?」
※ほぼ寝ていました。
「あぁん? そもそも俺様がだなぁー!」
「あーはいはい、そーですね。てかお前、シオンの事もっと助けてやれよな。ただでさえ人馴れしてないってのに、ありゃトラウマもんだぞ」
「よく似合ってたじゃねーか」
「いやいやいやいや、顔面化け物みたいになってたからな?」
そんな会話を聞きながら、ステラは口角を上げ、肩を揺らす。
「アスターさんも、沢山お友達が出来て良かったですね」
「友達つっても、シオンにはまだ頑なに様付けされてるけどな。まぁ、おいおい仲良くなれたらいいな~とは思うけど、これが中々難しいというかなんというか」
どうやら自分は、距離感がおかしいようだからと、アスターが嘆く。そんな彼に「本当に羨ましい限りです。――出来るなら、私もその場に居たかったくらいですよ」と彼女が微笑み、アスターもつられて表情を緩めた。