13話:小一時間問い詰めたい
文字数 3,329文字
今日はステラが仕事の為、アスターは家で留守番していた。
ただ、これといってやることが無く、朝からずっと掃除ばかり。すでにやることも無く、今は早めの昼食を取っている。
今日のメニューは、ハムとチーズのサンドウィッチ。これはステラが作っていったものだ。
「……」
食卓には、ミスターもいた。
けれど二人の間に会話は無い。何故そうなっているのか、彼はその原因に心当たりがあった。
「いい加減機嫌直せって」
「……」
「悪かったって」
「……」
いつもムチャムチャ音を立て、ウメェウメェと生肉を貪 り食うミスターが、今は虚ろな目で、彼の言葉に耳を傾けるわけでもなく、無言で肉を食べ進めている。
事の始まりは今朝。
数日家を空けていたミスターが、やっと帰ってきた時の事である。
『私は仕事だから、アスターさんとお留守番お願いね。ご飯は作ってあるからそれを二人で食べて。じゃ、いってきますね』
そう言って笑顔で出て行ったステラを、彼等は玄関先で見送った。
その時、ミスターはただぼんやりとした虚ろな目つきで立っていて、いつもならギャーギャー喚くのにおかしいな? なんて彼が思っていた矢先。アスターは思い出したのだ。
一昨日、藤四郎の店の裏庭で、完全に伸びていたミスターをすっかり忘れ、今の今まで放置していたという事を。
当のミスターは相当怒っているのか、はたまた絶望しているのか。虚ろな瞳で時々空を見つめては、深いため息をつく。というのをずっと繰り返している。
「……はぁ」
そうこうしている内に、肉を食い終えたミスターは、またため息をついて、おぼつかない足取りで自分の小屋に戻っていった。この気まずい空気に、彼はたまらず庭に出る。しかし、空は相変わらずの曇天模様。気分転換に庭に出たものの、水遣り等はある程度終わらせていた為、やはりこれといってやる事が無い。無理やり仕事を探そうにも、できる事といえば、この数時間で散らかった落ち葉を掃く位だった。
「ふぅ」
ある程度落ち葉を掃いたところで、ふと顔を上げると、家の前を見知った顔が横切りった。彼は慌ててその人物を呼び止める。
「シオン!」
「?」
声に気づいたシオンが、暫くキョロキョロ辺りを見る。
そして彼に気が付き会釈した。こんな所で何をしているのかと訊ねると、配達を始めたのだと言う。
「店はあの有様ですし、折角なので、これからは新しいこともやってみようと主 様が」
「優秀な自宅警備員もいる事だしなぁ」
「えぇ、頼もしい限りです」
(おぉ)
この時、アスターは初めてシオンの微笑を見た。
今までのシオンはどれも硬い表情ばかりだったこともあり、ひとり、距離を感じていたアスターだったが、こんな顔も見せてくれるようになったのかと、少しうれしく思った。
「あ、呼び止めて悪い、配達中なんだよな?」
「いえ、もう終わりました」
「そうなのか」
ステラは居ないのかと訊かれ、今日は仕事で不在なのだと答える。
「それはそれは、お寂しいですね」
「子供じゃないんだから、別に平気だよ。それより時間は大丈夫なのか? 遅くなると藤四郎さんが心配するんじゃ」
「……失念でした。配達が終わったら連絡を入れるよう、言われていたのを思い出しました」
そう言って、シオンは首元の紐を手繰り寄せ、携帯を取り出した。
「お、買ってもらったのか?」
「自分は不要だと申したのですが、先日の事もありますし、配達に便利だからと主様が」
シオンのパーソナルカラーである薄い紫色の携帯に、黒と紫と黄色の、可愛らしい猫の顔が、団子のように連なる可愛らしいストラップが揺れる。
「えっと……これを……こう……」
慣れない手付きで操作する姿を、彼が暫く見守っていると、シオンの指がピタリと止まった。
「どうした?」
「使用方法は聞いていたのですが、まだよく覚えておりませんで」
「あぁ、何だ。貸してみ、どうしたい?」
「接客中かもしれないので、めぇるを」
受け取った携帯は、彼が初めて見るタイプの物だったが、操作は勘で分かる程、簡単なものだった。
「ほれ」
「ありがとうございます。助かりました」
「あいあい。あ、そうだ、折角だし、番号聞いてもいいか?」
そう言うと、シオンは肩下げの鞄から名刺を取り出した。
そこには店名や番号、住所は勿論、藤四郎の名前が記されている。
「道に迷ったり、番号を訊かれた時はこれを渡せば良いと主様に」
「お、おう」
(俺はシオンの番号を訊きたかったんだが……)
「そういえば、魔具の調子はどうですか?」
「んー、やっぱ俺には適正無いみたい」
アスアーは、今やもうファッションの一部と化しているネックレスと、そのチェーンに通した指輪を、首元から取ってシオンに見せた。
「これは……」
しかし、魔具を見た途端、シオンは顔を顰 めて唸る。
「どうした?」
「……申し訳有りません。どうやらこの魔具は粗悪品だったようで」
「粗悪品?」
「つい先日入荷したばかりだったのですが、この魔具から力を感じられません」
それは使えないという事だろうかと問うと、そうだと言う。本当に申し訳ないと謝り、新しい物と交換すると言うシオンに、折角貰った物だしこのままでいいと彼は断った。それでも、でも……しかし……と気に病むシオン。
《~♪》
そうこうしている内にシオンの携帯が鳴る。
藤四郎からの電話だった。
「はい、はい、そうです。いえ、アスター様にお会いしまして……、はい――」
暫くその会話を見守っていると、シオンがいきなり慌て出した。
「おっ、お待ちください主様っ、仰っている意味がわかりかねっ!」
あまりの慌てっぷりに、どうしたのだろうと彼が思っていると、電話を切られたのか、泣きそうな顔をしたシオンがアスターを見た。
「ぬ……主様が、夕方まで遊んでこいと……」
「う、うん?」
それがどうしたのかと不思議でたまらなかったアスターだったが、理由はすぐに判明した。
「自分は……主様にとって不要な存在になってしまったのでしょうか……」
この世の終わりが来たような、そんな顔で嘆く。
「ぶっ! くくくっ、ないない!」
アスターは、つい吹き出してしまった。
「はー、いきなり何を言い出すかと思えば。あのさ、藤四郎さんはきっと、お前にもっと外を見て欲しいんじゃないかな? それにさ、ナズナが居るからって、すぐにお前を切り捨てるような人だと思うか?」
「主様はそんなお人ではありません!」
と少しムッとしてシオンが答えたので、アスターも「そうだろう?」と同意する。
「さて、許しも出た事だ。何をするって事も思い浮かばないけど、俺もたまには童心に返って遊んでみるのもいいかもな」
「は……はぁ……」
(――子供の頃、何をして遊んでいただろう?)
アスターはふと思う。
けれど、これといって思いつかなかった。
「アスター様?」
「ん、そだ、シオンは小さい頃、何して遊んでたんだ?」
「自分ですか?蹴鞠 や貝合わせと言った所でしょうか」
シオンは、なかなかハイレベルな遊びをしていた。
「ま、とりあえずどっか行くか」
(男の遊びなんて、枝一本あれば何とかなるだろう)
という事で、とりあえずその辺をブラブラする事にした二人であったが、流石に何も言わずに行くのも如何なものかと、小屋に引き篭ったままのミスターに声を掛けて行く事にした。
しかし返ってきたのは、アスターが思っていたものとは違う反応だった。
「お前にだけは頼みたくなかったが……もうお前でいい」
「喧嘩なら買わんぞ」
「違うわい!」
彼が説明を求めると、ミスターは怪訝 な顔で呟 いた。
「友達になってほしい」
「え、嫌だけど」
「ファァー!!」
逆に何故いけると思ったのか。
アスターは小一時間、それを問いつめたいと思った。
ただ、これといってやることが無く、朝からずっと掃除ばかり。すでにやることも無く、今は早めの昼食を取っている。
今日のメニューは、ハムとチーズのサンドウィッチ。これはステラが作っていったものだ。
「……」
食卓には、ミスターもいた。
けれど二人の間に会話は無い。何故そうなっているのか、彼はその原因に心当たりがあった。
「いい加減機嫌直せって」
「……」
「悪かったって」
「……」
いつもムチャムチャ音を立て、ウメェウメェと生肉を
事の始まりは今朝。
数日家を空けていたミスターが、やっと帰ってきた時の事である。
『私は仕事だから、アスターさんとお留守番お願いね。ご飯は作ってあるからそれを二人で食べて。じゃ、いってきますね』
そう言って笑顔で出て行ったステラを、彼等は玄関先で見送った。
その時、ミスターはただぼんやりとした虚ろな目つきで立っていて、いつもならギャーギャー喚くのにおかしいな? なんて彼が思っていた矢先。アスターは思い出したのだ。
一昨日、藤四郎の店の裏庭で、完全に伸びていたミスターをすっかり忘れ、今の今まで放置していたという事を。
当のミスターは相当怒っているのか、はたまた絶望しているのか。虚ろな瞳で時々空を見つめては、深いため息をつく。というのをずっと繰り返している。
「……はぁ」
そうこうしている内に、肉を食い終えたミスターは、またため息をついて、おぼつかない足取りで自分の小屋に戻っていった。この気まずい空気に、彼はたまらず庭に出る。しかし、空は相変わらずの曇天模様。気分転換に庭に出たものの、水遣り等はある程度終わらせていた為、やはりこれといってやる事が無い。無理やり仕事を探そうにも、できる事といえば、この数時間で散らかった落ち葉を掃く位だった。
「ふぅ」
ある程度落ち葉を掃いたところで、ふと顔を上げると、家の前を見知った顔が横切りった。彼は慌ててその人物を呼び止める。
「シオン!」
「?」
声に気づいたシオンが、暫くキョロキョロ辺りを見る。
そして彼に気が付き会釈した。こんな所で何をしているのかと訊ねると、配達を始めたのだと言う。
「店はあの有様ですし、折角なので、これからは新しいこともやってみようと
「優秀な自宅警備員もいる事だしなぁ」
「えぇ、頼もしい限りです」
(おぉ)
この時、アスターは初めてシオンの微笑を見た。
今までのシオンはどれも硬い表情ばかりだったこともあり、ひとり、距離を感じていたアスターだったが、こんな顔も見せてくれるようになったのかと、少しうれしく思った。
「あ、呼び止めて悪い、配達中なんだよな?」
「いえ、もう終わりました」
「そうなのか」
ステラは居ないのかと訊かれ、今日は仕事で不在なのだと答える。
「それはそれは、お寂しいですね」
「子供じゃないんだから、別に平気だよ。それより時間は大丈夫なのか? 遅くなると藤四郎さんが心配するんじゃ」
「……失念でした。配達が終わったら連絡を入れるよう、言われていたのを思い出しました」
そう言って、シオンは首元の紐を手繰り寄せ、携帯を取り出した。
「お、買ってもらったのか?」
「自分は不要だと申したのですが、先日の事もありますし、配達に便利だからと主様が」
シオンのパーソナルカラーである薄い紫色の携帯に、黒と紫と黄色の、可愛らしい猫の顔が、団子のように連なる可愛らしいストラップが揺れる。
「えっと……これを……こう……」
慣れない手付きで操作する姿を、彼が暫く見守っていると、シオンの指がピタリと止まった。
「どうした?」
「使用方法は聞いていたのですが、まだよく覚えておりませんで」
「あぁ、何だ。貸してみ、どうしたい?」
「接客中かもしれないので、めぇるを」
受け取った携帯は、彼が初めて見るタイプの物だったが、操作は勘で分かる程、簡単なものだった。
「ほれ」
「ありがとうございます。助かりました」
「あいあい。あ、そうだ、折角だし、番号聞いてもいいか?」
そう言うと、シオンは肩下げの鞄から名刺を取り出した。
そこには店名や番号、住所は勿論、藤四郎の名前が記されている。
「道に迷ったり、番号を訊かれた時はこれを渡せば良いと主様に」
「お、おう」
(俺はシオンの番号を訊きたかったんだが……)
「そういえば、魔具の調子はどうですか?」
「んー、やっぱ俺には適正無いみたい」
アスアーは、今やもうファッションの一部と化しているネックレスと、そのチェーンに通した指輪を、首元から取ってシオンに見せた。
「これは……」
しかし、魔具を見た途端、シオンは顔を
「どうした?」
「……申し訳有りません。どうやらこの魔具は粗悪品だったようで」
「粗悪品?」
「つい先日入荷したばかりだったのですが、この魔具から力を感じられません」
それは使えないという事だろうかと問うと、そうだと言う。本当に申し訳ないと謝り、新しい物と交換すると言うシオンに、折角貰った物だしこのままでいいと彼は断った。それでも、でも……しかし……と気に病むシオン。
《~♪》
そうこうしている内にシオンの携帯が鳴る。
藤四郎からの電話だった。
「はい、はい、そうです。いえ、アスター様にお会いしまして……、はい――」
暫くその会話を見守っていると、シオンがいきなり慌て出した。
「おっ、お待ちください主様っ、仰っている意味がわかりかねっ!」
あまりの慌てっぷりに、どうしたのだろうと彼が思っていると、電話を切られたのか、泣きそうな顔をしたシオンがアスターを見た。
「ぬ……主様が、夕方まで遊んでこいと……」
「う、うん?」
それがどうしたのかと不思議でたまらなかったアスターだったが、理由はすぐに判明した。
「自分は……主様にとって不要な存在になってしまったのでしょうか……」
この世の終わりが来たような、そんな顔で嘆く。
「ぶっ! くくくっ、ないない!」
アスターは、つい吹き出してしまった。
「はー、いきなり何を言い出すかと思えば。あのさ、藤四郎さんはきっと、お前にもっと外を見て欲しいんじゃないかな? それにさ、ナズナが居るからって、すぐにお前を切り捨てるような人だと思うか?」
「主様はそんなお人ではありません!」
と少しムッとしてシオンが答えたので、アスターも「そうだろう?」と同意する。
「さて、許しも出た事だ。何をするって事も思い浮かばないけど、俺もたまには童心に返って遊んでみるのもいいかもな」
「は……はぁ……」
(――子供の頃、何をして遊んでいただろう?)
アスターはふと思う。
けれど、これといって思いつかなかった。
「アスター様?」
「ん、そだ、シオンは小さい頃、何して遊んでたんだ?」
「自分ですか?
シオンは、なかなかハイレベルな遊びをしていた。
「ま、とりあえずどっか行くか」
(男の遊びなんて、枝一本あれば何とかなるだろう)
という事で、とりあえずその辺をブラブラする事にした二人であったが、流石に何も言わずに行くのも如何なものかと、小屋に引き篭ったままのミスターに声を掛けて行く事にした。
しかし返ってきたのは、アスターが思っていたものとは違う反応だった。
「お前にだけは頼みたくなかったが……もうお前でいい」
「喧嘩なら買わんぞ」
「違うわい!」
彼が説明を求めると、ミスターは
「友達になってほしい」
「え、嫌だけど」
「ファァー!!」
逆に何故いけると思ったのか。
アスターは小一時間、それを問いつめたいと思った。