14話:突然はじまる鬼ごっこ
文字数 4,219文字
「俺様んじゃねぇし! 俺様だって願い下げだし!」
「何なんだよもう……」
「とにかく! 話を聞いてくれ!」
不真面目の塊であるミスターが、封を切ったように話し始めた。
どうやらあの日、庭に置き去りにされていたミスターは、その日中に公共機関を乗り継いでこの街まで戻ってきていた。しかし今の今まで、ヒナという少女の家にいたという。
ヒナはこの住宅街の一等地、大きな林に隣接した屋敷に住み、偶然にも今日、七歳の誕生日を迎える。そんな少女とミスターは、ふとした事がきっかけで出会い、随分前から友達の居ないヒナの遊び相手になっていたらしいのだが……。
「ちょっと前にヒナのオカンが、死んじまってんだよなぁ」
(いきなり重い――)
ただ当の本人はそれを知らず、何処か遠い所で療養をしているのだと聞かされ、今も母親の帰りを待っているという。
「……アイツの父親 も、兄貴も、ヒナより仕事が大事みてぇだし。誕生日なのによぉ、ばあさんと二人でケーキ食べて終わりだなんて、ヒデェ話ってもんだろぉ? だから俺様、アイツの友達になってくれそうな奴探して、今日呼んでくれって頼まれててよぉ」
今までのミスターからは、到底想像できない程真剣に、そして焦燥した姿に、彼は少しくるものがあった。
「そういう事情なら、まあ別にいいけど」
「ほんとか!?」
「な、シオン」
「えっ?」
「お前もだよ」
自分一人が幼女と友達になっては色々まずい。もし元の姿に戻れば、その子はまた友達を失う事になるとアスターは耳打ちするが、シオンは渋い顔だ。
「自分は鬼人 ですので」
「見た目も性格も人間と変わんないじゃん。それに、お前に友達が出来たら、藤四郎さんも凄く喜ぶんじゃないかな~」
「うっ」
その言葉に揺らいだように見えた。
(まぁ、いい機会ちゃ機会だよな。あの反応を見る限り、藤四郎さんはシオンにもっと自由になって欲しいんだと思うし……)
「じゃ、まず俺が友達第一号って事で、はい、よろしく」
「はい、え?」
アスターは手を差し出し、無理やり握手した。
それにシオンは戸惑い、慌てる。
「とりあえず俺の事様付け以外で呼んでよ。友達に上下関係は必要ないし、シオンが呼ばないなら、俺もシオン様って呼ぶけど」
「えぇっ」
「さぁさぁ」
「クソガキ様でもいいぞ」
「おう、いい根性してんな両生類」
「おぉん?」
「ちょ、ちょっとお二人共……」
途中茶々は入ったが、シオンの性格的にはすぐには無理だろう。あまり苛めてしまってはかわいそうだと判断し、アスターはゆっくりでいいと笑いかけた。
「本当に友達付き合いというか、人付き合いの何から何まで分からないのですが」
「いいんじゃないかな適当で」
「そう、なんですか?」
「大体そんなもんだよ、案外ね」
なんてやり取りをしながら、一行は早速屋敷へ向かう事にした。
ステラの家からは、駅と反対側にある緩い勾配を上へ進むと、目的地はすぐに見えてくる。どこまでも続く林をバックに、青々とした芝生と、玄関前の大きな噴水が特徴的な、豪奢 な屋敷。
「ガキ共はここで待ってな、俺様がヒナを呼んできてやっからよ」
そう言って、ミスターは正門の鉄柵をすり抜け、行ってしまった。
「にしてもデカイ家だな」
「この辺りでは一番大きいみたいですね」
二人で屋敷を眺めていると、シオンが視界の端で何かを捉える。
「どうした?」
「いえ……」
首を傾げたシオンが気になり、アスターもその方向へ視線を移す。少し離れた場所に、逆だった茶色の短髪に、生意気そうなツリ目の短パン少年が立っていた。
「近所の子供か?」
「ですかね?」
声を掛ける事もせず、二人でただ見つめていると、少年も視線に気付き、慌てて去って行ってしまった。
「何だったんだろ?」
「さぁ」
「うぉーい」
そうこうしている内にミスターが戻る。その後ろには、小さなスミレのように愛らしい、おかっぱ頭の白いワンピースを着た幼女を連れていた。
「ど……どちらさま、ですか?」
恐る恐る口にするその言葉は、青い瞳と共に震えている。
(えーと、怖がらせないように出来るだけ明るく……)
「ヒナちゃん、だよね。俺はアスター、こっちはシオン。お兄ちゃん達、ヒナちゃんとお友達になりたくて来たんだ」
と自然に声をかけたつもりだった彼だが、そのセリフは不審者のソレである。
当の本人もいきなりの事に驚き、肩をビクつかせたと思うと、何も言わずに逃げてしまった。
「えぇ……」
「アスター様……もっと言葉を選ばないと……」
「お前何してくれてんだよ……」
「いやいや、だって言いようがないだろ⁉」
外に出てきたと言う事は、ミスターから話を聞いたんだと思うじゃないか。と反論すると、ミスターは、ただ門の前に人がいる、何か用があるんじゃないか? と連れ出しただけだと言う。
「何で話してねぇんだよ!」
「物には順序ってもんがあるだろうがよぉ!」
「そうです。いきなり過ぎるのはよくありません。距離感は大事です」
「えぇ……」
フルボッコであった。
どうすれば良かったんだとアスターが頭を抱えていると、シオンが肩を軽く叩く。
「アスター様、アスター様」
「何……もう俺の心はズタボロよ……」
「いえ、そうではなく、どうやら我々の杞憂 のようです」
「へ?」
シオンが指さす方向を見ると、屋敷の中央に位置する大きな玄関扉の隙間から、ヒナが控えめに手招きをしていた。
「入ってこいって事か?」
「そのようで」
一行は、招かれざる客にならず済んだようだ。
***
「まぁまぁ! お嬢様がお友達をお呼びになるなんて、ばあやは嬉しくて嬉しくて、天にも昇る気持ちですよ」
そう笑い話すのは、ロマンスグレーの髪と金のラウンドフレーム眼鏡が良く似合う、この屋敷のメイド長『グレタ・マイヤー』である。
「ババァは今日も元気だな!」
「うわー!! スッ、スミマセン、スミマセン! よく言ってきかせますので!」
「ホホホホホッ!」
アスターは慌ててミスターの口を押さえるが、グレタは品良く笑い飛ばすだけで、怒りはしない。目尻のシワや、老いても柔らかく気品ある声は、落ち着きがあり、アスターは凄く心地が良い人だと思った。
「どうぞどうぞ、ごゆっくりなさってくださいね。ホホホホホッ」
グレタは紅茶や焼き菓子を部屋に運び入れると、そのまま部屋を出て行った。
「はぁ」
アスターは改めて辺りを見渡す。
高い天井に、花の刺繍が施された赤い絨毯 。そして天蓋付きのベッド。なかなか豪勢な部屋である。
「い……いっぱい食べて、ね?」
「あ、あぁ」
(何を話せばいいんだ……、えーと、距離感、距離感……)
とりあえず出されたクッキーを噛じりながら、アスターは当たり障りのない会話から入る事にした。
「いつもは何して遊んでるんだ?」
「え、えと。ご本よんだり、お花みたり……」
(地味……)
「えーと、じゃあ、今は何して遊びたい?」
「おままごと!」
男二人、カエル一匹を迎えておままごとをチョイスするとは、中々クールな発想の持ち主だと、彼は度肝を抜かれた。横に居るシオンも絶句である。
「あの、アスター様、おままごととは、一体どのような遊びで……?」
「俺に聞くな」
「ですよね……」
ヒソヒソ戸惑う男共の心情なんて露知らず、ヒナとミスターは手慣れた様子でおもちゃの食器を広げていく。
(こいつ等、やる気だ!)
「ヒナがママで、パパはミーくんね」
「おう! まかせろ!」
その後、アスターは生まれたばかりの赤子、シオンは姉役となった。
(いやいやいやいや、明らかに人選ミスってるだろこれ……、どうすんだよ、何すりゃいいんだよ俺、意味わかんねぇ)
(……ここが地獄か)
男衆はざわついている。
もはや自我を保つのに必死である。
「ん?」
さて始めようかとなった時、砂利を蹴るような小さな音が外から聞こえ、アスターは窓の外を見た。
「ばあやさんだ」
見るとグレタが正門に向かって歩いていた。
それを聞き、ヒナはグレタが買い物に行ったのではないかと口にする。
「いつもこの時間なの」
「ふーん。……ん?」
グレタが道へ出るまで、何となく見ていたアスター。
ふと見ると、またあの少年がいる事に気が付いた。それも物陰に隠れるように、まるで、グレタが屋敷を出るのを見計らっているかのようだ。
「またあの子だ」
「ですね」
「あー、あのガキはなぁ」
アスターとシオンの会話に、ミスターが混ざる。曰く、少年はひと月程前から一日一回、雨が降ろうと風が強かろうと必ずああして現れるという。
しかし、話しかけようにも、屋敷を出た途端姿を消すそうで、その目的は分からないというのだ。
「ちょっくら訊いてみるか」
「え?」
「っということでシオン、後は頼む。俺はあの子に会ってくるから」
「おっ、お待ちください!? この場を自分一人でですか!? なんとご無体な!」
「すまん!」
慌てるシオンに合掌し、アスターは部屋を後にした。
(頑張れシオン! これもお前のためなんだ!)
と思いつつ、本心は逃げれてラッキー♪ 程度の軽いものである。
「えーと……」
アスターは屋敷の長い廊下を走りながら考えていた。あの少年は正面から、監視でもするかのように屋敷を見ている。
(一旦裏から出れる所探して、後ろからいきゃ大丈夫かな)
「お、あったあった」
裏口はすんなり見つかった。そこから林を抜け、正面に回る。
「よし」
少年はまだ彼に気が付いていない。
アスターは足音を立てないよう、ゆっくり距離を詰めて――。
「おい、あの家に何の用だ?」
「!?」
背後から、少年の肩に手を置いた。
それに少年は驚き、短い悲鳴を上げ、腰を抜かす。
しかし、体勢をすぐに整えたかと思うと、そのまま逃げてしまった。
「あっ待て!」
突然始まる鬼ごっこ。
彼は迷うこと無く、少年の後を追うことにした。
「何なんだよもう……」
「とにかく! 話を聞いてくれ!」
不真面目の塊であるミスターが、封を切ったように話し始めた。
どうやらあの日、庭に置き去りにされていたミスターは、その日中に公共機関を乗り継いでこの街まで戻ってきていた。しかし今の今まで、ヒナという少女の家にいたという。
ヒナはこの住宅街の一等地、大きな林に隣接した屋敷に住み、偶然にも今日、七歳の誕生日を迎える。そんな少女とミスターは、ふとした事がきっかけで出会い、随分前から友達の居ないヒナの遊び相手になっていたらしいのだが……。
「ちょっと前にヒナのオカンが、死んじまってんだよなぁ」
(いきなり重い――)
ただ当の本人はそれを知らず、何処か遠い所で療養をしているのだと聞かされ、今も母親の帰りを待っているという。
「……アイツの
今までのミスターからは、到底想像できない程真剣に、そして焦燥した姿に、彼は少しくるものがあった。
「そういう事情なら、まあ別にいいけど」
「ほんとか!?」
「な、シオン」
「えっ?」
「お前もだよ」
自分一人が幼女と友達になっては色々まずい。もし元の姿に戻れば、その子はまた友達を失う事になるとアスターは耳打ちするが、シオンは渋い顔だ。
「自分は
「見た目も性格も人間と変わんないじゃん。それに、お前に友達が出来たら、藤四郎さんも凄く喜ぶんじゃないかな~」
「うっ」
その言葉に揺らいだように見えた。
(まぁ、いい機会ちゃ機会だよな。あの反応を見る限り、藤四郎さんはシオンにもっと自由になって欲しいんだと思うし……)
「じゃ、まず俺が友達第一号って事で、はい、よろしく」
「はい、え?」
アスターは手を差し出し、無理やり握手した。
それにシオンは戸惑い、慌てる。
「とりあえず俺の事様付け以外で呼んでよ。友達に上下関係は必要ないし、シオンが呼ばないなら、俺もシオン様って呼ぶけど」
「えぇっ」
「さぁさぁ」
「クソガキ様でもいいぞ」
「おう、いい根性してんな両生類」
「おぉん?」
「ちょ、ちょっとお二人共……」
途中茶々は入ったが、シオンの性格的にはすぐには無理だろう。あまり苛めてしまってはかわいそうだと判断し、アスターはゆっくりでいいと笑いかけた。
「本当に友達付き合いというか、人付き合いの何から何まで分からないのですが」
「いいんじゃないかな適当で」
「そう、なんですか?」
「大体そんなもんだよ、案外ね」
なんてやり取りをしながら、一行は早速屋敷へ向かう事にした。
ステラの家からは、駅と反対側にある緩い勾配を上へ進むと、目的地はすぐに見えてくる。どこまでも続く林をバックに、青々とした芝生と、玄関前の大きな噴水が特徴的な、
「ガキ共はここで待ってな、俺様がヒナを呼んできてやっからよ」
そう言って、ミスターは正門の鉄柵をすり抜け、行ってしまった。
「にしてもデカイ家だな」
「この辺りでは一番大きいみたいですね」
二人で屋敷を眺めていると、シオンが視界の端で何かを捉える。
「どうした?」
「いえ……」
首を傾げたシオンが気になり、アスターもその方向へ視線を移す。少し離れた場所に、逆だった茶色の短髪に、生意気そうなツリ目の短パン少年が立っていた。
「近所の子供か?」
「ですかね?」
声を掛ける事もせず、二人でただ見つめていると、少年も視線に気付き、慌てて去って行ってしまった。
「何だったんだろ?」
「さぁ」
「うぉーい」
そうこうしている内にミスターが戻る。その後ろには、小さなスミレのように愛らしい、おかっぱ頭の白いワンピースを着た幼女を連れていた。
「ど……どちらさま、ですか?」
恐る恐る口にするその言葉は、青い瞳と共に震えている。
(えーと、怖がらせないように出来るだけ明るく……)
「ヒナちゃん、だよね。俺はアスター、こっちはシオン。お兄ちゃん達、ヒナちゃんとお友達になりたくて来たんだ」
と自然に声をかけたつもりだった彼だが、そのセリフは不審者のソレである。
当の本人もいきなりの事に驚き、肩をビクつかせたと思うと、何も言わずに逃げてしまった。
「えぇ……」
「アスター様……もっと言葉を選ばないと……」
「お前何してくれてんだよ……」
「いやいや、だって言いようがないだろ⁉」
外に出てきたと言う事は、ミスターから話を聞いたんだと思うじゃないか。と反論すると、ミスターは、ただ門の前に人がいる、何か用があるんじゃないか? と連れ出しただけだと言う。
「何で話してねぇんだよ!」
「物には順序ってもんがあるだろうがよぉ!」
「そうです。いきなり過ぎるのはよくありません。距離感は大事です」
「えぇ……」
フルボッコであった。
どうすれば良かったんだとアスターが頭を抱えていると、シオンが肩を軽く叩く。
「アスター様、アスター様」
「何……もう俺の心はズタボロよ……」
「いえ、そうではなく、どうやら我々の
「へ?」
シオンが指さす方向を見ると、屋敷の中央に位置する大きな玄関扉の隙間から、ヒナが控えめに手招きをしていた。
「入ってこいって事か?」
「そのようで」
一行は、招かれざる客にならず済んだようだ。
***
「まぁまぁ! お嬢様がお友達をお呼びになるなんて、ばあやは嬉しくて嬉しくて、天にも昇る気持ちですよ」
そう笑い話すのは、ロマンスグレーの髪と金のラウンドフレーム眼鏡が良く似合う、この屋敷のメイド長『グレタ・マイヤー』である。
「ババァは今日も元気だな!」
「うわー!! スッ、スミマセン、スミマセン! よく言ってきかせますので!」
「ホホホホホッ!」
アスターは慌ててミスターの口を押さえるが、グレタは品良く笑い飛ばすだけで、怒りはしない。目尻のシワや、老いても柔らかく気品ある声は、落ち着きがあり、アスターは凄く心地が良い人だと思った。
「どうぞどうぞ、ごゆっくりなさってくださいね。ホホホホホッ」
グレタは紅茶や焼き菓子を部屋に運び入れると、そのまま部屋を出て行った。
「はぁ」
アスターは改めて辺りを見渡す。
高い天井に、花の刺繍が施された赤い
「い……いっぱい食べて、ね?」
「あ、あぁ」
(何を話せばいいんだ……、えーと、距離感、距離感……)
とりあえず出されたクッキーを噛じりながら、アスターは当たり障りのない会話から入る事にした。
「いつもは何して遊んでるんだ?」
「え、えと。ご本よんだり、お花みたり……」
(地味……)
「えーと、じゃあ、今は何して遊びたい?」
「おままごと!」
男二人、カエル一匹を迎えておままごとをチョイスするとは、中々クールな発想の持ち主だと、彼は度肝を抜かれた。横に居るシオンも絶句である。
「あの、アスター様、おままごととは、一体どのような遊びで……?」
「俺に聞くな」
「ですよね……」
ヒソヒソ戸惑う男共の心情なんて露知らず、ヒナとミスターは手慣れた様子でおもちゃの食器を広げていく。
(こいつ等、やる気だ!)
「ヒナがママで、パパはミーくんね」
「おう! まかせろ!」
その後、アスターは生まれたばかりの赤子、シオンは姉役となった。
(いやいやいやいや、明らかに人選ミスってるだろこれ……、どうすんだよ、何すりゃいいんだよ俺、意味わかんねぇ)
(……ここが地獄か)
男衆はざわついている。
もはや自我を保つのに必死である。
「ん?」
さて始めようかとなった時、砂利を蹴るような小さな音が外から聞こえ、アスターは窓の外を見た。
「ばあやさんだ」
見るとグレタが正門に向かって歩いていた。
それを聞き、ヒナはグレタが買い物に行ったのではないかと口にする。
「いつもこの時間なの」
「ふーん。……ん?」
グレタが道へ出るまで、何となく見ていたアスター。
ふと見ると、またあの少年がいる事に気が付いた。それも物陰に隠れるように、まるで、グレタが屋敷を出るのを見計らっているかのようだ。
「またあの子だ」
「ですね」
「あー、あのガキはなぁ」
アスターとシオンの会話に、ミスターが混ざる。曰く、少年はひと月程前から一日一回、雨が降ろうと風が強かろうと必ずああして現れるという。
しかし、話しかけようにも、屋敷を出た途端姿を消すそうで、その目的は分からないというのだ。
「ちょっくら訊いてみるか」
「え?」
「っということでシオン、後は頼む。俺はあの子に会ってくるから」
「おっ、お待ちください!? この場を自分一人でですか!? なんとご無体な!」
「すまん!」
慌てるシオンに合掌し、アスターは部屋を後にした。
(頑張れシオン! これもお前のためなんだ!)
と思いつつ、本心は逃げれてラッキー♪ 程度の軽いものである。
「えーと……」
アスターは屋敷の長い廊下を走りながら考えていた。あの少年は正面から、監視でもするかのように屋敷を見ている。
(一旦裏から出れる所探して、後ろからいきゃ大丈夫かな)
「お、あったあった」
裏口はすんなり見つかった。そこから林を抜け、正面に回る。
「よし」
少年はまだ彼に気が付いていない。
アスターは足音を立てないよう、ゆっくり距離を詰めて――。
「おい、あの家に何の用だ?」
「!?」
背後から、少年の肩に手を置いた。
それに少年は驚き、短い悲鳴を上げ、腰を抜かす。
しかし、体勢をすぐに整えたかと思うと、そのまま逃げてしまった。
「あっ待て!」
突然始まる鬼ごっこ。
彼は迷うこと無く、少年の後を追うことにした。