05話:不思議な雑貨屋グリシーヌ

文字数 4,409文字

 二人は目的地へ赴く前に、近場のカフェで昼食を取る事にした。
 曇天の空の下、アスターは味の薄いサンドイッチを囓りながら、先程からずっと気になっていた事をステラに尋ねる。

「魔道士と魔術師の違い、ですか?」
「うん、この世界ではどう違うのかなって」
「そういう事でしたら。えー……では最初に、魔道士とは自然界のありとあらゆる――」
「ちょ、ちょっと待って」
(これ多分長くなるやつだ)

 アスターは直感的にそう思い、出来れば分かりやすく簡単に説明して欲しいとお願いした。

「簡単に、ですか……?」

 すると、ステラは「うーん」と唸り、考え込んでしまった。
 そして暫くして、考えがまとまったのか表情をパッと明るくして言い放つ。

「体質の違いですね!」
「おーっと、そうきたかぁ」

 確かに簡単にとは言ったが、それはちょっと簡単すぎやしないか? という気持ちがもろに彼の顔には出ていた。それにステラは少し焦り、言い直す。
 
「ゴホン。えーと、簡単に言ってしまいますと、魔術師は魔具という道具を媒体に呪文や術式を使い、術を発動させます。でも魔道士はそれら一切を必要とせず魔法を展開できる。つまりまぁ、魔道士は全身が魔具みたいなものなんですね」
「魔具?」
「実物を見た方が早いかもしれませんね」

 言いつつ、ステラは、テーブルの上に彼女自身が使っている白い杖をゴトリと置いた。

「これが“魔具”です」
「うん」
「この杖の柄についている、この四つの石は精霊石。つまり魔術を発動させるための力の源と、そして持ち手に薄っすらではありますが、魔法陣が彫られているの、解ります?」
「うん」
「力と術式。これに発動キーとなる詠唱を加えると、魔術が使えるのです」 

 ちなみに魔具にも品質の差がある。品質の低い魔具で魔術を発動した場合、マッチ棒程度の火を起こしたり、小さなカップを浮かせる程度の魔術しか使えないが、高品質の魔具になればなるほど、その威力も段違いとなり、必要になるエネルギー量も術式も複雑になってしまうのだ。

「ちなみにソレは?」
「これは一応上級魔具です。応用の利く術式を予め施してあるので、ある程度のものであれば式を書かずに魔術を展開する事が出来て、すごく重宝してます」
「ほうほう……」

 杖をまじまじ見ながら、彼の中で疑問が浮かぶ。

「あれ? でもお前確か、昨日魔道士だって言ってなかったか?」

 魔具を使っているのなら、魔術師という奴では無いのだろうか。普通に考えればそう思うのが当たり前だ。

「え……と。まぁ色々ありまして……。あ、でもでも、私みたいな魔道士は結構いるんですよ。最近は昔に比べ、魔具の質も加工技術も凄く上がりましたしね」
「ふーん」

 その話をした時の、彼女の表情が曇ったのがアスターは気になった。
 これ以上訊くべきではない、そう思い、話題を切り上げる。

「お茶、冷めちまったな。そろそろ出よう。風も冷たくなってきた」
「そ、そうですね。行きましょうか」

 二人はカフェを出て、目的地へと足を進めた。件の店は、本当に協会の近くにあり、カフェのある表通りを少し進み、信号を二つ渡った所で、彼女が(ゆび)()す。

「あれがシロウさんのお店です」
「おお、凄いレトロな店だな」

 店の外観はアンティークそのものであった。
 塗装は所々剥がれ、下地が見える外壁に蔓性の植物が伸びているが、手入れが行き届いていないというわけでは無い。それはその店の外観にとてもよく合っている。いわば演出なのだ。

 彼がふと上を見上げると、吊るされた鉄製の看板に、ブドウのような模様と筆記体でglycineと刻まれていた。

「ぐり……?」
「グリシーヌ。イリスの言葉で“藤”という意味です」
「へー」

 そんな会話をしながら扉を開けると、ドアベルが軽快に鳴り響いた。
 両側の窓にディスプレイされた沢山のサンキャッチャーが、キラキラ、虹色の光を放って揺れる。

(おぉ……)

 扱っている商品は、和小物からエキゾチックな雰囲気漂う物まで様々だった。
  店内に入った瞬間、アスターは吹き抜けの天井にぶら下がる、花が咲いたようなデザインのシャンデリアと、壁一面に本が敷き詰められた本棚に圧倒される。

 手の届く範囲にディスプレイされた日用品から小物類まで、女性向けと思える品揃えも目についたが、人の子程大きな鉱石や、加工された水晶等も多数置いてあり、アスターのテンションはうなぎのぼりだ。

「こんにちは」
「おや? これはこれは珍しい。今日は彼氏さん連れで、お探し物ですか?」
「……」
(この世界では、男を連れていればこう言われるのだろうか?)

 レジ横に腰掛けていた男が立ち上がり、笑顔で二人を出迎える。ただ、笑顔と言っても顔が全て出ているわけでは無い。クセの強いボサボサの黒髪は男の目元を完全に隠し、鼻先と口元しか見えていないのだ。

(接客業的に問題ないのだろうか……)

 まるで書生のようなその出で立ちも気になるアスターだったが、前髪のインパクトが強すぎてそれどころでは無かった。

「こちらはアスターさんです。なんと、シロウさんと同じ、異界の方なんですよ」
「なんと!」

 彼が異界人と聞いた途端、両手を広げ喜んだ。

「ようこそ異世界へ! 僕は桜庭藤四郎(さくらば とうしろう)です。これから大変だと思いますが、困ったことがあったら、何でも言ってくださいね」

 出された手に躊躇しながら、二人は握手を交わす。
 彼は見た目に似合わず、フレンドリーな人のようだ。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします?」

 そして藤四郎は興奮冷めやらぬといった感じで、店の奥に向かってシオンと叫ぶ。すると今度は、白い水兵のような恰好をした少年が姿を現した。

「お呼びですか? (ぬし)様」

 まるで主従関係があるかのように、藤四郎の事を主様と呼ぶ少年。二人はどういう関係なのだろうかとアスターは少し、いや、かなり気になった。

「僕はこのシオンと共に、この世界に飛ばされたんですよ。と言っても飛ばされた先は、隣の国のイリスなんですがね」
「……」

 シオンはペコリと会釈する。薄紫色の、外側にハネた髪の毛がふわりと揺れた。こういう所は実に日本人らしいとアスターは思った。どうやらシオンというこの少年は、藤四郎とは真逆で、あまり喋るタイプでは無いようだ。

「さてと」

 ある程度挨拶も終えたところで、これから大変だろうと、背格好も似ている自分の服でよければ、袖を通していない服が数点あるのでどうかと藤四郎は提案した。

「いいんですか!?
「ご覧の通り、僕はこういった格好の方が好きなので、洋装はあまりしないんですよ。でも頼みもしないのに、実家からよく服が送られてきて……正直持て余してしまって……」
「実家?」
「あぁ、この世界に来た時から世話になっている人達で、今は親同然なんです」
「なるほど」
「ただちょっと変な柄が多いと言いますか……。まぁ寝間着代わりにでも使って頂ければと……余計なお世話でしたか?」
「余計だなんてそんな! むしろ有難いっていうか、ホントに助かります!」
「ではお持ちしましょう」
 
 まとめてくるので待っていてくれと、藤四郎は店の奥へ引っ込んでいった。トントントンと、階段を上がる軽快な音が店に響く。アスターが何となく、その方向をぼんやり眺めていると、ステラがシオンに声を掛けた。

「扱いやすい……そうですね、属性付きの魔具を見せてもらってもいいですか?」
「属性付き、ですか?」
「はい、アスターさんのお試し用で使いたいんです」
「かしこまりました」

 黒いスエード調のトレーの上に、タグ付きの商品が次々並べられていく。
 火属性のピアスに、水属性のネックレス、小さな緑色の石があしらわれた指輪は風属性等々、シオンの解説が無ければ、まるで宝石店で接客されているかのような光景だった。

「杖は無いんだな」

 どうせ使うのなら杖を振り回してみたい。だってそのほうがファンタジーって感じがしてカッコイイじゃないか。とまでは口に出さないアスターだが、顔に出ていた。

「中級免許を取れば、杖型の魔具も振れるようになりますよ」
「おお!」

 そもそも体質がアウトであればそれすら叶わないが、テンションの上がり切った彼は忘れていた。さてどれにしようかという話になり、最初は扱いやすい風か水はどうかとステラは打診した。

「火は駄目か?」
「家を燃やさなければ大丈夫ですが……」
「あ、はい」

 その一言で全てを察し、悩んだ結果、アスターは青い石のついた水属性のネックレスを選んだ。

「着けていかれますか?」
「まだいいかなぁ。ちょっと怖いし」
「ではお包みしますね」
「よろしく頼む」

 梱包される様子を見ながら、アスターはシオンに、元の世界に帰れる方法を尋ねた。それにシオンは静かに首を振る。

「まぁ、知ってたら今頃ここには居ないよな」
「はい、でも……」

 シオンはポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。

「自分と主様はこちらに来てもう十数年になりますが、主様は毎日楽しそうに暮らしています。だから自分は、こちらにこれて良かったと思っています。帰りたくないというのは嘘になりますが、自分はここでこのまま、主様と共に在りたいです」
「そっか……」
(そういう生き方もあるだろう)

 人それぞれで、自分如きがとやかく言う事では無いと、アスターはそれ以上深くは聞かない事にした。

「あ、そうだ。トウシロウさんの名前って、漢字だとどう書くんだ?」
「藤です。花の藤。それに漢数字の四と――」
「なるほど。店の名前はそこからか」

 言い終わる前に彼は自己解決した。
 シオンもそれに軽く頷き、梱包の終わった商品を差し出す。

「おいくらですか?」
「あ、そだ。カレンから割引券貰ったんだけど、これって使えるかな?」

 ステラが財布を出すタイミングで、アスターはカレンから貰った割引券をポケットから取り出した。机の上の切られた値札をシオンがひっくり返し、値段をレジに打ち込んでいると――。

「差し上げますよ」
「え?」

 藤四郎が大きな紙袋を三つ携え戻ってきていた。
 やり取りを聞いていたようだ。

「これから色々大変でしょうし」
「いいんですか!?
「えぇどうぞ。なんでしたら――」

 そしてなんと、アスターが先程迷っていた風属性の指輪までくれるとも言い出した。

「ああっ、ありがとうございます!」
「良かったですねぇ」

 こうして、アスターは自分の魔具を手に入れた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【アスター】

人生ハードモードを地で行く、本作の主人公。

色々あって魔力が切れると幼児化してしまう謎体質に悩まされている。

しかしてその正体は……。

【ステラ・メイセン】

森の中、全裸姿の主人公に出会っても臆することなく、冷静に状況を判断し、救いの手を差し伸べてくれた悟り系ヒロイン。 家事全般が得意で精霊魔法の使い手であるが、わけあってその身に“古の魔女”を宿している。

【リド・ハーツイーズ】

協会所属の民間警察官であり国家魔道士。普段は冷静沈着でいたって真面目な性格をしているのだが、惚れた相手が絡むと途端にポンコツ化したりチョロすぎる一面を見せたり超不器用。剣術と氷結魔法が得意。

スターチス・カーター】

協会所属の民間警察官室長であり国家魔道士。ステラにとっては後見人のような立場であり、娘のように大事にしている。とある事情により吸血鬼になってしまったがもともとは人間。影の魔法を得意とする。

【メリッサ・ガルディ】

協会所属の民間警察官だが、スターチス達とは違い、国家魔道士免許は持っていない。キツイ性格で口より先に手が出るタイプだけど、たまにデレが……出るときもある(頻度少な目)錬金術と接近戦闘術が得意。

【クロエ・ミラビリス】

協会所属の民間警察官であり国家魔道士。植物と対話が出来、情報収集に長けているので、主に街の見回りを担当している。いつもおどおど引っ込み思案な性格で赤面症。胸が大きいのがコンプレックス。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み