20話:ままならぬ

文字数 4,234文字

「――何事ですか!?

 部屋に向かっている途中、アスターの絶叫を聞きつけたステラは、焦った様子で扉を開けた。

「おや、おかえり」
「ステラおはよう~」
「お、おはようございます。ス、ステラさん」
「えと……皆さんお揃いで、おはようございます??
 
 どうやら何事も無いと安心したのか、ごく自然に持っていた物をテーブルへ置き、リドから彼を受け取ると。もしかしたら元の姿に戻れるかもしれないと、アスターに報告した。

「あぶぶ!?
 訳:マジで!?

「あくまでも可能性、なんですが」

 詳細を早く、と彼は急かすが、何せ今、彼はバブバブとしか言えぬ身。流石のステラもそこまでは分からなかった。そんな時、先ほどステラが机に置いた物をメリッサがひょいと摘まみ上げる。

「何これ、飴玉?」
「えと、それは――」
「あ」

 ステラが言い終える前に、ジッパーの閉じ方が甘かったのか、中身が半分、床に零れ落ちてしまった。

「うわ、ごめんステラ! すぐ拾うから!」
「ううん、大丈夫よ」
「あ、わ、私も手伝うよ」

 アスターを抱えているステラに代わり、慌てて拾うメリッサとクロエ。

「わぁ……この飴凄い」

 拾っている最中に、クロエが、ある事に気が付いた。

「見て、光を当てたら、ほら、凄く綺麗なの……」
「あ、ホントだ」

 透明な小袋に一つ一つ個別包装されていた丸い飴に、電飾の光が反射して、まるで真っ青な空に星が浮かんでいるかのような、不思議な輝きを放っていた。

「それを食べれば元に戻るかもしれないって、ドクターに貰ったの」

 そう聞いた瞬間、メリッサは顔を(しか)め、飴を顔から遠ざけた。

「……こんなに綺麗なのに、ゴミみたいな味がしそう」
「あ、でも、質だけは保証するって、ドクターが」
「うわ、絶対ヤバイ奴じゃん」
(……俺はこれから何を食わされるんだ?)

 もはや恐怖しかなかった。
 そんなアスターをほっといて、二人は会話を進めていく。

「でも、このまま食べて、喉に詰まらせちゃったら大変よね」

 そう不安がるステラを横目に「砕けばよくない?」とリズム良く淡々と言い放つメリッサ。それに彼女はポンと手を叩き、納得といった表情をしてみせた。

「じゃあ帰ってさっそく――」
「これで」
「え?」

 メリッサは、飾り棚に置かれた置時計に手を伸ばすと、小袋に入ったままの飴目掛け、思いっきり振り下ろす。それも何度も何度も、何か恨みでもあるのかという程、何度もだ。

「備品!」

 スターチスの制止むなしく、テーブルと時計にはキズが付き、飴はすっかり粉々になっていた。

「あうー……」
 訳:怖ぇー……。

「ほら、出来たわよ」

 そう言ってメリッサが差し出した飴は、外装はボコボコで、叩きすぎて小さな穴が何か所か開いている状態だった。

「これならいけるでしょ?」
「うーん。アスターさん赤ちゃんだし、ミルクに溶かしてあげたほうが――」
「大丈夫じゃない? ほら、アタシが食べさせてあげるから口開けなさいよ」
!?

 メリッサは、アスターの顎をガッと掴むと、そのまま指で両頬を押し上げ、無理やり口をこじ開けた。砕かれた飴が、ザラザラと喉元へ流し込まれていく。まさに鬼畜の所業である。

「あが、うががが!」
(((うわぁ……)))

 スターチスをはじめ、リド、クロエの三人は、その光景にドン引きだ。
 その後、メリッサによる公開拷問ショーを受けたアスターはというと……。 

「……そいつ、大丈夫なのか?」 
「え?」

 リドの指差すその方向には、泡を吹き、すっかり廃人と化したアスターの姿があった。

「え、ええええアスターさんっ!?
「……ぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ」

 あんなにも鮮やかで、幻想的な輝きを放っていた飴の味は、甘味(あまみ)なんてものは微塵もなく、苦味と辛味。そして後から来る強烈な酸味が舌を痺れさせ、吐き気を催す程、激的に不味いという代物であった。

「ほら、もう、ペッしなさい、ペッペッ」
「ぶえぇ……」
 訳:不味い……。

 スターチスに差し出されたハンカチに、彼は舌を擦り付けるように唾を吐き出した。けれどそれは粉になっている分、中々口の中から無くならず。舌を動かせば動かす程、苦い、酸っぱい、ビリビリするという無限地獄が続く。

「でも、何もない、ね? 先生のお薬、効かなかったのかな……?」
「なんだ、つまんないの。元がどんななのか、見て笑ってやろうと思ったのに」
「うーん……やっぱり他の原因があるのかしら……」

 女子三人の会話を右から左へ受け流しつつ、アスターは口の中の遺物をあらかた吐き出し終えた。しかし、まだ舌がビリビリと気持ち悪く、溢れる唾液は止まらない。そんな折、彼は、目の前で哺乳瓶片手に待機していたリドと目が合った。

「あうあう」
 訳:それくれ。

「……飲むのか」

 アスターは、受け取った哺乳瓶を、スターチスに支えられながら、まるでラッパでも吹くかのように高らかに飲み干した。中のミルクは既に冷え切っていたが、口の中をどうにか出来るのならば、鉄臭かろうがマシだと判断したのだ。

「ゲェップゥ……」
「や、やさぐれてる……」
「君達がイジメるからじゃないかな」
「ふん。根性無しが、って」
「エレレレレレ――」
「また吐いてる! めっちゃ吐いてる!」
「あららら」
 
 まるでポンプ式の蛇口のように、次から次へと飲み干したミルクが胃から口へと上がっていき、フローリングの床に白い水たまりを作っていく。

「あぶぅ、あぶぶぶぶ」
 訳:くそぅ、ままならねぇ。

「す、荒んでる……絶対怒ってるよぅ、あれぇ……」
「でも、ほっぺたぷくぷくしてて可愛いです」

 アスターのパンパンに膨らんだ頬を、ステラは指でぷにぷにつつく。小さな頬から空気が漏れ、つつく度に音が鳴る。

 それからどれだけ待っただろうか。アスターが元の姿に戻る気配なぞ一向に見せず、クロエとリドは業務の為に退出し、ステラとスターチスも話したいことがあるからと出て行った。そして今、談話室に残っているのは、アスターとメリッサという異様な組み合わせだ。

(絶望しかない……)

 先ほど受けた拷問めいた光景が、フラッシュバックする。
 また虐められるのではないかと、アスターは内心ビクビクだ。

「……ねえ」
「!」

 ずっと無言で携帯端末を弄っていたメリッサが、不意に口を開く。

「アンタ、あの子の家に居候してるのよね?」
「あ、あい」
「変な事、してないでしょうね?」

 声のトーンを落とす所まで落とし、メリッサが凄む。アスターはブンブン顔を縦に振り、身の潔白を主張した。

「ふーん、そう」
(な、何なんだ一体……)

 本当にビクビクである。
 けれど、それからは静かなものだった。彼はソファに仰向けで寝かされていた為、暫く天井を眺めるだけという、少々拷問めいた時間を過ごしたが、メリッサが彼にちょっかいを出す事も無く、平和そのものであった。
 チクタク、チクタク。傷物にされた置き時計が、時を刻む小さな音と、時折風が窓をノックする音だけが、室内に響いている。

(……腹減った)

 アスターは凄まじい空腹感に襲われていた。

(食っては吐いての繰り返しだったもんなぁ)

 むしろ、胃液も出してマイナスなのではなかろうか、と彼が思った時、ローテーブルの下に、例の飴が落ちているのに気が付いた。吐く程不味い劇物だが、我慢すれば腹の足しにはなるかもしれないと手を伸ばす。

「う~~~」
(もう少し、後もう少し……)

 実際には、腕二つ分程、長さが足りていないのだが、彼にはそれが分からない。

「ちょっと」 
「う」

 アスターは、首根っこを掴まれた。

「危ないじゃない、落ちたらどうすんのよ」
「うー! あー!」

 ジタバタ暴れるアスターを、メリッサは抱き上げ、対面になるよう自身の膝上に座らせる。

(あとちょっとだったのに!)

 ※ちょっと所の話じゃない。

「何よ、その不満げな顔は」
「うー」
「そんなに睨んでも無駄よ。遊んでなんかあげ――」

 言い終える前に、メリッサの瞳が、驚いた猫の様に丸く見開いた。
 そして同時に、アスターも違和感を感じ始める。メリッサの見下すような目線が、いつの間にか“同じ高さ”になり、喉元は圧迫され、全身が熱を帯び、骨がキシキシと悲鳴を上げ始めたのだ。

「ぐっ!」
「えっちょっ! ちょっと!?

 肌を伝うは、繊維の裂ける乾いた音。
 頭に響く甲高いメリッサの声は、彼の耳元へ更に近づき――。
 
「っぶは!!

 アスターが全ての痛みから開放された時、彼の目線はメリッサより高く、そして彼女の黒い短パンとニーハイから望む絶対領域に、膝をつくような形で自身の右膝が挟まっていた。

「いっ」

 捻り出した涙声が、アスターの耳に直に届く。
 そして、次の瞬間には悲鳴に変わっていた。

「イヤアアアアアアアアアア!!

「バカ、変態!」という罵声に混じり、慌ただしい靴音が聞こえたかと思えば、ブチ破るように扉を開いて、険しい顔したリドが部屋に飛び込んでいた。

「何事だ!」
「こっこれは、そのっ違くてっ!」 
「イヤー! どいて! 早く離れて! バカバカッ変態!! 露出狂!」

 駆けつけたリドが目にした光景は、床に散らばるベビーウェアの残骸と、ソファの上、今にも全裸で少女に覆いかぶさろうとしている挙動不審なアスター。それに心の底から嫌がり、ジタバタと暴れている同僚の姿だった。

「聞いてくれ! 誤解なんだ!」
「……言い訳は後で聞く。とりあえず、お前は今すぐ彼女から離れろ」
「……はい」

 淡々と、ドスの効いた声をリドが発する。その眼差しは、ゴミを見るかの如く冷たく、そして徐々に怒りのオーラを放っていく。アスターは殴られるのを覚悟で、ゆっくりとソファから降り、そのまま床に正座した。

「リサ、君は室長を呼びに行って。……お前はまず、ソレを隠せ」
「はい……」

 投げつけられたリドの上着で半身を隠し。アスターは冷たい床の上で、尻から体温を抜かれながら、懇懇とリドの説教を受けるハメになった。
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登場人物紹介

【アスター】

人生ハードモードを地で行く、本作の主人公。

色々あって魔力が切れると幼児化してしまう謎体質に悩まされている。

しかしてその正体は……。

【ステラ・メイセン】

森の中、全裸姿の主人公に出会っても臆することなく、冷静に状況を判断し、救いの手を差し伸べてくれた悟り系ヒロイン。 家事全般が得意で精霊魔法の使い手であるが、わけあってその身に“古の魔女”を宿している。

【リド・ハーツイーズ】

協会所属の民間警察官であり国家魔道士。普段は冷静沈着でいたって真面目な性格をしているのだが、惚れた相手が絡むと途端にポンコツ化したりチョロすぎる一面を見せたり超不器用。剣術と氷結魔法が得意。

スターチス・カーター】

協会所属の民間警察官室長であり国家魔道士。ステラにとっては後見人のような立場であり、娘のように大事にしている。とある事情により吸血鬼になってしまったがもともとは人間。影の魔法を得意とする。

【メリッサ・ガルディ】

協会所属の民間警察官だが、スターチス達とは違い、国家魔道士免許は持っていない。キツイ性格で口より先に手が出るタイプだけど、たまにデレが……出るときもある(頻度少な目)錬金術と接近戦闘術が得意。

【クロエ・ミラビリス】

協会所属の民間警察官であり国家魔道士。植物と対話が出来、情報収集に長けているので、主に街の見回りを担当している。いつもおどおど引っ込み思案な性格で赤面症。胸が大きいのがコンプレックス。

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