08話:世界一幸せな奴

文字数 3,672文字

 昔々あるところに、ふしぎな力を持つ少女がおりました。
 ある時は風をあやつり、またある時は何もない所から火を起こしてみせました。

 少女の家族は、この力は神が与えたもうた奇跡の力なのだと村人に言い、村人は少女を神の御使いだと大事に大事に育てておりました。

 けれど少女が十になった翌年。
 村に一人の旅人がやってきて、少女を魔女だと言いました。
 “魔”におちた“女”だと言ったのです。

 その言葉に村人はひどくおびえました。
 そして、今まで大事に扱ってきた少女を、追い出してしまったのです。
 
 少女におびえたのは村人だけではありません。
 あんなに優しかった父も母も、少女がこわくなり、村人といっしょになって娘をすてたのです。

 少女はあっという間に一人ぼっちになってしまい――。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 本を少し読み進めた所で、ステラが風呂から戻る。
 白と水色のワンピースに、紅潮した白い肌。自分の時より甘い、柔らかみのある石鹸の香りが辺りに漂い、アスターは色んな意味で戸惑った。

「は、早かったな」
「家だと髪を乾かすのも楽なんです」

 それはどういう意味なのだろうかと彼が思っていると、ステラは椅子に掛けていたカーディガンを羽織った後、キョロキョロ辺りを見渡した。

「あら、ミスターの姿が見えませんが……」
「散歩に行った」
「こんな時間にですか?」
「こんな時間にだ」
(流石にくるしいか?)

 正直冷や汗ものだった。しかし割と良くある事なのか、ステラはあまり気にせず、お茶にしようと彼を誘う。

「……紅茶、淹れてるんだよな?」
「そうですよ?」

 彼が何故そんな事を尋ねたかというと、ガラス製のポットに、球状の茶葉と木屑のような物が入れられていたからだ。

「それ、どういう味になるんだ?」
(木の味?)
「スーっとしてて、甘くて美味しいですよ?」

 ステラは首を傾げながら言うが、説明がふわっとし過ぎて、彼には何一つ味の想像ができなかった。

「これを飲むと落ち着くといいますか、よく寝れるんです。最近はあまり飲んでなかったんですけどね」
「そ、そうか」

 そんな会話をしながら、夜のティータイムは終了し、時刻は午後十時。
 アスターは絵本の続きでも読もうかとソファまで行ったものの、あの紅茶が効いたのか強烈な眠気に襲われていた。

「うー……」

 ソファの上でうとうと船を漕ぐ。
 こんな所で寝ては風邪を引くと彼女に揺り起こされ、危ない足取りを支えられ部屋まで歩くが……。

「すまん……さっきまで寝てたのに……凄く……眠くて……」
「大丈夫ですよ。今日はそのまま私のベッドを使ってくださいな」
「ん……」

 目を開けられない程の眠気。
 アスターは薄れゆく意識の中、ベッドに横になる。彼女が何かを言って部屋を出たまでは覚えている。




***

「――さん。アスターさん」
「んぁ?」

 耳元で不意に囁かれた声と、傾くマットレス。
 その名を呼ぶのは勿論ステラだ。

「おやすみ中の所すみません。ちょっといいですか?」
「う――?」

 アスターは寝ぼけ眼のまま、上体を起こし、両手を出せと言われたので、されるがままに従った。

「これでよしっと」

 手首に付けられたのは、紐で編まれたブレスレットだった。ここまでくると流石にアスターの意識もはっきりしだし、これは何かと彼女に尋ねる。

「魔除けのお守りです」
「お守り?」
「はい。それには私の髪の毛を編み込んであります」
「えっ⁉」

 まさかの人毛である。

「本当は、専門の方に一刻も早く診て貰いたいところなのですが、協会の……私がお世話になっているドクターが今、短期出張中でして……。それで、気味が悪いかもしれませんが、それまでこれを着けていてください。いいですか? 絶対に外しちゃ駄目ですよ?」

 ステラは真剣に彼の目を見つめ、ギュっとその手を握る。その姿には、鬼気迫るものがあった。

「わ、わかった」

 彼が頷くと、ステラは安心したように息を吐き、ニコリと笑う。
 
「では、私もそろそろ寝ますね。おやすみなさい」
「う、うん。……うん?」

 モソモソと布団を正しつつ、さも当たり前のようにベッドに入るステラ。

「待て待て待て待て! まさかとは思うが一緒に寝る気か⁉」
「?」
「? じゃねぇよ!」
「でも二階のベッドは使えませんし、それにそのブレスレットは、私が傍にいれば一定量の魔力が自動的に供給されるので――」
「いやいやいや!」

 だからと言ってやはりそれは駄目だろう。そういう理由ならば、また自分が床で寝るとアスターが強く言い返すと、ステラもならば今日は自分が床で寝ると譲らない。

「いやいや、だからね?」
「いえいえ、ですから」

 暫く続く押し問答。
 その結果――。

「お前の貞操観念、本当どうなってんだよ」
「でも、アスターさんはそういう事しない人ですよね」
「……しないけどもだ」
「なら安心ですね」
「ぐぬぬぬぬ」

 仲良くご一緒コースとなった。

「ったく……人の気も知らないで……」
「…………スー、スー」
「……寝つき良すぎだろ」

 薄暗い部屋の中。既に寝息を立てているステラとアスターの距離はゼロである。

(とにかく落ち着こう)

 アスターは深呼吸し、横にいるのは猫か何かに置き換えてみようと試みた。しかし猫を思い浮かべてみても、思い浮かぶのは猫耳しっぽのステラが手招いている姿で、至らぬ妄想で心を乱してしまう。

(違う、そうじゃない。そうじゃないだろ俺!)
「くっ」

 また深呼吸をして息を整えるが……。

「ん~」

 その動きが伝わったのか、ステラは寝返りをうち、アスターは枕と勘違いされたのか抱きつかれてしまった。

「っ!?
「うーん」

 むにゃむにゃと寝言めいた事を言うステラと、一方で顔面を覆うように抱かれたせいか、今にも窒息死しそうになっているアスターの姿。抵抗しようにも、どこを触ってもアウトである以上、彼は手を出せない。

「――――フグ、フガガー!!

 もしも彼女がふくよかな胸の持ち主であれば、それはそれで彼にとって凄く幸せな死に方が出来たかもしれない。しかし無いものは無い。そう、ステラには弾力が無かった。

(イダダダダダ!!

 抱き心地は最悪だった。
 彼が顔面を少しでも動かそうとするならば、目の上の骨に、何らかのステラの骨がゴリゴリと当たり、何とも言え無い強烈な痛みが走るのだ。

「ッだぁー!」

 普通に死ぬ。
 流石に無理だと腹をくくったアスターは、なんとかステラを引きはがす事に成功したが、目の上の痛みはまだ取れない。

「良いご身分ですなぁ……オイコラ、クソガキ様よぉ…………」

 その時、聞き覚えのあるしゃがれた声が部屋に響く。
 毛布の上にどっしり構え、暗闇の中こちらを覗く不気味な瞳。その距離僅か十センチ。このタイミングは卑怯である。

「ミッ、ミスター!?
「何なのお前! 俺様が居ない間に! こんなっこんなっ、クソ羨ましい!!
「おおお前!! どうやって入ってきた!?
「はあぁん!? 俺様の手にかかれば、こん、ごぶぅ!」

 しかしその言葉は遮られ、ミスターは勢いよく掴まれた。
 意外な事にそれはステラの手で、次の瞬間には床にベチンと音がなる程強くミスターは投げ捨てられていた。その動きに躊躇(ちゅうちょ)は全く感じられない。

!?

 ステラはまだ寝ている。

(え……無意識? 怖……)

 なんて彼が言葉を失っていると、床にぺったり俯せになっていたミスターが小刻みに震え、生まれたての小鹿の如く起き上がり、またベッドによじ登る。

「大丈夫か?」
「ハァ、ハァ……俺様とステラはなぁ……こうやって毎晩、愛をっへぶぅ!」

 しかし、その言葉を最後まで言い終える前にまた掴まれ、投げ飛ばされた。それも慣れたもので、それは幾度となく繰り返されていく。何度も何度も、これでもかというほど何度もだ。

「へへ……どうだ? 羨ましい……か?」

 と聞かれたが、アスターは微塵も羨ましくなんてなかった。

「愛が……痛いぜ……」
「そうだな。お前は世界一(頭が)幸せな奴だよ」
「ふへへ……」

 一通り気が済んだのか、暫くしてミスターはピクリとも動かなくなった。

「死んだか?」
「……ご、ご褒美だぜぇ……」
「ああそう……」

 生粋の変態だった。

「はぁ……」

 アスターはベッドに掛けてあったブランケットと、すっかり虫の息になってしまったミスターを片手に部屋を出た。
 ミスターをあのミニチュアハウスに押し込んで、リビングのソファに横になる。

「最初からこうすりゃよかった……」

 ため息交じりにブランケットを肩まで被り、彼はそのまま眠りについた。
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登場人物紹介

【アスター】

人生ハードモードを地で行く、本作の主人公。

色々あって魔力が切れると幼児化してしまう謎体質に悩まされている。

しかしてその正体は……。

【ステラ・メイセン】

森の中、全裸姿の主人公に出会っても臆することなく、冷静に状況を判断し、救いの手を差し伸べてくれた悟り系ヒロイン。 家事全般が得意で精霊魔法の使い手であるが、わけあってその身に“古の魔女”を宿している。

【リド・ハーツイーズ】

協会所属の民間警察官であり国家魔道士。普段は冷静沈着でいたって真面目な性格をしているのだが、惚れた相手が絡むと途端にポンコツ化したりチョロすぎる一面を見せたり超不器用。剣術と氷結魔法が得意。

スターチス・カーター】

協会所属の民間警察官室長であり国家魔道士。ステラにとっては後見人のような立場であり、娘のように大事にしている。とある事情により吸血鬼になってしまったがもともとは人間。影の魔法を得意とする。

【メリッサ・ガルディ】

協会所属の民間警察官だが、スターチス達とは違い、国家魔道士免許は持っていない。キツイ性格で口より先に手が出るタイプだけど、たまにデレが……出るときもある(頻度少な目)錬金術と接近戦闘術が得意。

【クロエ・ミラビリス】

協会所属の民間警察官であり国家魔道士。植物と対話が出来、情報収集に長けているので、主に街の見回りを担当している。いつもおどおど引っ込み思案な性格で赤面症。胸が大きいのがコンプレックス。

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