10話:不思議な扉

文字数 3,043文字

「微量ではありますが、魔力の流れは感じます……でも……」

 如何にも怪しげな雰囲気漂う古い札に、思う所があったステラだったが、彼女には解読できなかった。しかし、シオンによって部屋に呼び戻された藤四郎は、それを見るや否や、慣れた手つきで懐からルーペを取り出し、床に伏せ、時折シオンに向けて言葉を発していく。

(凄いな、俺と同じ世界から来た人なのに、こういうものも解るんだ)

 藤四郎とシオンが一体何を話しているのか、アスターには分からなかった。そして暫くして藤四郎が立ち上がり「多分」と前置いて、言葉を続ける。

「封印処理が施してあります。どうしましょうか、せっかくですし開けちゃいましょうか」
「「えっ⁉」」
(せっかくとは!?

 アスターとステラは、あまりの事に思わず声が出てしまった。
 誰かが何かを封じたとなれば、確実に害をなすものがそこにいるという事だ。しかし、それを承知で封印を解こうとは正気の沙汰ではない。

「そう悪いモノでは無いような、そんな気がするんですよねー」
「えぇ……」

 口元を緩めて話す藤四郎には、流石のシオンも呆れ顔である。

「……まったく」

 それは突然の事だった。
 シオンはアスター達に下がるように言うと、次の瞬間には“姿”を変えていた。白い狩衣(かりぎぬ)に紫の(はかま)、腰には脇差を刺し、頭には赤黒い角を二本生やしている。ステラがアスターの耳元で(ささや)く。

「シオン君は、東洋の……えぇとたしか、そう、“オニ”という妖精さんらしいです」
「!」

 シオンの正体は鬼人であった。

「さぁ、こちらへ」
「え?」

 藤四郎は自分の元へ、未だ驚いたままのアスターを引き寄せ、部屋の隅へ移動した。

 それを確認したシオンは刀を構え、ステラは支援魔術を発動させた。杖から白く柔らかな光が辺りに漂い、(みな)の体を覆っていく。

「自分が前に出ます、援護を」
「はい!」
「それでは、参ります!」

 周囲の空気が一気に張り詰める。
 シオンから放たれた鬼火は、あっという間に霊札を灰にした。

「っ!!

 そしてその灰が(くう)に消えた瞬間、扉は勢いよく音を立てて開き、中から煙と風が勢いよく噴き上げた。

「え――」

 アスターは、驚きのあまりつい声を漏らしてしまった。何故なら、放出された煙が、瞬く間に姿を変え、長く伸びた金の髪の、上等そうな絹のドレスを着た少女になったからだ。

「……」

 混乱の中、少女がゆっくり目を開ける。
 橄欖(かんらん)石の如く、鮮やかな色を放つその瞳に、その場にいた誰もが息を()む。

「!」

 そんな中、ステラはハッと我に返り、壁際に置いていた鞄を急いで引き寄せた。

「ぐぇっ!」

 けれど彼女が鞄に手を突っ込みいれた瞬間、しゃがれた声が中から漏れ、部屋に響く。

「ミスター!?

 なんでそんな所にと慌てるステラ。
 しかしミスターはお構いなしに、彼女の頭めがけ這い上がっていった。

(アイツ、見ないと思ったら……)

 状況についていけず、ただ呆然とする皆をよそに、頭上に到着したミスターは、何を思ったか眼前の少女めがけ飛んだ。

「んびゃああぁぁ! 美少女発見ーんんっ!」
「☆△♭※ー!!

 いつものミスターだった。しかし、そんな変態ガエルの事なぞ知らぬ少女は、狂ったように驚き、そして嫌がった。
 超音波のような声が、大音量で少女から発せられる。けれどミスターは、その程度の事では離れない。

「そんな嫌がらんでもぉ~、なぁ~仲良ししようやぁ~」
「△※☆ー!!

 なおも続く抵抗。
 加速するミスターのセクハラ一歩手前の珍発言。

「うわぁ……」

 この異様な光景に、(みな)ドン引きだ。
 その後、呼び鈴に呼ばれた藤四郎は店へ戻り、シオンは変身を解いていた。アスターとステラはというと、窓に身を乗り出し、二人そろって遠くを見ていた。

「風が……気持ちいいな」
「ええ……そうですね」

 ※彼等の後ろでは、尚も修羅場が続いています。

「なあなあ! せめてお茶だけでもよぉ!」
「△♭※☆〇――!!

「……あれは、いつもああなのか?」
「そう、ですね。大体あんな感じです」
「あんな感じか~」
(大変だなぁ……)


 アスターが、使い魔というのは、解雇できないのだろうかと思っていたその時だ。鼓膜を破りそうな勢いの、一際大きな超音波が発せられたと同時に、二人の体がふわりと宙に浮いた。

「「!」」

 激しくブレる視界。
 そして全身に走る鈍い痛み。

「ってぇー」
「いたたた……」

 アスターは訳も分からず半身を起こした。
 彼が窓から外へ放り出されていた事に気がついたのは、頭を上げ、周りを確認してからだった。

「ご無事ですか!?

 難を逃れていたシオンが、裏口から小走りで二人に駆け寄った。アスターは差し出された手を取り、立ち上がる。
 彼には別段怪我は無かったが、うつ伏せに倒れ込んでいたステラが起きると、何処かで切ったのか、頬に一筋の血が流れた。

「あらら」
「だっ大丈夫か!?

 少し切っただけで大したことは無いと笑って答えるステラに、顔に傷が残っては大変だ、急いで戻ろうと彼がドアノブに手を伸ばす。けれどノブはバチッと音を立て、伸ばしたその手を勢い良く弾いて拒絶した。

!!
「アスターさん!? 大丈夫ですか!」
「静電気……ではない、ですね」

 何が起きたのか分からず、アスターはもう一度手を伸ばすが、それは勘違いでも、静電気でもなく、完全に手を弾いてしまう程強い拒絶反応だった。

「どうなってんだ……?」
「多分……」

 あの少女に関係があるかもしれないとステラは呟く。

「タイミング的に、そうとしか考えられません」
「ですね」
「どうする?」
「裏口が無理なら、正面から店に行きましょう。シロウさんがいるはずですし、中からなら開くかもしれません」
「それもそうだな」

 表に回った一行であったが……。

「駄目だ」

 ドアを叩いて知らせようにも、叩く前に弾かれてしまい、何も出来無かった。せめて目が合えばと、ショーウィンドウから店内を覗き込むが、藤四郎は、まるで気づく素振りも無い。棚から雑貨類の在庫を出しては首を傾げ、また在庫棚に手を伸ばす。それも入り口に背を向けた状態で行われている分、望みは薄かった。

「電話はどうだ?」

 カウンター横の電話機に気付いたアスターが提案する。流石に電話を鳴らせば確実だろうと、その案に二人も同意するが……。

「シオン君、お願いできますか?」
「いえ、自分は持ちません。申し訳ありませんがステラ様、お願いします」
「あっ、私もそういうのは持ってなくて」

 とても残念な事が判明しただけだった。

「じゃあ公衆電話とか、その辺のどっかで見たぞ」
「そういえば近くにありますね」
「シオン、流石に店の番号位……」
「存じ上げません」
「どうすんだよ。つか、これだけ騒いでるってのに、全然気付く気配ないぞ」
「もしかしたら、音や、こちら側の景色も遮断されてる可能性もありますね」
「ええ……」
「あっ、でもカレンさんなら知ってますよ、シロウさんとメル友だって言ってました!」

 そんなこんなで、一行は協会へと急いだ――。
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登場人物紹介

【アスター】

人生ハードモードを地で行く、本作の主人公。

色々あって魔力が切れると幼児化してしまう謎体質に悩まされている。

しかしてその正体は……。

【ステラ・メイセン】

森の中、全裸姿の主人公に出会っても臆することなく、冷静に状況を判断し、救いの手を差し伸べてくれた悟り系ヒロイン。 家事全般が得意で精霊魔法の使い手であるが、わけあってその身に“古の魔女”を宿している。

【リド・ハーツイーズ】

協会所属の民間警察官であり国家魔道士。普段は冷静沈着でいたって真面目な性格をしているのだが、惚れた相手が絡むと途端にポンコツ化したりチョロすぎる一面を見せたり超不器用。剣術と氷結魔法が得意。

スターチス・カーター】

協会所属の民間警察官室長であり国家魔道士。ステラにとっては後見人のような立場であり、娘のように大事にしている。とある事情により吸血鬼になってしまったがもともとは人間。影の魔法を得意とする。

【メリッサ・ガルディ】

協会所属の民間警察官だが、スターチス達とは違い、国家魔道士免許は持っていない。キツイ性格で口より先に手が出るタイプだけど、たまにデレが……出るときもある(頻度少な目)錬金術と接近戦闘術が得意。

【クロエ・ミラビリス】

協会所属の民間警察官であり国家魔道士。植物と対話が出来、情報収集に長けているので、主に街の見回りを担当している。いつもおどおど引っ込み思案な性格で赤面症。胸が大きいのがコンプレックス。

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