24話:黒犬達の円舞曲
文字数 4,724文字
「――さんっ、アスターさん!!」
「……う」
目を開けると、滂沱 の涙を流すステラが居た。
「良かった……無事でっ……良かっ――!」
「なん……痛っ――!」
泣きすがるステラに戸惑いつつ、体を起こすと、全身に凄まじい痛みが走った。
(体が、バラバラになったみたいに痛ぇ!)
「あんなっ、あんな無茶するからです!」
「え? ていうか、いつの間にゴリさん倒れて……あれ、お前がやったのか?」
見ると、あれだけ荒れ狂っていたゴルボが、後部座席の通路に伸びており、ステラの術で再び拘束されていた。
「お、覚えて……ないんですか?」
ステラは顔をぐちゃぐちゃにして、如何にアスターが無茶苦茶な事をしでかしたかを語る。
「え? 本当、何。どういうこと? 俺が大きくなって何だって?」
「後ろから手を伸ばしてこう、ぎゅうって! ぎゅうってしたんです!」
この要領を得ない、ステラのふわふわな説明を要約すると。術が完全に解けてしまったゴルボは、またステラ達を投げ飛ばそうとしていた。けれどそこへ成人姿に戻ったアスターが飛び掛かり揉み合いに。彼は何度かゴルボに殴られるも、まるで痛みも恐怖も感じぬといった様子で勇敢に立ち向かい、背後を取ったかと思うと、首元に腕を回し、スリーパーホールドを掛けゴルボを落としてしまった。
(全然覚えてねぇ~~~!)
「私をこっちに運んでくれたと思ったら、そのまま倒れちゃうし。体がまた小さくなっていっちゃうし。私もうっ、ア、アスターさん死、死んじゃうかと、うぅ」
また、わっと涙を流すステラに、アスターはオロオロしっぱなしだ。
「と、ところで、このバス、どこ向かってるんだ? さっきからサイレンの音が凄いけど……」
「わ、わかりません。グズッ、ずっと誘導されているみたいなんですが、同じところをぐるぐる回ってる気がします」
二人は窓の外を見て驚く。
バスの四方を囲むように、八台ものパトカーが並走していたからだ。
「また曲がるみたいです」
車間距離をかなり開けて走っていた前方のパトカーが、ウィンカーを出す。二人は、ただその光景を見守るしかなかった。
【セントラルパーク第六駐車場内】
現場に到着したメリッサ、クロエ、リドの三人は、車を降りるなり、別の星室庁職員“ナインズ”のメンバーに出迎えられた。
「げ、イヤミ眼鏡」
目の前に立つ赤髪の男の顔を見て、露骨に顔に出すメリッサ。
これには理由がある。
「おんやぁ? 奇遇ですねぇ分室の皆さん。こんな所で仲良くお散歩ですかぁ?」
「は? アンタの眼鏡、レンズ入ってないの? これのどこが散歩に見えるってーのよ。眼科行って目玉取り換えて貰ったら? 腐ってるわよ絶対に」
仲が悪いのである。
「リ、リサっ。だだ駄目だよ、女の子がそんな顔しちゃ」
クロエに窘 められるも、メリッサの口も表情も緩まない。ぐっと眉間に力を入れ、殺気立った目線を男に向け続けている。
一方リドは、その横に居た、ガタイの良い男に呼び止められていた。
「よう、ハーツイーズ、久しいな」
「お久しぶりです。ルドベック班長」
「いつもすまんな。ウチのユリオは、あのお嬢ちゃんを見つけると、どうもああなって手が追えん」
「いえ、いつもの事ですから。それより――」
メリッサとユリオが、ガンの飛ばし合いをしているすぐ傍で、リドは現状がどうなっているのかをルドベックに尋ねた。
「どうもこうも平和なもんさ。対象は既に鎮圧済み、二次感染者も無しで、正直俺等の出番もあるかどうかわからんね」
「あ、あの、ルドベック班長。負傷者は……」
クロエがおずおずと手を上げる。それにルドベックは、子どもが一人怪我をしているらしいが、今はピンピンしているようだとクロエに返した。
「そ、そう、ですか」
(良かった……無事なんだ……)
クロエはホッと胸を撫でおろし、リドも少しだけ表情を緩めた。
「ま、今日の所は向こうの救護テントにでも回っといてくれや。嬢ちゃんはそういうのが得意だったろ?」
「え、あっ、はい!」
「んじゃ、そっちは頼んだわ――ってことで、ユリオ! いつまでじゃれあっとる。そろそろ持ち場に戻るぞ!」
「じゃ、じゃれ合ってなんかっ! 僕はこの民間人に如何にここに居る事が場違いであるかと――ぐぇ!」
ユリオはルドベックに首根っこを掴まれ、そのまま引きずられていった。
「アイツの眼鏡、いつか粉々にカチ割ってやる」
「も、もう、リサってば、眼鏡に罪は無いよぉ」
「いやいや本体でしょ、絶対。アイツの底意地の悪さが染みついてるって、ヘドロみたいな色のフレームしてるんだよ?」
そんな会話をしながら、三人は救護テントを目指した。
「あれ? ねぇ、あれってドクターじゃない?」
バタバタと受け入れ準備を進めている救命士の中に、何故かルドラの姿を見つけ、三人は駆け足で進んだ。
「ドクター!」
「あら、貴方達。どうしたの? 作戦前に怪我でもしちゃった?」
「いえ、今回はこちらに回されました」
「あらま」
「ル、ルドラ先生は、どうしてこちらに?」
クロエのもっともな質問に、ルドラが答えようとしたその時。けたたましいサイレン音を鳴らした複数のパトカーと共に、バスが駐車場内へと入ってきた。
けれど――。
「なんか……おかしくない?」
バスはパトカーを振り切り、猛スピードで駐車場内をジグザグに突き進む。
「わ、わわ! こっちに来る!」
「!」
その頃、バスの中では大変な事が起きていた――。
【バス車内】
無線機が使えないため、やり取りは拡声器越しに行われていた。警察より避難場所と経路を指定されたドライバーは、それに従い、ハンドルを切る。目的地も見え、皆がもう少しだと安堵した瞬間。
「うわああああああああああ!!」
運転手の叫び声が車内に響いた。
「どうしたんでっ! きゃっ!」
「ステラ! うわっ!」
車体が激しく左右に揺れ、バランスを崩したステラが、投げ出されるように床に倒れ込む。
「ハ、ハンドルが! ブレーキも利かない!」
「えぇ!?」
(まさか! またライネック絡みか!?)
アスターの脳裏に、ヒナの母親の事故が過る。
バスは尚もスピードを上げ続け――。
「ひっ、ひぃいいいいい!」
(ぶつかる!!)
駐車場奥の救護テントに、今にもバスが衝突するかと思われたその時、ステラがアスターを抱え、ポールを持って叫ぶ。
「何かに掴まってください! 早く!」
「!」
ゴルボを除く全員が反応したその刹那。凄まじい衝撃音がしたと同時にバスが上下に激しく揺れ、窓を大きな植物が猛スピードで覆っていった。
「??」
「な、なにが起こって……?」
バスの車輪は未だ回り続けている。
けれど、前進はしていない。アスファルトの上ではない、まるで何かの上をツルツルと滑るように、車輪は空しく回り続けていた。
「もう……大丈夫ですからね」
最悪の事態は免れた、ように思えたのも束の間。
「ヒッ! くっ、来るな! 来るなよぉ!!」
ゴルボが意識を取り戻し、再び術が解けていた。
「ああ!」
「クソっ! 次から次へと!」
サブに太く逞しい腕が振り上げられたその時。
耳をつんざく轟音と共に、黒い影が二つ、アスター達の目の前に降り立った。天井に開いた大穴から、車内に陽の光が差し込む。
(リドと、メリッサか……?)
そこには、右腕を赤黒い装甲で覆ったメリッサと、凄まじい冷気を放つリドの姿があった。
「ゴァアアッ!?」
ゴルボの体が鈍い音を立てた。
まさに電光石火、ゴルボはメリッサに、顔面が変形する程の強い一撃を喰らい、そのまま膝をつくと同時に羽交い締めにされてしまった。
そしてリドが、素早く腰から細身の剣を抜き、ゴルボのライネックをえぐるように、小さく円を描いた。少しの肉片と鮮血、そして取り出されたライネックが宙を舞う。
「すげぇ……」
彼が見入ってしまう程、それは鮮やかな手つきであった。ライネックは氷に包まれ、乾いた音と共に地面に転がる。そして――。
「制圧完了」
リドの、この淡々とした一言が、この騒動の終わりを告げた。
***
暴走したバスは、巨大な植物に車体を吊るされ、氷の上を走らされているような状態になっていた。
「イダダダダダダダ!!」
「折れてはないけど、ヒビは入ってそうねぇ」
車内から救出されたアスターは、救護テントにすぐさま運ばれ、ルドラの応急処置を受けた。幸いにも血が出る程の大怪我をしたのは、アスターと胸をえぐられたゴルボの二人だけだ。
「ぐっ、ぐああ!」
「う、動かないで下さ、あっまた垂れちゃう」
「ふぐぁあああああ!!」
アスターとは少し離れた所で、ゴルボが悶え、蹲 る。
理由はクロエに毒々しい色の薬草汁を、傷口に直接塗りこまれていたからだ。それは薬効が高い分、傷口に相当染みる代物で、汁が垂れる度、ゴルボは悶絶しっぱなしだ。
「うわぁ……」
その容赦無い処置の仕方に、アスター含む、その場の救命士は震えた。
一方リドはというと……。
「いやー、流石ハーツイーズ。相変わらずの剣捌きだ」
豪快に笑うルドベックに、これまた豪快に背中をバシバシ叩かれていた。
「カーターの所なんざスパッと辞めて、さっさとウチにこいよ」
「それはちょっと」
「ハッハッハ、まーたフラれちまったかぁ!」
リドはいつものように受け流し、ルドベックもあっさり諦める。それもそのはず、彼等はこうやってかち合う度に、このやり取りをしている。言わばルーティンみたいなものなのだ。そしてその横では……。
「まっ、待てよ! やったのはあの男だぞ! 俺は無関係だ!」
「黙れ下衆 が」
「ヒッ!」
往生際の悪いサブをユリオは一蹴し、冷たい眼差しを向けていた。
その後方から、メリッサが駆け寄り、バインダーを手渡した。
「照合が終わったわ。やっぱりアレ、ゴリラの人の言う通り、全部例の盗品で間違いないそうよ」
「……やはりな」
「だっ、だから俺はアイツに巻き込まれただけだって!」
二人がサブを睨みつける。
「ふーん。あぁ、そう」
「嘘偽り無いだろうなぁ?」
メリッサの肘から下が、バスの天井をぶち破った時と同じように、赤黒い装甲で覆われ、拳が一回り大きくなった。
ライネックに寄生され、暴走していたゴルボを、いともたやすく組み敷いた女だ。よほど恐ろしかったのか、サブは短い悲鳴を上げ、そのまま罪を認めると、大人しく連行されていった。
「アスターさん。大丈夫……ではないですよね」
「お前こそ大丈夫か?」
「私ですか? 私は擦り傷くらいなので、この通りですよ!」
腕を振って、精一杯元気な事をアピールするステラに、アスターは問いかけた。
「あのさ、アイツ等……リド達って、一体何者なんだ?」
尋常じゃない身のこなしと対応力の高さを見て、アスターは純粋に疑問に思ったのだ。
「彼等は、魔道士協会専属の民間警察 、危機管理部ライネック特別対策課に所属する国家魔道士達です」
「国家……魔道士……」
それを聞いた途端、アスターは、彼等の背中が大きく、そして遠い存在のように思えた。
「……う」
目を開けると、
「良かった……無事でっ……良かっ――!」
「なん……痛っ――!」
泣きすがるステラに戸惑いつつ、体を起こすと、全身に凄まじい痛みが走った。
(体が、バラバラになったみたいに痛ぇ!)
「あんなっ、あんな無茶するからです!」
「え? ていうか、いつの間にゴリさん倒れて……あれ、お前がやったのか?」
見ると、あれだけ荒れ狂っていたゴルボが、後部座席の通路に伸びており、ステラの術で再び拘束されていた。
「お、覚えて……ないんですか?」
ステラは顔をぐちゃぐちゃにして、如何にアスターが無茶苦茶な事をしでかしたかを語る。
「え? 本当、何。どういうこと? 俺が大きくなって何だって?」
「後ろから手を伸ばしてこう、ぎゅうって! ぎゅうってしたんです!」
この要領を得ない、ステラのふわふわな説明を要約すると。術が完全に解けてしまったゴルボは、またステラ達を投げ飛ばそうとしていた。けれどそこへ成人姿に戻ったアスターが飛び掛かり揉み合いに。彼は何度かゴルボに殴られるも、まるで痛みも恐怖も感じぬといった様子で勇敢に立ち向かい、背後を取ったかと思うと、首元に腕を回し、スリーパーホールドを掛けゴルボを落としてしまった。
(全然覚えてねぇ~~~!)
「私をこっちに運んでくれたと思ったら、そのまま倒れちゃうし。体がまた小さくなっていっちゃうし。私もうっ、ア、アスターさん死、死んじゃうかと、うぅ」
また、わっと涙を流すステラに、アスターはオロオロしっぱなしだ。
「と、ところで、このバス、どこ向かってるんだ? さっきからサイレンの音が凄いけど……」
「わ、わかりません。グズッ、ずっと誘導されているみたいなんですが、同じところをぐるぐる回ってる気がします」
二人は窓の外を見て驚く。
バスの四方を囲むように、八台ものパトカーが並走していたからだ。
「また曲がるみたいです」
車間距離をかなり開けて走っていた前方のパトカーが、ウィンカーを出す。二人は、ただその光景を見守るしかなかった。
【セントラルパーク第六駐車場内】
現場に到着したメリッサ、クロエ、リドの三人は、車を降りるなり、別の星室庁職員“ナインズ”のメンバーに出迎えられた。
「げ、イヤミ眼鏡」
目の前に立つ赤髪の男の顔を見て、露骨に顔に出すメリッサ。
これには理由がある。
「おんやぁ? 奇遇ですねぇ分室の皆さん。こんな所で仲良くお散歩ですかぁ?」
「は? アンタの眼鏡、レンズ入ってないの? これのどこが散歩に見えるってーのよ。眼科行って目玉取り換えて貰ったら? 腐ってるわよ絶対に」
仲が悪いのである。
「リ、リサっ。だだ駄目だよ、女の子がそんな顔しちゃ」
クロエに
一方リドは、その横に居た、ガタイの良い男に呼び止められていた。
「よう、ハーツイーズ、久しいな」
「お久しぶりです。ルドベック班長」
「いつもすまんな。ウチのユリオは、あのお嬢ちゃんを見つけると、どうもああなって手が追えん」
「いえ、いつもの事ですから。それより――」
メリッサとユリオが、ガンの飛ばし合いをしているすぐ傍で、リドは現状がどうなっているのかをルドベックに尋ねた。
「どうもこうも平和なもんさ。対象は既に鎮圧済み、二次感染者も無しで、正直俺等の出番もあるかどうかわからんね」
「あ、あの、ルドベック班長。負傷者は……」
クロエがおずおずと手を上げる。それにルドベックは、子どもが一人怪我をしているらしいが、今はピンピンしているようだとクロエに返した。
「そ、そう、ですか」
(良かった……無事なんだ……)
クロエはホッと胸を撫でおろし、リドも少しだけ表情を緩めた。
「ま、今日の所は向こうの救護テントにでも回っといてくれや。嬢ちゃんはそういうのが得意だったろ?」
「え、あっ、はい!」
「んじゃ、そっちは頼んだわ――ってことで、ユリオ! いつまでじゃれあっとる。そろそろ持ち場に戻るぞ!」
「じゃ、じゃれ合ってなんかっ! 僕はこの民間人に如何にここに居る事が場違いであるかと――ぐぇ!」
ユリオはルドベックに首根っこを掴まれ、そのまま引きずられていった。
「アイツの眼鏡、いつか粉々にカチ割ってやる」
「も、もう、リサってば、眼鏡に罪は無いよぉ」
「いやいや本体でしょ、絶対。アイツの底意地の悪さが染みついてるって、ヘドロみたいな色のフレームしてるんだよ?」
そんな会話をしながら、三人は救護テントを目指した。
「あれ? ねぇ、あれってドクターじゃない?」
バタバタと受け入れ準備を進めている救命士の中に、何故かルドラの姿を見つけ、三人は駆け足で進んだ。
「ドクター!」
「あら、貴方達。どうしたの? 作戦前に怪我でもしちゃった?」
「いえ、今回はこちらに回されました」
「あらま」
「ル、ルドラ先生は、どうしてこちらに?」
クロエのもっともな質問に、ルドラが答えようとしたその時。けたたましいサイレン音を鳴らした複数のパトカーと共に、バスが駐車場内へと入ってきた。
けれど――。
「なんか……おかしくない?」
バスはパトカーを振り切り、猛スピードで駐車場内をジグザグに突き進む。
「わ、わわ! こっちに来る!」
「!」
その頃、バスの中では大変な事が起きていた――。
【バス車内】
無線機が使えないため、やり取りは拡声器越しに行われていた。警察より避難場所と経路を指定されたドライバーは、それに従い、ハンドルを切る。目的地も見え、皆がもう少しだと安堵した瞬間。
「うわああああああああああ!!」
運転手の叫び声が車内に響いた。
「どうしたんでっ! きゃっ!」
「ステラ! うわっ!」
車体が激しく左右に揺れ、バランスを崩したステラが、投げ出されるように床に倒れ込む。
「ハ、ハンドルが! ブレーキも利かない!」
「えぇ!?」
(まさか! またライネック絡みか!?)
アスターの脳裏に、ヒナの母親の事故が過る。
バスは尚もスピードを上げ続け――。
「ひっ、ひぃいいいいい!」
(ぶつかる!!)
駐車場奥の救護テントに、今にもバスが衝突するかと思われたその時、ステラがアスターを抱え、ポールを持って叫ぶ。
「何かに掴まってください! 早く!」
「!」
ゴルボを除く全員が反応したその刹那。凄まじい衝撃音がしたと同時にバスが上下に激しく揺れ、窓を大きな植物が猛スピードで覆っていった。
「??」
「な、なにが起こって……?」
バスの車輪は未だ回り続けている。
けれど、前進はしていない。アスファルトの上ではない、まるで何かの上をツルツルと滑るように、車輪は空しく回り続けていた。
「もう……大丈夫ですからね」
最悪の事態は免れた、ように思えたのも束の間。
「ヒッ! くっ、来るな! 来るなよぉ!!」
ゴルボが意識を取り戻し、再び術が解けていた。
「ああ!」
「クソっ! 次から次へと!」
サブに太く逞しい腕が振り上げられたその時。
耳をつんざく轟音と共に、黒い影が二つ、アスター達の目の前に降り立った。天井に開いた大穴から、車内に陽の光が差し込む。
(リドと、メリッサか……?)
そこには、右腕を赤黒い装甲で覆ったメリッサと、凄まじい冷気を放つリドの姿があった。
「ゴァアアッ!?」
ゴルボの体が鈍い音を立てた。
まさに電光石火、ゴルボはメリッサに、顔面が変形する程の強い一撃を喰らい、そのまま膝をつくと同時に羽交い締めにされてしまった。
そしてリドが、素早く腰から細身の剣を抜き、ゴルボのライネックをえぐるように、小さく円を描いた。少しの肉片と鮮血、そして取り出されたライネックが宙を舞う。
「すげぇ……」
彼が見入ってしまう程、それは鮮やかな手つきであった。ライネックは氷に包まれ、乾いた音と共に地面に転がる。そして――。
「制圧完了」
リドの、この淡々とした一言が、この騒動の終わりを告げた。
***
暴走したバスは、巨大な植物に車体を吊るされ、氷の上を走らされているような状態になっていた。
「イダダダダダダダ!!」
「折れてはないけど、ヒビは入ってそうねぇ」
車内から救出されたアスターは、救護テントにすぐさま運ばれ、ルドラの応急処置を受けた。幸いにも血が出る程の大怪我をしたのは、アスターと胸をえぐられたゴルボの二人だけだ。
「ぐっ、ぐああ!」
「う、動かないで下さ、あっまた垂れちゃう」
「ふぐぁあああああ!!」
アスターとは少し離れた所で、ゴルボが悶え、
理由はクロエに毒々しい色の薬草汁を、傷口に直接塗りこまれていたからだ。それは薬効が高い分、傷口に相当染みる代物で、汁が垂れる度、ゴルボは悶絶しっぱなしだ。
「うわぁ……」
その容赦無い処置の仕方に、アスター含む、その場の救命士は震えた。
一方リドはというと……。
「いやー、流石ハーツイーズ。相変わらずの剣捌きだ」
豪快に笑うルドベックに、これまた豪快に背中をバシバシ叩かれていた。
「カーターの所なんざスパッと辞めて、さっさとウチにこいよ」
「それはちょっと」
「ハッハッハ、まーたフラれちまったかぁ!」
リドはいつものように受け流し、ルドベックもあっさり諦める。それもそのはず、彼等はこうやってかち合う度に、このやり取りをしている。言わばルーティンみたいなものなのだ。そしてその横では……。
「まっ、待てよ! やったのはあの男だぞ! 俺は無関係だ!」
「黙れ
「ヒッ!」
往生際の悪いサブをユリオは一蹴し、冷たい眼差しを向けていた。
その後方から、メリッサが駆け寄り、バインダーを手渡した。
「照合が終わったわ。やっぱりアレ、ゴリラの人の言う通り、全部例の盗品で間違いないそうよ」
「……やはりな」
「だっ、だから俺はアイツに巻き込まれただけだって!」
二人がサブを睨みつける。
「ふーん。あぁ、そう」
「嘘偽り無いだろうなぁ?」
メリッサの肘から下が、バスの天井をぶち破った時と同じように、赤黒い装甲で覆われ、拳が一回り大きくなった。
ライネックに寄生され、暴走していたゴルボを、いともたやすく組み敷いた女だ。よほど恐ろしかったのか、サブは短い悲鳴を上げ、そのまま罪を認めると、大人しく連行されていった。
「アスターさん。大丈夫……ではないですよね」
「お前こそ大丈夫か?」
「私ですか? 私は擦り傷くらいなので、この通りですよ!」
腕を振って、精一杯元気な事をアピールするステラに、アスターは問いかけた。
「あのさ、アイツ等……リド達って、一体何者なんだ?」
尋常じゃない身のこなしと対応力の高さを見て、アスターは純粋に疑問に思ったのだ。
「彼等は、魔道士協会専属の
「国家……魔道士……」
それを聞いた途端、アスターは、彼等の背中が大きく、そして遠い存在のように思えた。