兄弟の誘い

文字数 1,952文字

「葵様、この後はどうなさいますか?」

「う~ん……お風呂に入って、部屋で寝るにはちょっと早い時間帯なんだよね。なんというか、もったいないというか……」

「そんな貴女に朗報!」

「うわっ!」

 葵はいきなり声をかけてきた北斗に驚く。

「へへっ、上様こんばん~」

「ほ、北斗君……もう、驚かさないでよ~」

「めんごめんご~」

「兄上! 上様に対してなんということを!」

 北斗の後ろから南武が慌てて駆けつけてくる。

「え~ちょっと驚かせただけじゃん」

「ちょっとでも駄目なのです!」

「南武はお堅いな~」

「兄上が柔らか過ぎるのです!」

「まあまあ南武君、そんなに怒らないで……」

 怒る南武を葵がなだめる。北斗が笑う。

「ははっ、怒りやすい弟で悪いね」

「な、何故僕が悪いことになっているのですか⁉」

「まあまあ……」

「それで朗報とは?」

 葵に代わって爽が北斗に尋ねる。

「今、聞いた話によると……」

「女の話に聞き耳を立てるのは感心しません。減点対象ですかね……」

 爽の眼鏡がキラッと光る。北斗が珍しく慌てる。

「ちょ、ちょっと、厳し過ぎない⁉」

「冗談です」

「いや冗談キツいって……」

「減点って何?」

「なんでもありません。お気になさらず。それで?」

 葵の問いをはぐらかした爽が話の続きを北斗に促す。

「あ、ああ、上様、今の時間帯、暇を持て余してるんでしょう?」

「まあ、そうだね」

「そこでこれだよ!」

 北斗が自身の端末を葵に見せる。葵が画面に表示された文字を読み上げる。

「なになに……『毎年恒例! 夏の肝試し‼』?」

「この宿舎の近くで行われる肝試しイベントが今日これからあるんだよ」

「へ~」

「どう? 上様も参加しない?」

「夏の定番って感じだね。面白そう、参加しようかな」

「駄目です」

「え~なんでよ。爽姉ちゃん~」

 北斗が大げさに両手を広げて爽に抗議する。

「外はもう暗く、上様の警護が難しい状況だからです」

「爽姉ちゃんも一緒についてくれば良いじゃん」

「わたくし一人ではいささか心もとないです」

「この肝試しは最大四人一組で行動しても良いんだ。俺ら二人も一緒だからさ~」

「えっ⁉ ぼ、僕もですか⁉」

 南武がそんなこと聞いていないという顔になる。

「多少は心強さが増しますが、それでも……」

「イベント実行委員会の委員がそこかしこに配置されているしさ。それに一応学園の持っている土地の中だから、変な奴は入り込めないって」

「三人がいてくれるなら大丈夫だと思うけどな……」

「上様……参加したいのですね?」

「ダメ?」

 葵がまっすぐな瞳で爽を見つめる。爽はため息を一つついてから答える。

「はあ……仕方がありませんね……」

「やったあ! サワっち大好き!」

 葵が爽に抱きつく。

「兄上、ちょっと……」

 南武が北斗の腕を引っ張り、葵たちから離れる。

「なんだよ?」

「どういうつもりですか? 僕が怖いものが苦手って知っているでしょう?」

「でも、上様と一緒に過ごせるチャンスはあんまりないぜ?」

「そ、それは確かにそうですが……」

「これをいい機会として怖いものを克服しようぜ! カッコいいところを見せれば、上様の心を掴めるかもしれない、一石二鳥だ!」

「な、なるほど、そういうことなら……」

「参加するってことで良いな?」

「え、ええ、参加します……」

「男に二言はないな?」

「は、はい……」

 南武の答えに北斗はニヤリと笑う。

「よし、じゃあ動画をまわすから、南武はいつものように撮影係よろしく~♪」

「はっ⁉ そ、そんなの嫌ですよ!」

「参加するって言っただろう?」

「だ、だからと言って!」

「男に二言は無いんだろう?」

「ぐっ……」

「どうだ?」

「わ、分かりましたよ……」

「ははっ、良い弟を持ってお兄ちゃんは幸せだよ~」

「僕は不幸せですよ……」

 肩を組んでくる北斗に対して、南武は心底嫌そうな視線を向ける。

「まあそう言うなって、上様の覚えがめでたくなるかもしれないぞ?」

「カメラマンとしてね……」

「二人で何をこそこそ話しているんだろう?」

 北斗たちの様子を見て、葵が首を傾げる。爽が呆れ気味に呟く。

「こそこそ話の時点で大方ろくでもないことでしょうね……」

「え? なんか言った、サワっち?」

「いえ、ただの独り言です」

 爽は静かに首を振る。葵が北斗たちに声をかける。

「ねえねえ、そろそろイベント受付締め切り時間みたいだよ?」

「あ、そうだね~それじゃあ受付に行こうか」

 北斗が頷き、四人が宿舎の外へと向かう。

「楽しみだな~」

「ほんとだね~」

 葵と北斗が楽しそうな横で爽が心配そうな顔を、南武は苦笑を浮かべる。

「……凄い、金銀お嬢様の読み通りになりましたよ……」

 陰で様子を伺っていた将司が感心する。金銀が淡々と呟く。

「これくらい簡単な読みです。それでは私たちも参りましょうか」

 金銀たちも宿舎の外へと向かう。
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