リニューアル&イメージチェンジ

文字数 2,827文字

「しかし、どうしましょうか……」

 爽が考え込む。葵が尋ねる。

「ザベちゃん、何かないかな?」

「いきなり人に頼るのカ……」

「これまで経営コンサルティングに携わってきた経験はないかなって……ないよね?」

「……あるといえばあル」

「あるの⁉」

「まあ、かなり特殊なケースではあったがナ……」

「特殊なケース?」

「それについてはいいだろウ……やはり客商売に必要なものは“インパクト”ダ」

「インパクト?」

「飲食店の場合にインパクトと言いますと?」

 万城目が首を傾げる。イザベラが答える。

「それは決まっていル……目玉となるメニューダ」

「なるほど、新メニューの開発ですか……」

「で、でも、海の家で出せるような海鮮などはもう他のお店でも出尽くしています! 今更新メニューなんて……!」

 女の子が声を上げる。爽が呟く。

「ふむ、なかなか難しいですね……」

「もっと発想を柔軟にしロ……」

「ザベちゃん、どういうこと?」

「海がダメならバ……陸や空があル……」

「へ?」

 イザベラが見えない速度で銃器を取り出し、弾を込める。

「待っていロ、ちょっと狩ってくル……」

「ちょっと待った! 何を狩ってくるつもり⁉」

 店を出て行こうとするイザベラを葵が慌てて制止する。

「海が駄目 ならば他ので 良いじゃない」

「良くないよ!」

 一超の呟きを葵が注意する。爽が呆れる。

「そんなどこぞの王妃みたいなことを……」

「ならバ、他に手はないナ……」

 イザベラがため息交じりで椅子に座る。

「ないの?」

「アア、お手上げダ……」

「撃つ得物 あれども打つ手 なかりけり」

「そんな上手いことを言っている場合じゃないでしょう。会長、なにかないですか?」

 爽が会長に話を振る。万城目はしばらく考えてから口を開く。

「……やはりイメージの改善でしょうか」

「イメージの改善?」

 葵が首を傾げる。

「ええ、私としてはこの雰囲気が好きなのですが、正直言って、多くの方から古臭いというイメージを抱かれやすいお店の雰囲気を漂わせてしまっています」

「うう……」

 女の子が悲しそうに俯く。葵が声を上げる。

「会長、言い過ぎです!」

「さっき自分も似たようなことを言っていなかったカ……?」

「イザベラさん、それは言わないでください……」

 イザベラの呟きを爽が小声でたしなめる。万城目が話を続ける。

「そこで提案なのですが、このお店のリニューアルを行いましょう」

「リニューアル?」

「ええ、ちょっとお待ちください……」

 万城目が端末を素早く操作する。すると、どこからともなく、数十人の大人の男女が集まってくる。その内の一人が万城目に声をかける。

「旦那! お呼びで⁉」

「皆さま、ご苦労様です。実はかくかくしかじかで……」

「ふむふむ……」

「……お願いできますか?」

「お安い御用ですぜ! お前ら、早速取り掛かるぞ!」

「おおっ‼」

 数十人がすぐに散らばり、作業にとりかかる。葵が不思議そうに尋ねる。

「あ、あの、この人たちは……?」

「彼らは私の個人的な知り合いでDIYのスペシャリスト集団です。こうしたお店のリニューアルをいくつも手掛け、成功させてきました」

「スペシャリスト集団……確かに手際が良い……瞬く間にお店が生まれ変わっていく」

「フム、目や手つきを見れば分かル……只者ではないナ」

 イザベラが頷く。万城目が女の子に説明する。

「センスのある女性も揃っています。女性のお客様受けするデザインもばっちりですよ」

「そ、そうですか……で、でも……お高いんでしょう?」

「ははっ、ご心配には及びません。この方々は日曜大工の達人。つまり趣味の延長です。もちろん作業代などは頂きますが、業者に頼むよりははるかに格安です」

「は、はあ……」

「それに料金の九割は将愉会さんの方に請求しますので」

「ええっ⁉ まあ、しょうがないか……」

 葵が後頭部を掻く。そうこうしている内に店のリニューアルが完了した。

「出来ました。お昼の時間に間に合いましたね」

「早っ!」

「す、すごい……こんな立派に」

 驚く葵の横で女の子が信じられないという様子でお店を見つめる。

「旦那! 終わりました!」

「助かりました。また何かあったらよろしくお願いします」

「はい!」

 日曜大工の達人たちがその場を去る。万城目が首を捻る。

「う~ん……」

 爽が万城目に尋ねる。

「気になることでも?」

「いえ、なにかが足りない気がするのですよね……」

「なにか?」

「ええ、先ほどイザベラさんがおっしゃった“インパクト”に欠けるような……」

「やはり……狩ってくるカ?」

「それは止めて下さい」

 爽がイザベラを制する。

「ではどうすル?」

「……良いことを思いついたよ♪」

「葵様?」

「貴女、ちょっとこっちに来て!」

「え、ええ⁉」

 葵が女の子の手を引いて店の洗面所に連れて行く。やや間があって二人が出てくる。

「じゃじゃ~ん!」

「! こ、これは……」

 葵が指し示した先には、前髪を上げるなど、ヘアースタイルをきちんとセットしなおしてさらにメイクを整えた美人の女の子が立っていた。

「えっと、何ちゃんだっけ?」

「あ、一条(いちじょう)みなみです……」

「看板娘のみなみちゃんのイメチェン! 結構なインパクトでしょ! サワっち!」

「はい、SNSで直ちに拡散します。よろしいですね?」

「えっ⁉ ちょ、ちょっと待って下さい! 私なんかとてもとても……」

 みなみが手を左右に振って俯く。一超が口を開く。

「その美貌 炎帝すらも かすむかな」

「ええ……?」

 戸惑うみなみに爽が説明する。

「炎帝とは夏を司る神。この季節を指す盛夏を言い変えた言葉でもあります」

「つまり、神様もかすむほどみなみちゃんが素敵ってことだよ!」

「⁉ そ、そうなんですか……なんだか自信が出てきました」

「よっし! サワっち、拡散!」

「かしこまりました」

 SNSの効果もあって、店は瞬く間に大繫盛する。客足が落ち着いてくると、みなみは一超に突然抱き着く。一超を含め、皆が驚く中、みなみが口を開く。

「私、今まで自分に自信が持つことが出来ませんでした……でも貴方の詠んだ俳句が私に大きな力をくれました!」

「サマータイム 不意の抱擁 喜ばし ……⁉」

 思わぬ幸運ににやける一超は自分のことを薄目で見つめている葵に気が付く。

「なるほどね~そういう娘が好みなんだ~へ~」

「ちょっと待て 酷い誤解だ 聞いてくれ」

「お邪魔しちゃ悪いよね。それじゃあ」

「! ……」

 一超が引き留めようとするが、良い句が思い浮かばずに黙り込んでしまう。そうこうしている内に葵はその場を去ってしまった。爽が淡々と呟く。

「また面倒なことに……葵様へはなんとかフォローをしておきます」

「!」

「ですがそれはそれ。藍袋座一超さん。これはややマイナスポイントですね……」

「⁉」

「厳正かつ公平な審判をお願いされておりますので……失礼致します」

「……」

 爽もその場を去り、一超は空を仰ぐ。その様子を遠くから見ていた将司が端末に囁く。

「金銀お嬢様、藍も塗り潰せましたよ……」
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