流鏑ジェットスキー

文字数 2,264文字

「あ、あれはクレちゃん⁉ なんでここに⁉」

「い、いや、クレちゃんって⁉ 鎌倉の公方さまに対してなんて呼び方を⁉」

 葵のクレちゃん呼びに八千代が驚く。葵が首を傾げる。

「そう言われても……本人にはなにも言われていないし……」

「既に良鎌倉幕府とも良好な関係を……⁉」

 金銀が小声で驚く。葵があらためて首を傾げる。

「本当になんでここに? ジェットスキーは男の人が運転しているのかな?」

「こんなこともあろうかと……マメに連絡を取り合っておりました」

「サワっち⁉ そ、そうなんだ……」

「もしヤ、眠る前に端末をいじっていたのハ……?」

 イザベラの問いに爽が頷く。

「イザベラさんがあの更衣室の違和感に気づいていたようでしたので……念のためにメッセージを送っておきました。これから一、二時間ほど連絡が途絶えるようであれば、わたくし……葵様になにかあったとお考え下さいと……場所に関してはわたくしの端末のGPS反応を追跡してくれたのでしょう」

「な、なるほど……!」

 怒鳴り声などが聞こえてくる。雪鷹が呟く。

「見張りの連中が気づいたようだな……」

「どうされるおつもりでしょうか?」

「海からの上陸は難しいですね……」

 クロエの言葉に絹代が反応する。憂が声を上げる。

「あ、あれは⁉」

 そこにはジェットスキーを海岸沿いに走らせながら、弓を構える紅の姿があった。

「どあっ⁉」

「うおっ⁉」

「きゃっ⁉」

「ここからでは見えづらいですけど、どうやら見張りを弓矢で射倒しているようです!」

「こっちからも見えたよ……凄いな。弓矢が得意だとは言っていたけど……」

 小霧の言葉に爽が頷く。

「突破口が開けたナ……」

「そ、そうだね、ザベちゃん! って、ええっ⁉ なんで普通に立っているの⁉」

 手足を縛っていたロープを解き、立っているイザベラに葵は驚く。

「まず、手の開閉を繰り返ス。すると、前腕の筋肉が収縮すル。このような筋肉の収縮を利用しテ、ロープをゆるませるのダ……」

「いや、のだって言われても……」

「後は仕込んでいた刃物で足のロープを切ればいいだけのこト……」

 イザベラが葵たちのロープを手際よく切っていく。全員が手足の自由を取り戻す。

「ふう……他にも似たようなことが出来そうな方はいそうですがね……」

 爽が視線を向けるが、何人かが顔を背ける。イザベラが苦笑する。

「皆様子見をしていたのダ……見張りが混乱していル……今が脱出の好機ダ!」

「よ、よしっ!」

「お待ち下さい!」

「⁉」

 走り出そうとした葵たちを金銀が呼び止める。

「闇雲に走っても敵と遭遇する機会をいたずらに増やすだけです……」

「そ、それはそうかもしれない……」

「打つ手は二つあります」

「二つ?」

「そう、まずは貴女!」

 金銀がみなみをビシっと指差す。みなみが戸惑う。

「わ、私ですか……?」

「貴女がこの中で一番土地勘があります。貴女が行く先を先導なさい」

「わ、分かりました……」

「そんな彼女をはじめとする非戦闘員たちを守りつつ進む……その為には武器が必要です……そこで貴女! 西東イザベラさん!」

 金銀がイザベラをバッと指差す。イザベラは黙っている。

「……」

「貴女のことです。武器をいくつも隠し持っているでしょう? それらをお貸し下さい」

「フッ、なかなか鋭いナ!」

 イザベラが浴衣をはだけさせ、太ももをあらわにする。葵が驚く。

「⁉ ザ、ザベちゃん⁉ って、えええっ⁉」

 葵は驚く。イザベラがガーターストッキングに何本も細い棒を挟んでいたからである。

「こうすれば……! 護身用の特殊警棒として使えるゾ」

 イザベラが取り出した短い棒を振るうと、棒は長くなり、護身用の特殊警棒となる。

「おおっ……」

「それを皆さんにお配り下さい」

 驚いている葵を横目に金銀が指示を出す。イザベラは素直に従う。

「わかっタ」

「無刀でも構わないが……」

「いいから空気を読んで借りなさい」

 雪鷹をクロエが注意する。

「柔術、古武術、少林寺拳法の使い手たちカ……だガ、お前らも一応持っておケ」

「はい……」

「どうも……」

「ありがとうございます……」

 爽と絹代と雀鈴が特殊警棒を受け取る。

「薙刀と刀、普段の得物とは勝手が違うかもしれんガ……」

「ありがとう、ザベちゃん!」

「助かります」

 葵と小霧も特殊警棒を受け取る。イザベラが憂に小声で囁く。

「憂はお気に入りのクナイがあったカ?」

「わ、私にも貸しなさいよ、仲間外れみたいでいやなのよ」

「フッ……」

 イザベラは微笑を浮かべ、憂にそっと特殊警棒を渡す。金銀が頷く。

「よしっ、それでは先導役のみなみさんと連中の最優先の目標と思われる、上様と五橋さま、そして私の四人が一人ずつに別れます。皆さんは二人一組で私たちを守りながら、みなみさんの先導に従い、鎌倉殿との合流を目指しましょう! みなみさん、よろしく!」

「わ、わかりました! こ、こちらです!」

 みなみの先導で改めて葵たちが走り出す。しかし、道中どうしても敵と遭遇する。

「なっ⁉ 人質の連中が⁉ 逃がすか!」

「フン!」

「ガハッ⁉」

「ギャッ⁉」

「……さらった相手が悪かったわね」

 洞窟から次々と聞こえてくる悲鳴を聞きながら、表の見張りを片付けた紅が笑う。

「……あ、クレちゃん!」

「やっほ~葵っち♪ 助けに来たよ」

 洞窟の入り口に出てきた葵たちに紅が手を振る。

「ありがとう、やっぱり持つべきものは征夷大将軍仲間だね♪」

「葵っち、私の自慢の『流鏑馬(やぶさめ)』ならぬ『流鏑(やぶさ)ジェットスキー』見てくれた?」

「ああ、あれってそういう名称なんだ……」

 葵はなんとも言えない笑みを浮かべる。
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