勝手に盛り上がる面々

文字数 2,365文字

                     弐

「お昼休み中にお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」

「い、いや、別にそれは良いんだけどよ……」

 夏休みを前にしたある日のこと、爽から呼び出された進之助は怪訝そうな表情で、将愉会の教室に入ってきた。既に八人が席に着いている。

「さあ、赤宿くんもどうぞお座り下さい」

「あ、ああ……」

 進之助が席に着くのを見て、爽も向かい合わせになった長机の真ん中の席に座る。左右に座る会員たちを見渡せる位置である。

「これで全員揃いましたね」

「高島津様と大毛利様は?」

「お二人は呼んでいません」

「上様は?」

「お呼びしておりません」

 秀吾郎と南武の問いに、爽は首を振りながら答える。

「我々だけとは解せない話ですね……」

 光太が眼鏡を直しながら呟く。

「むしろ皆様のみに関わる話ですので」

「アタシらのみ?」

 獅源が両手をわざとらしく広げる。

「上様が御不在とは、さして重要な話ではないということであろうか!」

「いえ、ある意味重要です……皆様にとってはですが」

 大和の言葉を爽は否定する。北斗が首を傾げる。

「俺らにとって?」

「不可解な 早く求むる 本題を」

「お、今の句は分かったぜ。爽ちゃんよ、勿体つけずにさっさと教えてくれよ」

 答えを急かす一超に弾七が同意する。九人の注目が改めて爽に集まる。爽は両肘を机に付き、両手を顔の前で組んで、ゆっくりと話し始める。

「本日の朝、鎌倉の公方様からわたくしにメールが届きました……内容は先日おっしゃっていたお礼の件の詳細に関してです」

「へえ……本当にお礼を下さるんだねえ……」

 獅源が感心する。

「なにくれんの? お金?」

「あ、兄上! あまりにストレート過ぎます!」

 北斗の素直過ぎる物言いを南武がたしなめる。

「金銭の授受ということになれば、いささか手続きが面倒ですね……」

 勘定奉行である光太が軽く溜息を突く。爽が首を振る。

「いいえ、お金ではありません」

「ならば刀剣か! 鎌倉武士の棟梁から拝領するのはこの上ない誉れ!」

「んなもん喜ぶのはお前さんくらいだ」

 興奮する大和に弾七が冷ややかな視線を向ける。

「じゃあ食いもんか⁉」

「悪くなし されど我らの 集う意味」

 進之助の発言に一超は首を捻る。

「皆さん、落ち着いて下さい。伊達仁様、続きをお願いします」

 秀吾郎が話の続きを促す。

「良鎌倉幕府は、江の島にプライベートビーチを所有しているそうです。そこまで広いわけではないようですが」

「ほう、プライベートビーチ……それで?」

 弾七が顎に手をやりながら尋ねる。

「良鎌倉幕府関係者の保養がそのビーチの本来の使用目的である為、なかなか調整が難しかったようなのですが、この度一日だけ、それも当学園の夏合宿の最終日翌日に、二名のみに貸し出して下さるそうです」

「「「「「「「「「‼」」」」」」」」」

 爽の説明に、九人の目の色が変わる。爽がそれに気づかぬ振りをして淡々と続ける。

「二人の内、一人は当然葵様です。もう一人は……」

「あ~分かった! みなまで言うな、爽ちゃん!」

 弾七が手を挙げながら立ち、爽の説明を止める。そして、他の八人を見渡して尋ねる。

「さて、どうやって決める?」

「俺らはあくまで学生なんだから、学力テストで決めようぜ」

「あ、兄上! 珍しく良いことをおっしゃる!」

「却下だな」

「なんでよ、弾七ちゃん~」

「それじゃ新緑先生が混ざれないじゃねえか。公平とは言えねえよ」

「……では公平な手段は?」

 光太が尋ねる。弾七の代わりに大和が立ち上がって口を開く。

「やはり、男児たるもの! ここは相撲で力比べしかあるまい!」

「却下、却下、それこそ不公平ってもんでしょうが」

 獅源が大袈裟に手を左右に振って反対する。

「腕相撲ならどうでしょう?」

「却下。それも同じことでしょう」

「で、では間をとって指相撲は如何でしょうか?」

「それも却下。なんの間ですか……」

 秀吾郎の提案を獅源はため息まじりに否定する。

「相撲への 熱き拘り なんなのか」

 一超が誰ともなく呟く。北斗が両手を頭の後ろで組んで声を上げる。

「じゃあ、くじ引きは? それなら平等じゃない?」

「あ、兄上、た、確かにそれも良いかもしれませんね!」

「うむ! 運も実力の内と言うしな!」

「私は反対ですね、誰がくじを用意するのですか?」

 光太が眼鏡をクイッっと上げて呟く。

「……お前さんたち、大事なものを見失ってねえかい?」

 ゆっくりと立ち上がり、口を開いた進之助に皆の注目が集まる。弾七が尋ねる。

「大事なもの?」

「おうよ! 俺らの想いは学力テストや力比べ、はたまた運試しなんかで左右されちまう程度のもんだったのかい⁉ 違うだろう!」

「……ではどうすれば?」

 光太の問いに、進之助は右の拳で自らの左胸をドンと叩く。

「心で勝負するんだよ! 夏合宿の期間中に、アイツの心を掴んだやつが勝ちだ!」

「き、基準が少々曖昧ではないでしょうか?」

「そこで厳正かつ公平な審判を伊達仁の姉ちゃんにお願いするんだよ!」

 南武の疑問に対し、進之助が爽を指し示す。弾七が頷く。

「成程な……各々、どれ位好感度が高まったかを客観的に判断してもらうってわけか」

「公正さ 保てる差配 悪くなし」

 一超も深々と頷く。進之助が皆に尋ねる。

「勝負は夏の一週間! 誰が勝っても恨みっこなしだ! これでどうだい⁉」

「「「「「「「異議なし!」」」」」」」

 七人が声を揃えて、進之助に賛同する。一超も改めて深々と頷いて賛意を示す。

「伊達仁の姉ちゃん! それじゃあ、そういうことで宜しく!」

 昼休み終了の予鈴が鳴った為、皆教室から出ていく。一人残された爽は組んでいた両手をゆっくりとほどき、窓の外の青空を見上げながら呟く。

「わたくし、別に何も言っていないのですが……夏合宿、退屈しないで済みそうですね」
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