昨日を振り返る
文字数 1,994文字
拾
「……ン?」
「おはよう、ザベちゃん」
「⁉」
枕元に立った自らの後方から葵に声をかけられ、イザベラは驚いて振り向く。
「ふふっ、驚いた?」
「起きていたのカ……」
「さすがに毎日枕元に立たれたら、寝覚めが悪いからね。遅まきながら学習したよ」
「私にも気づかれずに移動していたとハ……」
「足音を立てないように細心の注意を払ったからね」
「ジャパニーズ・すり足という奴だナ……」
「そういうこと」
葵はどうだとばかりに胸を張る。イザベラが尋ねる。
「昨日の疲れは取れたのカ?」
「あ~まだ若干、というか、かなり残っているね……」
葵の答えにイザベラが笑みを浮かべる。
「鍛え方が足りないナ……」
「そ、そんなこと言われたって! 大体ロードバイクなんて生まれて初めて漕いだんだから仕方ないでしょ⁉」
「冗談ダ、そう怒るナ……」
「ザベちゃんは疲れてないの?」
「変則トライアスロン大会というのにはいささか驚いたガ……まあ、ラン・バイク・スイムのいずれも通常のトライアスロンよりは短かったからナ……あれくらいの距離ならば、大して問題はなイ……」
「そ、そうなんだ……」
「むしろちょうど良いトレーニングになっタ……毎日行ってもらいたいくらいダ」
「ま、毎日はちょっと嫌かな……」
イザベラの言葉に葵が苦笑する。
「では週四日~五日はどうダ?」
「いや、それほぼ毎日じゃん!」
「土日は休めるゾ」
「そういう問題じゃないって!」
「なんダ、ショーグンたる者、情けないナ……」
「あのね、私はどちらかと言えば常人寄りなの。体力の限界というものがあるのよ」
「限界なんて超えていくものだろウ……」
「カッコいいこと言われても無理なものは無理!」
「ショーグンが常人寄りで良いのカ?」
「良いのよ! 人間離れしてどうするのよ!」
「人外のケモノとして大江戸城に君臨すればイイ」
「それ、ラスボスとして倒される存在じゃん!」
「ダークヒロインの線を狙えば良いだろウ」
「いや、ダークって」
「人々から畏怖の念を持たれるかもしれんゾ?」
「畏怖されちゃダメでしょ! せめて畏敬ならまだしも!」
「似たような意味だろウ?」
「確かにどちらもおそれ敬うっていうような意味だけど、畏怖はおそれおののくって意味合いが強いから!」
「フム……日本語は難しいナ……」
イザベラは顎をさすりながら呟く。葵が呆れる。
「畏怖って言葉が出てくる時点でなかなかのものだと思うけどね」
「多少恐れられた方が良いのではないカ?」
「なんでそうなるのよ」
「権力者や支配者としてはそれも必要な資質だろウ?」
「私は立派な為政者でありたいの!」
「ホウ……?」
葵の答えにイザベラが目を丸くする。葵が首を傾げる。
「……なによ、そのリアクション?」
「イヤ……若下野葵、お前は興味深い存在ダ……」
「え?」
「私がこれまで世界中の様々な形で関わってきタ、いわゆる“トップ”の人間たちとはどこか違ウ……」
「そう?」
「アア……」
イザベラが深々と頷く。
「これまで様々な形でって……他の国でもボディーガードをしてきたの?」
「そうだナ……ガードをしたり、その逆もあったかナ……」
「えっ、その逆⁉」
「……少し喋り過ぎたカ」
「ちょ、ちょっと待って……」
「そんなことより、昨夜の芝居はなかなかの傑作だったナ」
「そ、そんなことって……え? お芝居観てくれたの?」
「アア、観たゾ」
「客席では見かけなかったけど……」
「……客席を確認していたのカ?」
「うん、みんなの反応とかやっぱり気になるじゃん」
「緊張はしなかったのカ?」
「もちろんしたよ。でも、いざステージに立つと、このお芝居を絶対に成功させようって気持ちの方が強くなったんだよ」
「フム……やはりお前は興味深い存在ダ……」
「え? どこが?」
葵は首を傾げる。イザベラはフッと笑う。
「戯言ダ……気にするナ」
「いや、気になるよ……で、どこでお芝居を観たの?」
「別件が入っていたからナ、会場には行けなかったから生配信で観タ」
「へえ~って、生配信⁉」
葵が驚く。イザベラが首を傾げる。
「知らなかったのカ?」
「初耳だよ!」
「各種動画配信サイトでアーカイブが見られるゾ」
「そ、そんな……」
「ちなみにバンドの演奏と人気を争っているようだナ」
「ああ、飛虎くんたち凄かったもんね……」
葵は腕を組んで頷く。
「マンザイも人気だナ。個人的にも興味深かっタ」
「あれも衝撃的だったね……尾成さんがボケというのはわりと納得だけど……」
葵はうんうんと頷く。
「芝居の視聴者数もかなり多いナ……女優としてオファーが来るんじゃないカ?」
「え? ま、参ったな~」
「冗談ダ……大方がこのカブキアクター目当てだろウ……」
「もう、からかわないでよ! 顔を洗ってくる! サワっちはお手洗いかな?」
葵がその場から離れる。その背中を見つめながら、イザベラがそっと呟く。
「お前は変わらないでいてくれヨ……」
「……ン?」
「おはよう、ザベちゃん」
「⁉」
枕元に立った自らの後方から葵に声をかけられ、イザベラは驚いて振り向く。
「ふふっ、驚いた?」
「起きていたのカ……」
「さすがに毎日枕元に立たれたら、寝覚めが悪いからね。遅まきながら学習したよ」
「私にも気づかれずに移動していたとハ……」
「足音を立てないように細心の注意を払ったからね」
「ジャパニーズ・すり足という奴だナ……」
「そういうこと」
葵はどうだとばかりに胸を張る。イザベラが尋ねる。
「昨日の疲れは取れたのカ?」
「あ~まだ若干、というか、かなり残っているね……」
葵の答えにイザベラが笑みを浮かべる。
「鍛え方が足りないナ……」
「そ、そんなこと言われたって! 大体ロードバイクなんて生まれて初めて漕いだんだから仕方ないでしょ⁉」
「冗談ダ、そう怒るナ……」
「ザベちゃんは疲れてないの?」
「変則トライアスロン大会というのにはいささか驚いたガ……まあ、ラン・バイク・スイムのいずれも通常のトライアスロンよりは短かったからナ……あれくらいの距離ならば、大して問題はなイ……」
「そ、そうなんだ……」
「むしろちょうど良いトレーニングになっタ……毎日行ってもらいたいくらいダ」
「ま、毎日はちょっと嫌かな……」
イザベラの言葉に葵が苦笑する。
「では週四日~五日はどうダ?」
「いや、それほぼ毎日じゃん!」
「土日は休めるゾ」
「そういう問題じゃないって!」
「なんダ、ショーグンたる者、情けないナ……」
「あのね、私はどちらかと言えば常人寄りなの。体力の限界というものがあるのよ」
「限界なんて超えていくものだろウ……」
「カッコいいこと言われても無理なものは無理!」
「ショーグンが常人寄りで良いのカ?」
「良いのよ! 人間離れしてどうするのよ!」
「人外のケモノとして大江戸城に君臨すればイイ」
「それ、ラスボスとして倒される存在じゃん!」
「ダークヒロインの線を狙えば良いだろウ」
「いや、ダークって」
「人々から畏怖の念を持たれるかもしれんゾ?」
「畏怖されちゃダメでしょ! せめて畏敬ならまだしも!」
「似たような意味だろウ?」
「確かにどちらもおそれ敬うっていうような意味だけど、畏怖はおそれおののくって意味合いが強いから!」
「フム……日本語は難しいナ……」
イザベラは顎をさすりながら呟く。葵が呆れる。
「畏怖って言葉が出てくる時点でなかなかのものだと思うけどね」
「多少恐れられた方が良いのではないカ?」
「なんでそうなるのよ」
「権力者や支配者としてはそれも必要な資質だろウ?」
「私は立派な為政者でありたいの!」
「ホウ……?」
葵の答えにイザベラが目を丸くする。葵が首を傾げる。
「……なによ、そのリアクション?」
「イヤ……若下野葵、お前は興味深い存在ダ……」
「え?」
「私がこれまで世界中の様々な形で関わってきタ、いわゆる“トップ”の人間たちとはどこか違ウ……」
「そう?」
「アア……」
イザベラが深々と頷く。
「これまで様々な形でって……他の国でもボディーガードをしてきたの?」
「そうだナ……ガードをしたり、その逆もあったかナ……」
「えっ、その逆⁉」
「……少し喋り過ぎたカ」
「ちょ、ちょっと待って……」
「そんなことより、昨夜の芝居はなかなかの傑作だったナ」
「そ、そんなことって……え? お芝居観てくれたの?」
「アア、観たゾ」
「客席では見かけなかったけど……」
「……客席を確認していたのカ?」
「うん、みんなの反応とかやっぱり気になるじゃん」
「緊張はしなかったのカ?」
「もちろんしたよ。でも、いざステージに立つと、このお芝居を絶対に成功させようって気持ちの方が強くなったんだよ」
「フム……やはりお前は興味深い存在ダ……」
「え? どこが?」
葵は首を傾げる。イザベラはフッと笑う。
「戯言ダ……気にするナ」
「いや、気になるよ……で、どこでお芝居を観たの?」
「別件が入っていたからナ、会場には行けなかったから生配信で観タ」
「へえ~って、生配信⁉」
葵が驚く。イザベラが首を傾げる。
「知らなかったのカ?」
「初耳だよ!」
「各種動画配信サイトでアーカイブが見られるゾ」
「そ、そんな……」
「ちなみにバンドの演奏と人気を争っているようだナ」
「ああ、飛虎くんたち凄かったもんね……」
葵は腕を組んで頷く。
「マンザイも人気だナ。個人的にも興味深かっタ」
「あれも衝撃的だったね……尾成さんがボケというのはわりと納得だけど……」
葵はうんうんと頷く。
「芝居の視聴者数もかなり多いナ……女優としてオファーが来るんじゃないカ?」
「え? ま、参ったな~」
「冗談ダ……大方がこのカブキアクター目当てだろウ……」
「もう、からかわないでよ! 顔を洗ってくる! サワっちはお手洗いかな?」
葵がその場から離れる。その背中を見つめながら、イザベラがそっと呟く。
「お前は変わらないでいてくれヨ……」